風水・聖地・神社・寺院

2009年10月10日 (土)

金刀比羅宮東京分社 本宮祭

御覧頂きまして、有難うございます。

どうも、エヴァンゲリストな妖術師、皇悠です。
本日、二度目の更新で御座います(≧▽≦)ゞ。


さて、行ってきましたよ!金毘羅信仰者の年内最大のお祭り・・・、金刀比羅宮東京分社は本宮祭ヾ(≧∇≦*)ゝ。


いやぁ~、何というか・何と表現しますか、内容的には云っちゃ何ですがショボいんッスよ(≧▽≦)ゞ。(金毘羅様・御稲荷様そして関係者の皆様方、スミマセン(≧▽≦))

けれど・・・何と云うか温かみ?素朴な豊さ?みたいなモンがあって良かったッス(≧▽≦)ゞ。

本当に不思議なのは、正直に云いますが内容的には本当に大した事が無いのに・・・。
ねぇ~参加して良かった気になったのが、皇悠自身不思議ッス。

祝詞は普通の祓詞と本宮祭用の祝詞(つまり、月次祭のように大祓詞は無し・・( ̄□ ̄;)!!)だけ。
昇殿参拝した方々は五十人弱(といっても九割が皇悠より+二十歳以上は上の・・、本当に爺さん婆さんしか居ませんでした・・・、やはり伝統宗教は古くて、年配者向けなんッスかね?(T_T))で、女面を付けての江戸神楽は在りましたが・・・、ハッキリ云ってちょいと名の知れた村・旧家に一族の伝統行事と云われれば納得しそうなレベルなのに・・・、神威と云うか力を感じました・・よ(因みに神楽・祝詞を聞きつつ視界が歪み失神しかけたのも、始めてザンスッY(>_<、)Yで秘密ッス(≧▽≦)ゞ)。

しかし、全体的にゆったりとしたペースで、参加者が個々で玉串を捧げる際何か本当に素人?臭くバラバラで・・、何というかどう考えても大した儀式で無く、宮司様と1対1でした先月の月次祭の方が祝詞的にも、作法的にも上の気がするのですが・・・、今回の本宮祭の方が遥かに何倍も良いモノでした・・・(=^▽^=)。


こういうのが、縁日・伝統の凄さって奴、何でしょう・・かね?

因みに、交通費以外に初穂料で一万ほど包み(後で、個人的な参拝した際のお賽銭で更に二千ほど)、いやぁ~手持ちがソレだけしかなかったのです・・恥ずかしい(≧▽≦)ゞ。

なお、本宮祭後の撤撰物で御神酒・砂糖菓子・箸・御守り・讃岐門前町のウドンセットが、直会には仕出し弁当・酒等もついてましたので、次回の本宮祭にはもう少し包みます(≧▽≦)ゞ。

さて、そんな内容・感想の本宮祭でした。

では、閲覧者の皆様方には全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・。皇悠より

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年10月 1日 (木)

一信者として参拝・・・。

御覧頂きまして、有難うございます。

現在の当ブログの内容的には妖術師より独覚な神仏の伝道師(エヴァンジェリスト)な皇悠です。

さて、まだまだ未熟な信徒ですが啓示・神籤があり何とか本日、月の初日の参拝を崇敬社にしました。(スミマセンが電波気質なので、許して下さいませ・・(≧▽≦)ゞ)

しかし、ただ何というか・・仕事帰りの電車に乗ると同時でしたので・・、水道橋に着いたら五時過ぎで本殿が開いている時間帯に拝殿内の御金幣/御神鏡を見ながら祈り終え、社務所にて御朱印を頂く為にかなり短縮化した次第のお祈りになりました(それでも十五分は祈ってますが・・)・・(^_^;)。

さて、本日の御朱印(ちゃんといつも納経してから貰ってます・・)を頂く際に宮司様(?)にお聞きしたのですが、本殿には御二方の神様。
つまり、俗称では金毘羅大権現様こと金刀比羅大神様の大物主神様、俗称では正一位稲荷大明神様こと稲荷大神様の倉稲魂神様を正式にお祀りしているそうです。(因みに、ネットでも調べると大抵の神社の祭神は出てくるものですが、嘘・勘違いも多いのでちゃんと聞きましょうね・・)

そして、この水道橋の金毘羅様の境内には平成になってから伏見稲荷大社より勧請した水道橋稲荷大明神様がいらっしゃいます。

つまり、この神社は本殿と摂社の両方に現代の神社/神道教学上では同じ神様を祀る神社だと云う事で・・・(笑)。

摂社にはウカノミタマの大神様(そして、まず間違いなく一緒に田中の大神様ことオオナムチ・大国主命=大物主神様)をお祀りしてますから・・・。

いやぁ・・、時代の流れや縁と云うのは不思議ですよね(・ω・)/。

本殿の神様も一度讃岐の本宮にお帰りになってますから、再度と云うか近年に勧請されたとも云えますし・・。

そして、そういう神社に元混沌魔術師(正確には異端派の呪術師から神仏習合派神道家)崩れの流れ者(?)皇悠が何故か崇敬社と定め微力かつ卑小な身でお祀り・信仰させて頂いてます・・・と感じつつ記述したりしてますが、本日一番嬉しかったのは、例祭に参加した方か御祈祷を受けた方の捧げたらしい榊が二つばかし、いつもは無いのに本殿に有った事だったりします・・。

自分以外に昇殿した信徒を見た事の無い身では、寂しさがあったのだと自覚しつつ嬉しかったです。

では、少し乱文でしたが、閲覧の皆様には全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・、皇悠より

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年8月10日 (月)

水道橋金比羅宮東京分社 月次祭

御覧頂きまして有難うございます。

どうも、皇悠です。
さて、今回は題名通り、初めて参加した月次祭の話です。

まあ、場所とか由来とか、色々省いて記述しますと感想としては全体的に良かったです\(^_^)/。

外はあいにくの強い雨でしたが、その代わり参加者は皇悠一人で神職?宮司さんの祝詞を深く味わいつつ、浸りながら一緒に唱和・奏上出来ました。

やはり、崇敬神社の昇殿参拝は良いモノです、特に声が心地良く響く所は・・・、正に清め/浄められる気がしますなぁ~(≧▽≦)ゞ。

太鼓の音で始まり、祓詞に大祓詞(この二つは唱和し)、月次祭の祝詞を拝聴しつつ、紙幣に金幣で祓われ、更に玉串を捧げて祈願し、最後に御神酒を一口頂く。

良いモノですよ、特にいつも独りきりで祈願・行をしてますから、そう特に感じます・・。

また、頂いた金毘羅大権現様の教団・金刀比羅本教の神拝詞集は虎ノ門の金毘羅様で頂いた神社本庁系の祝詞集とも違ってまして凄く面白いです。(唱えつつ、ゾクゾクとしました)

また、当家の鎮守様の勤行・次第を改良・組み直しです・・o(^▽^)o(笑)

いや~、金毘羅大権現様向けのろくな祝詞集が無かったので助かっるてもんですなぁ~(=^▽^=)(笑)。

まあね、やはり朝からね大雨でしたので少しブルーでしたが(行試しと分かり感じながらも嫌でしたよ)、吹き飛びましたよ?!(現金っスね)

まあ、だからお気持ちの筈の初穂料に普通に祈願料分、撤餞が何も無いのに(五千也)出しました(・ω・)/。

今回、神道の良さを改め知りました。ある意味で明け透けな人の業・我欲と云う枷・苦難から逃れ豊かに幸せに成りたいと云う願いを伝統的な礼儀正しさ・様式美で昇華・解放する事の良さって云うのかな・・・。

まあ、感覚的なモノですが、スッキリ晴れ晴れしましたよ('-^*)/(本殿・境内から出ても雨でしたが・・)。

ちなみに、摂社の水道橋稲荷大明神様は伏見稲荷から勧請されたと今回判明したのも、良かったですね。由緒書き等にも出ていなかったので・・・。

では、今回は此処までですので、閲覧頂いた方には全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

皇悠より。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年8月 6日 (木)

花園神社・・

御覧頂きまして、有難うございます。

またまた、アップしてます皇悠です。

さて、今回は表題通りに新宿は歌舞伎町のすぐ近くの花園神社の話(8月2日に参拝)ですよ('-^*)/。

まあ、何ですね、直近に商業ビルと歓楽街/飲み屋街、幹線道路に囲まれた神社ながらもやはり独特の稲荷社の濃密な雰囲気があります・・・。

しかしながら、お伊勢さんのような明るい清々しさとか、明治神宮のような鎮まった感じでもない、何か明るくざわめくここの感じは個人的に好きで・・(^_^;)。

ただ、こうした印象で判断し、良い悪いを査定するのは良い事では有りませんが、やはり生理的に好き・得意、嫌い・苦手というのは人間なんであります。

さて、皇悠がこの神社を重んじるようになったのは、皇悠が稲荷信仰に転んだ原因の一つ、藤巻氏の真言立川流と言う本を読んだからです・・(・ω・)/。

さて、本や人の意見に直ぐに影響され試す癖が皇悠には在りますが、その本を読後に直ぐ参拝してからなんでかれこれ十年近くのお付き合いに成ります・・ね。
また、二人目の師に逢う前からのお付き合いの寺社の一つです。

さて、パワースポット巡りや神社参拝に寺院周りを趣味をしている方々は当ブログの閲覧者の中にも居るように思います、そして普通に祈願や観光、人によっては力の盗み等を(やらか)していると思いますが、基本的に殆どお寺・神社・聖地は信仰の地と言う事を理解しているのでしょうか?

そして、殆どの信仰に於いては神仏に従わないモノ・他者は死ね/勝手に苦しめ!とするモノだともされている事も・・、信者を守る=信じない者は排除・滅ぼす方々でもありますからね('-^*)/。

ただ、ここのお稲荷様はその排除の基準が甘い方なんで、気に入ってます。
単純に、相性が良いだけかも知れないのですが・・・。

また、話を戻しますと、だからこそ皇悠は自身の信仰・相性と合わない寺院・神社にはまず立ち寄りません。

そして、そんな差別化しまくりの管理人の当ブログですが、閲覧頂いております方々には引き続き御愛顧頂けたら幸いです(^-^)/。

では、全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

皇悠より。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2009年8月 5日 (水)

日比谷神社

御覧頂きまして、有難うございます。

神棚を新調し新体制で、新たに信仰・祈祷生活を始めてます皇悠です。

さて、今回は昨日の予定通りに、十一面観音信仰者様より教えて頂いた日比谷神社についてです('-^*)/。

えっと、さて望みの神棚・祭器(値段の割に良品でしたよ!o(^▽^)o)を携え、気分良く新橋へと散歩がてら、そぞろ歩きと洒落込みました。

そして、丁度烏森口の前に着いた辺りで十一面観音信仰者様のコメントを思い出し、線路沿いに浜松町方向に歩き始めました・・、エロい映画館に餃子の王将に飲み屋の間を五分位歩くと、幹線道路の先に鮮やかな朱鳥居の神社が見えました・・、それが日比谷神社でした。

さて参拝し社務所にて御朱印を頂きますと、日比谷神社は引っ越しをしたばかりだそうですね。また、地図やネットなどの位置も三百メートル位違うそうで、また旧社の方はもう立ち入れないようになっているだそうですよ('-^*)/。

そんな事も露知らずひょこひょこ二度手間に迷わずに立ち寄った皇悠は運がいいと、ポジティブに考える多幸症です(^_^;)。

さて、本殿は新しいのですが、摂社の稲荷社は旧社から持って来たらしく神寂れ、石畳に手水場等は新品らしく心地良いのですが、木々が全くなく、本殿裏の山手線・京浜東北線・新幹線の線路、正面の幹線道路と、正直な個人的な感想はうっさい所ですな・・(・ω・)/。

ちなみにメインの御祭神は豊受大神様に珍しい祓戸の四神様です。

何というか好き嫌いが別れる町の氏神様・鎮守様という感じの神社でした。

では、閲覧頂いております方々には全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・。

皇悠より

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年7月19日 (日)

仏教稲荷 豊川稲荷赤坂別院・・・

御覧頂きまして、有難うございます。

本当に金毘羅行者?稲荷loveの皇悠です。

さて、今回は本日・久方振りに参拝した豊川稲荷赤坂別院の話ですよ('-^*)/。

まあ、仕事が溜池山王近くで終わり、虎ノ門と赤坂で計りにかけ、赤坂にした訳ですが、時間帯が五時過ぎだったので連休の中日とは言え、拝殿・祈祷は終わってましたが、きっちり御朱印はゲッツ(σ・∀・)σしました。

さて、この稲荷聖地は地蔵尊や大黒天に七福神に宇賀神王なども祀られておりますが・・・・。稲荷いや狐像が百とはいかなくても5~60はある稲荷信仰(または、祀られなくなったお稲荷様が集う)地ですね。

もうね・・・、電波系ですが霊狐?臣下の一族がゴロゴロ居ますよ!ビックリだぁ~な・・・。

何か前よりは増えてる気もしたっス・・よ('-^*)/。

多分ですが、お願いサンにクレクレ君ばかりで、感謝や援助=供養(供養の第一は神仏への布施・供宴・読経ですよ♪(*^ ・^)ノ⌒☆)をする方が少ないのか心経に禊ぎの大祓を唱えているとわらわらよって来るのを感じましたよ、オイっ(*^ー^)ノ。

気分はアレですね。レジ打ちしていて、何十人もの客に囲まれた感じで・・・。
良い経験でした・・、参拝者も2・3人しかいなくて・・。
ちなみに、皇悠自身は神仏は崇敬すれども信仰する所以外は特に何もお願いしませーん。

大体、お詣り出来た事等を感謝し、読経を捧げ、祀られております方々の除災開運を祈る位ですね!
では、たまにこんな事をします皇悠ですが、末永くご愛顧頂けたら幸いです。

では、閲覧頂きます方々に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

皇悠より。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年6月 6日 (土)

金毘羅大権現様 崇敬神社

御覧頂きまして、有難うございます。

どうも、皇悠です。
さて、今回は現在、例の件が縁で皇悠自身が崇敬さして頂いております崇敬神社の紹介記事です。

だから、今回の記事は一番の個人的な内容ですね。
さて、その神社は讃岐の金毘羅大権現様こと、香川県琴平町鎮座の金刀比羅宮の直轄境外末社と呼ばれる本宮の神職者が直接出向する神社です。(丁度、以前に取り上げました虎ノ門の方が昔にノレン分けされたラーメン屋で、こちらは直営店みたいな感じですね)

なお、御神徳は、海の守護神にして庶民の願い事を叶えて下さる霊験あらたかな神様としております。

また、こちらの御祭神は、本殿に大物主神並びに倉稲魂神様で、また境内の摂社には稲荷社があり、こちらも倉稲魂神様との事ですね。

因みに、この神社の由来は面白く、元来は別々の江戸時代の個人的屋敷神様として祀られていた二つ金毘羅大権現様が戦災に火災と互いに転々と鎮座先を変えて(時には本宮に戻って)しまった時がありながらも終戦後に崇敬者・関係者の願いで東京に復帰・再建されて、後に関連施設の会館に駐車場、平成には摂社の稲荷と増築され、長い篤信・崇敬を未だに集め護持されてきた事ですね。
廃仏毀釈に戦災・終戦時の混乱とどれだけの寺社が滅び去ったか・・・!

ただ、閲覧頂いた方皆様には申し訳ありませんがこのブログで幾つか紹介した寺院に神社の中で一番に敢えて正直に記述しますがチャチい&小さい神社ですので、参拝してもツマラナいかも知れないです。

ある意味で近くの有名な神社の方が何万倍も普通に面白いでしょうから・・・・ね!

皇悠自身がこちらの神社を崇敬さして頂いた理由の一つは、啓示・感じた神威以外に稲荷信仰者だった時分に頼りにしていたある稲荷社(未発表)と同じ神様が金毘羅大権現様として祀られてたからで、個人的なモノです。

なお、月次祭は毎月一日と縁日の十日の午前九時より、大祭は十月十日、一月十日、二月十七日などがあります。

あと、御朱印は神職様がいらっしゃる時には手書きで、お留守の際は予め作製されたモノが頂けますが、朱印帖自体は販売しておりませんので、御注意下さいませ!

では、更に詳しい内容はネットにゴロゴロありますので、今回はここまでです。
御覧頂いた方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・!

皇悠より。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2009年4月20日 (月)

聖地紹介 王子稲荷神社

御覧頂きまして、有難うございます。

どうも、皇悠です。
さて、今回は久し振りに聖地の紹介です。
それは、関東稲荷の元締めを謳われた、東京都北区岸町に鎮守される王子稲荷神社様です。

さて、ここは有名な伏見・豊川などと関係のない独立系の稲荷神社ですが、歴史は古く社記には「庚平年中、源頼朝義、奥州追討の砌り、深く当社を信仰し関東稲荷総司と崇む」と伝え、西暦1060年頃から存在し、後に小田原北条氏を経て遂には徳川将軍家の祈願所の一つとして繁栄します。

また神仏習合の時代には「本地は聖観音、薬師如来、ダキニ天なり」と新編武蔵風土記、江戸名所図絵などに記され、現在の御祭神は宇迦之御魂神、宇気母智之神、和久産巣日神となっていますが、ただ摂社に弁財天系の社や神使の狐の狐塚などがあり、近世創立の稲荷神社とは違う古社です。

また、この神社は長く近くの熊野系の王子神社と共に地域の稲荷神社としては珍しく氏神として祭られ、更に近世の区画整理時に失った境内にあった有名な榎の跡地に現在の装束稲荷を飛び地的関連性で持ち、かなりの神威を忍ばせます。住宅街の中のこじんまりとした神社なんですけどね(笑)。

さて社宝として旧文部省認定重要美術品の絵画で柴田是真の茨木の鬼女絵、他に谷文兆の竜と関口正男の鳳凰の板絵などがあります。(こういった点が古い神社の侮れない所です。まさか、こんな所にこんな文物が!って、感じで。)

ちなみに、御神徳は商売繁盛と火防せで知られますが、境内の古石碑に「かくてこそ、祈るかひあれ衣食住、なに、くらからぬ三つのともしび」と刻まれるように実に生活一般に加護があります。

また、今も崇敬者講を持ち、鎮守地域に囚われない広い崇敬を集めています。なお、御祈祷はたしか七千円からですね。
また、御祈祷をしていない時は自由に本殿内に拝殿(昇殿)して祈願出来る点も古えからの庶民的な信仰の地らしく良いですね。

さて、地理的に都心部にないので立ち寄り難いですが、上記二社と合わせてJR王子駅より歩くいて計1時間内ですので、お近くにお寄りの際には、お勧めです。

ちなみに、皇悠は別件で前を通り、なんとなく知らない系列の稲荷神社があると気づき参拝した翌日の転職面接時に予想外の即決採用され、この神社のお陰か?と驚いた経験があります。

では、何かの参考なれば幸いです。

皇悠より。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2008年5月22日 (木)

不動信仰の聖地・・・。

いつもご覧いただきましてありがとうございます。

と゛うも皇悠です。

さて、今回は少し目線を変えてお不動信仰の聖地紹介します。
それは京王線ぞいにあります高幡不動尊です。

ここは関東有数の聖地です。

是非ご利用下さい。

それでは、貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・。
それでは、また・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月21日 (水)

山王日枝神社・・・その2

いつも、ご覧いただきましてありがとうございます。

どうも、皇悠です。

まずは感謝を、無名の読者さまコメントありがとうございました。

さて、それでは今回は前回の続き、千代田区は永田町に鎮まります日枝神社についてです。

それでは行きます、前回の内容は日枝神社の創建から江戸時代までの位置付け・由来などを書きましたので今回は明治から現在までの流れについて書こうと思います。

さて、神田明神とならび隆盛を江戸幕府のもとで誇り、繁栄してきました日枝神社ですがその歴史は明治維新と共に一大変化を遂げます。

明治になり江戸城はその持ち主を徳川家から天皇家に代わりました、そしてこの国の宗教政策や江戸の土地整備は近代化・欧米化の波と共に変わりました。

さて、これらはこの国の人々・あらゆるこの国の階層に影響を及ぼし、明治政府以来この国の支配者層は昭和にいたるまで天皇制の強化、近代化と欧米化そして天皇家に対する国民の崇敬の念の獲得のため旧支配者の徳川家の権威を貶める政策を継続して行いました。具体的には神君家康信仰・東照宮の破壊、徳川家が信じたモノの破壊と言う形になりましたが・・・。

そして、これらは明治初期の廃仏毀釈を代表として江戸時代以来の多くの宗教の禁止と廃止、その施設についての改編「実情は土地の取り上げや建物の取り壊しなどの行い・・・」に繋がり、そして神仏よりも宗教施設を壊すお役人のほうが偉いという世の中になりました。

それ以来、日本古来よりの神仏へ敬意が破壊されてこの国にはかつてないほどの宗教心・信仰心がない人間が現れました。また、神仏より国の支配者、親方日の丸根性の誕生しました。

これらの弊害はもうどうしようもありません。

なぜならば神仏よりも人・支配者・お役人のほうが偉い世の中ですから自分も支配者層になれば何をしても良いという論理すら出てきました。そして、人類の歴史上、神仏以上の高位存在はありえません。逆に言えば神仏の代わりに人・自分の力を置いた場合にそれを修正・抑制する手段が何もありません。その為、この国は歴史上ありえないほど人命の軽い国になりました。それも、生きている人間・天皇がこの世で一番偉いという論理なので天皇の命令と言う形さえあれば何でも出来る国なので、「実情は天皇陛下の形だけの部下が」所詮は赤の他人がその権威でこの国を好きに動かすようになりました。

例えば事実を例に挙げると太平洋戦争を含め多くの戦争の作戦を立案・実行などを決めていたのは昭和天皇陛下ではありませんでした、このことだけでも天皇陛下の戦争責任自体をあやふやにしています。  

また、明治・大正時代の金権主義・汚職のひどさ・学閥/藩閥などによる法の無視・差別は近年明らかになってきてますが、私が師から聞いた限りでは法のない・いい加減な世界だったそうです。閑話休題。

さて、前置きが長くなりましたがここまでの流れでなんとなくでも当時の世界・宗教観を理解していただいて、本題に移ります。

このような明治政府以来の暗黙を含む強制以来、東京と名をかえた江戸は事実上の宗教的な無法地帯になりました。

それは、実は徳川家は江戸城の城下において完全な二つの世界を両立させていました。一つは農民からの税で暮らす武士による世界、もう一つはほぼ完全な自治をゆるされていた信仰と商売により暮らす者達・町人・職人そして寺社関係者による江戸という町の世界です。そして、江戸の信仰・宗教はこの二つの世界を繋げるモノの一つでした。

しかし,天皇を御旗とする明治政府達はそのことを知らず,統治を行い事実上の宗教弾圧・混乱を大規模に行いました.

結果的にそれは当時の神道と仏教が両立した神仏習合的世界観も知らずに行われていたのも加わり、東京は神仏の加護を失った所になりました。

東京大空襲や二度による大地震で何度も支配者の住む場所が宮城が都が壊れ滅びかけたのですから昔からの宗教的世界観ならば正に支配者の徳/資格がない・神仏に見放されたことのいい証でしょう。そしてなによりも支配者たる天皇・時の政府も含め大日本帝国自体がその地位・権力・形も失いました「天皇陛下の人間宣言自体もそういうことです」・・・。

さて、天変地異に対してすら庶民の願いの下に応えるのが、この国の支配者の元来の姿なのですが、今では完全にそれももうなくなりました、残念なことです・・・・。

確かに天変地異はいくら権力者といえども人間が対抗するにはまず不可能なことです、しかしそうだからこそ支配者は自らを常に自制し学び向上に努め、神仏の前で恥ずかしくないように日々振舞い神仏の力で天変地異に応えるという、この国なりの「高貴なる者の責任と義務」がありました。閑話休題。

さて、少し話を戻して、このような状況の中で山王日枝神社も伝統や宗教的教養のないモノによる政策の犠牲になりました。

まず旧来の山王神道は神仏習合的なモノを否定する政策により事実上廃止を宣告されました。  元来山王神道自体が天台教学による神道の為に・・・。

また、多分ご存知の方も多いと思いますがかの王政生復古の大号令以来江戸時代からの精神的センターである寛永寺・増上寺などの親徳川派の寺院は軒並み領地や財産を取られ、さらに廃仏毀釈によりダメージを受けました。

そして、特にひどいのが同じ天下祭りで有名な神田神社は祭神が天皇家に逆ったもの・朝敵の平将門だったために、他の神社の祭神を領内に押して付けられた上に、祭神の入れ替えすら行われました「現在は何とか将門公も主祭神に戻りましたが地位の完全復権はしてません・・・」。

さて、このような江戸時代からの大寺社の大弾圧の中、この山王日枝神社は威光を保持しました。つまり、それはこの神社が江戸幕府によってつくられた寺社でないという歴史的事実が元でした。例えば寛永寺は完全にメイドイン徳川の天台宗のお寺であり、増上寺は徳川家の菩提寺でしたが、山王日枝神社は徳川の信仰は受けてもさほど徳川の加護・改変を受けていないのです。勿論、元来より朝敵でもありません。

また、その血筋というか由来もよかったのでした、確かに祭神のオオヤマクイノカミは天皇家の伝来の神でなくマイナーな神であり、祭祀も寛永寺と同じ天台宗系の山王神道でしたが、あくまで神道でしたから天台宗系の神仏習合の密教・仏教色を無くしても祭祀は出来ますし、それらを嫌う明治・大正の時の政府に対しても対応できました。

また、天台宗自身も天皇家にとっては親天皇家の王城鎮護を謳う宗派でしたが、天台僧天海による江戸の天台宗系宗教施設の大改変でほぼ全てが親徳川用に新設・開設・改変された物が多い中で山王日枝神社はほぼ往古の形を持ち親天皇家になりうる神社でした。

またなによりも、天皇家が住む敵地たる皇居・江戸城の守り神であり「この重要性は前回に書いたので省きます・・・」ながらも、ほぼ唯一の天皇家に対して敵対しない祭神でした。

その為、明治以後も徳川から天皇家と変わりつつも厚い信仰を受けました。勿論、一部廃仏毀釈などの影響をうけましたが・・・・。

そして、現在も神田明神の数倍の領土を持ち山王日枝神社は威風を保持してます。古来からの神仏習合の山王神道を失いつつも・・・。

さて、今回はここまでです。かなりいろいろと書きなぐり詰め込んだ面があり、読みずらいかもしれませんが、楽しんでいただけましたか?

では、貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

それでは、また・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月20日 (火)

山王日枝神社・・・

いつもご覧いただきまして、ありがとうございます。

どうも、皇悠です。

今回は昨日参拝しました東京は溜池山王にあります日枝神社こと山王日枝神社について、幾つか書きます。

この神社、正式名を「日枝神社」といいますが、鳥居の門は山王日枝神社と大書してあるので私は山王日枝神社と呼んでいます。

さて、この神社は天下祭りとも呼称された山王祭や幾つかの国宝・重要文化財などで知られますが、この界・秘教の世界では幾つかの面でなかなか興味深い面があります。

ですので、今回はあまり語られていないこの山王日枝神社、同じ天下祭りの神田祭で有名な神田明神は明治以後すたれ、多分大ヒットした荒俣氏の帝都物語が無ければただの東京の一古社としてしかなかっただろうぐらいに落ちぶれた神田神社と今だ神田神社の数倍の領地を持つぐらい隆盛な山王日枝神社の霊的な差を書こうと思います。

ちなみに、オーソドックスな詳しい歴史とか、現在の祭りの様子とか、建物の場所とかは日枝神社のホームペイジ、Wikipedidiaに出ていますので、そちらを覧ください。

私は基本的にコピペやただの丸写し・引用が嫌いなので、携帯電話などでご覧いただいている方には、申し訳ございませんがお願いします・・・orz。

それでは、本題にいきます。この山王日枝神社は詳しい創建の時代は不明ですがまず間違いなく現在の皇居、昔で言うところの江戸城の創設者大田道灌と繋がりがあるのは間違いなく、そして大田道灌は江戸城を築城する際にかの山王日枝神社とある種の契約・鎮守神として祈願し盛り立てた事は確実です。神田神社が基本的にその始めから地域住民の氏神でしかないことと大きな違いですね。

さて、現在でも家を始め何か建築する際は地鎮祭、気を配る人なら神棚を、経験を積んんだ人・信仰を持つ人なら稲荷勧請や出雲屋敷なり、自らが信じる=験・証を受けた神仏の祀りをします。

ましてや、今でさえ地震や台風、洪水で簡単に建物が倒壊・損壊するのに、まして建築技術が今よりも低い時代には神仏に頼る気持ちは現在の比ではありません。

また、現在も一部の国ではそうですが日々の生活と職場が同一の場合が多い過去の支配者層にとって、城の守り・生活の面での加護はかなり重要です。

たとえそれが具体的に何かあるのでなしでも、何かに守られていると感じつつ生活するのと、常に自らの力のみ頼りにして周囲をいつ裏切るか分からないモノだけに囲まれて暮らすのでは精神的そして肉体的にもハードです。

歴史上、権力者・庶民に関わらず親子、兄弟、夫婦、親族同士で殺し合い奪い合うのを人類は繰り返してきたので、少しでも学・経験を積めばいやでもそれを自覚・納得しますから、まして戦い・殺し合いが日常の時代では神仏への信仰心は今の比ではありません。

極端に言えば、その人を守るセーフティネットが神仏しかない時代がほとんどでしたからね、日本は・・・。

さて、このようなことが現実であった当時の世界では自らの・家の守り神の力が増せば自分らだけでなく同じく住む一門・氏族「現在では核家族化が進んでいるので親子だけですが、往時は祖父母・親子・甥姪・従兄弟などが同居する場合もたたありましたので」全員の運勢も上がり開きますし、逆に自らの守り神どころか家の守り神の力が衰え失うことは自らだけでなく家・城・一門の衰退・滅亡どころか、家・城に関わるすべてのモノの衰退・滅亡に繋がります。

その為、これらの守護神・鎮守の威光を高める術、逆に敵の神仏・守り手を攻撃する技法とかも古来より幾つかあります。

ただ、その具体的なモノは面倒かつ危険なので書けませんが・・・。

さて、こんな事情があるため江戸城に住む各時代の支配者達はこの日枝神社に対して大いに庇護・寄進をし信仰を厚くしています。

特に、この地に始めて国の中枢を作り、江戸城を大々的に改装し、江戸という当時の世界レベルでも高い文化・経済レベルの都市を構築した徳川家は並々ならぬ厚遇をしました。

例えば天下祭りの一翼として祭事の際の行列を特別に城内入城を許し、祭事用の下賜金を出し、毎年のように寄贈・参拝をしていました。

正直なところ、私は同じ天下祭りを有する神田神社よりこの山王日枝神社の方が格・力は上だと考えています。閑話休題。

さて、そのような由来以外にもこの神社にはあまり知られていない幾つかの秘教的な由来・意味があります。

それは江戸と言う都市を考える際に大きく参照・考察しなければいけない人物に黒衣の宰相ともいわれた天台宗の天海がいますが、ちなみにこの人物の都市計画や寺社政策は多くの人が考察・発表・上梓しているので多分、ご存知の方も多いと思います。

さてこの方は比叡山の密教と習合した神道の一派、山王一実神道の大成者であることでも有名ですが、この山王一実神道こそが後の日光東照宮を始めとする徳川幕府の一大信仰の神君家康公・東照宮信仰の思想的基盤・源になっています。

そして、この山王一実神道自体が山王日枝神社を含む全国の日枝神社・日吉神社・山王神社などの山王信仰ー比叡山系の密教化した神道・山王神道を下敷きにしています。

つまりほとんどの場合においては、山王一実神道を理解する際には山王神道を理解しないと無理なわけで、そして山王神道を体得するには山王社つまり江戸ならば山王日枝神社への信仰を必然的に持たないといけないわけです。あくまでも信仰体系であり祈祷・呪術大系な訳ですから・・・。

この入れ子状の論理「山王日枝神社が元来から江戸城の守り神であり・山王神道の神社である事」を何故か多くの江戸の城砦論・都市論・霊的風水論の論者は気付いていません。

何故徳川家が代々にわたり神田明神の如く支配すべき庶民の信仰であり祟り神でもなく、徳川家の仏教・菩提寺の浄土宗や天台宗関連「増上寺や寛永寺などが有名ですね・・・」でもなく、家伝の神道「神君家康を祀る東照宮信仰」でもない、古社の山王日枝神社が厚遇され、江戸城の裏鬼門の守りとしてふさわしいと考えられたのか、何故か誰も詳しく論じてませんね、不思議と・・・・。

このこと自体が私には不思議です。多分、多くの論者が祈祷や呪術などを含む霊的信仰体系を知らない・体得していないからだと推察しますが、どうでしょうかね・・・?

さて、まだまだこの神社については書く事が色々ありますが、紙面・時間の都合上今回はここまでです。

続きは次回書きます。お楽しみに・・・。

では、貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

それでは、また・・・。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年4月28日 (月)

土地の相性と枷、その3

いつも、ご覧いただきまして、ありがとうございます。

どうも、皇悠です。

さて、今回も前回に引き続き、古えからの神社・寺院などとの付き合い方などについて書こうと思います。

私信ではありますが、いちファン様より応援のコメントも頂きましたので、がんばって書いていこうと思います。正直な感想として久しぶりのコメントで嬉しかッたス。

では、前回の少し復習もかねて、成田山について何ぞタイムリーに始めます。

成田山こと成田山新勝寺。新義派の真言宗智山派の大本山のひとつです。関東においては私の地元の高幡不動ー「ここも同じく智山派」・落語「秋刀魚は目黒に限るのアレです」などで有名な目黒不動などと並ぶ関東における不動信仰の大聖地です。

なんと言っても、日本における不動信仰の開祖、弘法大師・空海作とも伝えられている不動尊が本尊として祀られていますから、下手な不動信仰/本尊寺院とは格が違いすぎます。

さて、本日の朝のニュースでも出ていましたが成田山と成田屋の関係は寺社と氏族の関係をよく表わしています。

ちなみに成田屋とは歌舞伎の市川一門のことで、今は芸能ニュースなどでよく見かけますが市川海老蔵などの方が有名ですが一門のトップの名は市川団十郎と名乗ります。

さて、この成田屋と成田山の関係は団十郎の初代さんがなかなか出来ない二代目を成田山に祈願して得たことが始まりですが、不思議なことに江戸時代の初代団十郎以後の市川一門のファン「当時のアイドルオタク」や初代より繁栄している市川一門をみてそれにあやかりたいミーハーなどが集い参拝した事も成田山の繁栄の理由の一つであるのですが、これは何故かあまり喧伝されていません。成田山と成田屋の関係はよく喧伝してますが・・・。

ちなみに、現在の現象で同系のモノとして上げるのならば、一部で俗に言うオタクが好きな作品・アニメに関わる土地「大体は参考にした現実の建物の事」を観光で巡る現象を聖地巡礼と言いますがこれがそれです。そして、この観光が地元を一部ですが潤していますから、元オタキングこと岡田氏のいうオタクの江戸起源説は正しいのかもしれませんね。

昔も今も人のやることにあまり変化が無く、「天が下に新しき事なし」なのでしょうか・・・。

さて、この市川団十郎の故事が元来の平将門を調伏した時からの戦勝・調伏の功徳以外にこの成田山に子授けの験を加え、また江戸時代の浄土宗の名僧祐天に智慧を授け導いた故事から立身出世、それ以外にも江戸に近いこともあり多くの民衆が行きやすく参拝、そして数多くの願いを叶えて大いに喧伝!あれよあれよと霊験あらたか万願成就の不動尊として成田山は隆盛を極めていきます。

さて、少し前振り・例え話が長くなりました。それでは前回は個人と神社・寺院の相性判断の方法は書きましたので、今回は万が一にも相性の悪い所に行かざるを得ない場合の対処法を書きます。

まず一つ目は、祀られている所が特に仏教の場合、より上位の仏尊や同格の存在に取り成しを願います。

ただし、この場合は普段から自宅で日々の勤行をしているとか、季節の祭礼にわざわざ祀られている菩提寺などの縁ある寺院に行くとかして、その方と懇意にしていないとまず意味がありません。

お釈迦さまいわく、「縁無き衆生「人を含む全ての生き物」は救いがたし」です。

またこれも何故か不思議と知られてませんが、お経なり参拝なりをたかだか数回して験・加護を貰えると考えていること風潮がありますが、そのこと自体が実は大間違いです。

たしかに、数回のお参りや祈願で霊験があるときはありますが、それは滅多にないから喧伝される訳で、普通に考えて何処の誰とも分からない者を、しかも多くの方がろくな作法で祈願しているのにも関わらずに何故にして助けるのでしょうか・・・?

また、とくに読経などでは功徳は数回でもありますがそれで願いが必ず叶うと書かれたお経・祭文・祝詞などは存在しません。

最低限度は祈るときには名前、生年月日、年齢「数えの場合もあります」、現住所など祈願者が誰かと個人を特定できる情報を伝えて、つまりは挨拶を終えてから、心願を奏上・祈願するのですが、その挨拶すら知らない・しない人が多すぎます・・・・・。orz

確かにしないでよい場合もありますが、それは菩提寺やよく行く崇敬神社など何度も伺い、何度も自己紹介しているので完全にお馴染みさんの檀家・講員などである場合だけです。

例えば、小さな寺院や神社なら宮司さんや住職さんから名前を覚えてもらい普通に呼ばれるくらい通いつめた場合だけです。

次に二つ目は、これが一般的ですが御守りを持つことです。

ただし、一代・一生モノの御守り「十万単位ですが」以外は、一応は何処の寺院・神社も一年は持つといいますが、実のところは何十・何百個とまとめて/手を抜いて祈祷しているのが定番でありまして、そんなやり方なので効果はよくて三ヶ月です。三時間で切れた例もありますが・・・。

それに多くの寺社ではアウトソーシングで工場などで製作したものを何も祈祷もせずにそのまま売ってる場合も多々あります。

祈祷して力が宿っているのは、本殿なり拝殿なりに昇殿した上で、祭神なり本尊なりの前で特別に祈祷を受けて下賜された物だけです。これも、形だけのモノが多いですが・・・。

それに、お守りは実はお寺の本尊を作製・開眼したり、神社に祭神を勧請するのとランクは下がりますが同じことです。

ある物に神仏を宿す・繋がりを持たす事とある物に神仏の力/功徳を宿す・追加することは基本的に同義です。

ですので真面目にやれば、何日も準備なり作法なりの必要があります、それを売店に気軽に置くようなモノとしては作れません。実質的には本尊・祭神の一部を売るということですからね。まともな信仰者・行者なら本尊を砕いて破片を売らない様に本当はお守りはなかなか作れません。

よほど気にいった方や渡すに値する方になら勿論、別ですが・・・。

だから、普通は御数珠の性根入れのように簡単に「それでも真面目にやれば何時間も掛かりますが・・・」煙にかざしたり、お経を唱えたりなどの祈祷して終わりにしてます。

つまり、「これ/この持ち主をお守りください」で終わりです。間違えても「これ/このお守りに宿りたまえ・力を分け与えたまえ」などと祈りません。そして、そんなやり方では当たり前ですがその持ち主を守るかどうかは神仏の胸一つで文句も言えません。

確実に神仏が宿り祀られれば、日々の供養を得ているのでどんな方でも守る必要というか理由はあると思いますが・・・。でも、そうしますと基本的に本尊・祭神と同格になりますね・・・。

それに、万人と相性の良い・最適な神仏は存在しないので、誰が持つか分からないモノに力を宿らしてほいほいと製作するのもどうかと思いますが、どうでしょう・・・?寺社の相性以前にお守りの相性がきて、そのお守りを得るには寺社にいかなくてはならず・・・・、循環話法ですね。

そして、だからこそ、西洋魔術では普通は護符・お守りを作る際はこの世界の仏尊・神格ではなく、惑星のモノを利用します。少なくとも、惑星の力はこの地上の全ての人が大なり小なり日々受けているので相性的には問題が少なく「慣れてますからね」、それに好きな神格が選べるので基本的に中立・中性です。

それに作製する際にも占星術や万物照応で個人にとって最善の時・状況・物を選んで作製・聖別出来るのでリスクが少なく、ハイリターンを狙えます。

何より卑しくともそれなりの行者・祈祷師・術師ならお守りをつくる暇があるなら、より神仏との強い繋がり・加護を得る為に行学に励み、守りが必要な際は自ら祈祷・呪術を行い立ち向かい何とかするモノで本人的には必要性があまりありません。

師は西洋系の惑星霊の護符作製が上手でしたが、あくまで「それは余技である」と考えていましたし・・・。それに何かお守りって、日々の行をしないでお金で加護を貰う面がありますので、それを厭う方々もいます・・・。

さて、そういう諸々のためにお守りを車につけてても交通事故だの、家内安全のお札を貼りつつ火災だのに遭う人がいるわけで・・・。プライドがある術師なら、万が一自らが作製したお守りを保持していてそういうことが起きれば詫びてから原因究明と対策を考えますが、そんなことをする寺社はまずありません。現状、気休め用ですから・・・。

あいかわらずのワンパターンのモノを厭きもせず毎年毎年作製し売ってます。素晴らしくよく出来た、いい商売です。

さて、、そうは言っても護符・お守りは効果はハマればかなりありますので、なかなかに便利です。ちなみに自作する際は凝りに凝るので時間的にも材料的にも金銭的にも大変です。普通に一ヶ月分の給料位は色々と掛けましたから、もう飽きた上に必要が無いので作りませんが・・・。

最後の三つ目の手段は、其処の神仏に祈る・詫びることですね。

「自分は貴方にお願いできるような立場ではありませんが、なにとぞ見逃してください・・・」とか、「これこれこういうものを捧げるのでよろしくお願いします・・・」とかです。ただ、そういうのは基本的に商売している方ならご存知の通りで、クレーム客を納得させるわけです。しかも自分より遥かに強く上位の方を相手ですから低姿勢&作法どうりする必要があります。

「勿論、作法をよく知る人はまずそうい場所に行かない」のは内緒です・・・。

それに幸か不幸か殆どの人は神仏の力の影響を感じるほどの力も才もないので、験もないですが呪詛も罹りにくいです。

最後にこんな今までの全てをぶち壊すような一文を出すのも恥ずかしいですが、これは事実で、あくまでこのシリーズは万が一の危険を避ける為の豆知識です。

神仏の力を受信できるということは、自らの望まない神仏の意志を影響を受け易くなるということでもありますから・・・・、この辺は良し悪しですね。

妖術師の言うことではないですが・・・orz。

さて、色々と対処法を書きましたが、やはり「君子危うきに近寄らず」・「治療より予防」です。意味も無く目的も無くふらふらと神社・寺院に立ち寄り呪詛・害を受けるのもある意味で自業自得の運命なのかもしれませんね。

では、今回は特に長々とお読み頂きましてありがとうございます、

貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

それでは、また・・・・。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年4月27日 (日)

土地の相性と枷、その2

いつも、ご覧いただきまして、ありがとうございます。

どうも、皇悠です。

さて、前回の記事では私は寺院・神社などを参拝したさい人によっては残存する呪い・祈祷が発動することを書きました。今回は、その続きです。

ただその前に、前回の例話で崇徳院さまと成田山などについて書きましたが、それの補足を先にしときます。

まず、崇徳院様は古の天皇陛下のお一人です。かつて天皇家及び平安貴族・武家を多きく巻き込んだ政治闘争があり、それにおいて敗れ今の香川県は讃岐地方に流罪され悲嘆と怨嗟と呪詛の内に亡くなられました。そしてその死後、天皇家およびその一門に対し大天狗または御霊とも言われるほどの祟り神となられ、現在も祟り続けている御方です。

なお、関東において平将門が神田明神として、江戸の守護神として祭られましたように崇徳天皇は讃岐院・崇徳院などとも呼ばれ、讃岐及び四国の守護神として大切に祀られています。そしてこの崇徳院様を御祀りしている神社として有名なものが金比羅様こと金刀比羅宮を総本社とする金比羅信仰の各社です。また、この金比羅さんは神社以外にも元来薬師如来の臣下十二神将の筆頭のクビラとも考えられてきたので薬師如来を祭るお寺などでも多く祀られています。

さて次に成田山の話ですが、成田山は平将門一門に呪いをかけ滅ぼす為に調伏をした当時の数多くの寺社のなかで特に代表格でした。その為、神田明神の氏子つまりは一門を自認する江戸ッ子達はお参りを含め近ずき関係を持つ事自体を避けるのです。

春日大社宮司・葉室頼昭氏の話は同氏のベストセラー「神道のこころ」などに出ています。大変良い本ですので是非一読をお薦めします、よってここではカットします。

では、まず始めに自分が訪れる神社・寺院にうかがい呪われるか・危険があるか判断する方法を書きます。

この日本においては基本的にその人物を各個人ではなく所属する組織で判断してきました。特に歴史を遡れば遡るほど個人ではなく組織で判断します。

よって、古の祈祷・呪いも後世に残るほど大規模・大掛かりな強力なモノほど目標を組織・一族・家門単位にして行われてきました。よって、後世の各人が日本の歴史上の基本的価値観の中で如何なる存在として見らるべきなのか考える必要があります。

ただし、これはあくまで自己を守り、余計な危険を避ける為の手段・見方です。また、勿論の事ですが各個人の価値・質をどうこうと判断するものではありません。

では、「本人が日本の歴史の中で如何なる存在であるか?」の判断の仕方ですが、それは出身・姓などで判断します。

まず今の姓を調べ、どこの氏族・一門の流れであるか判断します。例えば平氏の流れなら源氏が大切に崇め、創設した神社やお寺は避けたほうが良いですよね。

次に出身で判断します。例えば関東に生まれ育ったモノは京都を中心とする畿内の人、特に京都の都人から東夷として、かつて蔑視され忌避されました。そして、京都の寺社、特にお寺関係は関東人・東夷に対し呪詛の祈祷を歴史上本当に能くしていました。そのため、関東の人間は実は避けたほうが良いですね。

では、今回はここまでです。長々とお読みいただきまして、ありがとうございます。

貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

それでは、また・・・。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年4月26日 (土)

土地の相性と枷

いつも、ご覧いただきましてありがとうございます。

どうも、皇悠です。

さて、来週から、ゴールデンウィークが始まりますが、どこかに行かれますか?例年この期間を利用して国内・海外を問わずに普段は行くことが出来ない遠方に行かれる方も多いかと思います。

さて、その旅行に付き物なのがその土地の神社・寺院・聖地巡りです。しかも特に日本では多くの歴史的建造物や遺跡、名所はまず間違いなく宗教的な意味を持つ施設だったりします。

現代と違い、特に明治時代以前の人々の生活は宗教・信仰と共にありました。その為に今とは考えられないほど何かの篤信者にして政治家とか、呪術師にして政治家、僧にして武将、神主にして領主などという人がゴロゴロしてました。そして、往々にしてそういう人の持ち物・縁のモノが観光地の目玉になっています。

そして、其処で気をつけたいのが、ある種の霊的行、呪術的体系を修める・関わる人が場所によっては反発、攻撃されるといういうことです。

以前、パワースポットの話である種の場所が運勢や体調を崩す原因になるということを書きましたが、そのことを今回は詳しく書こうと思います。

さて、一部の日蓮宗・浄土真宗系などの宗旨では自らの派の法理・教義にもとずきまして他宗・他派の聖地・建物への参拝は勿論の事ですが、近くによる事すら禁じています。

このような近代の教団運営のための教義や縛りは、事実のところは万が一何気なくでも祈って験・現世利益が出ては鞍替えがされるのでそれが怖い為に禁止してるのが内実で、逆に本人が信仰をしてない他宗・他派の聖地・祭礼の土地であってもそこを訪れる事でその人の運勢が開けたり、持病・金運などが改善する事がよくあります。

ただ、どうしようもない事ですが逆に歴史的にもまってく同じ信仰の一員であり宗旨・宗派的にも問題が無いはずの土地・本尊・祭神でありながらも個人的な生来の相性で、咎または枷としかいえない・本人には害にしかならないようなモノ・土地がこの界の中にはあります。

例えば、かなり有名な話ですが同じ神道系のモノでありながらも皇室の方、特に天皇陛下に近い方ほど白峰宮・金比羅さんなどの崇徳院さまを祭るところに近ずき・関わると本人を含め周囲に被害が、俗に言う祟りが発生します。

さらに、似たようなものに春日大社の宮司で有名な葉室氏の各種の本で紹介されましたように、ある種の血族しか祭祀が出来ない・管理維持できない神社寺院などもあります。

俗話にある生粋の神田明神の氏子たる「江戸っ子は成田山にお参りしない」などという話もそれなりの訳・意味があるのです。

これらは実は、その人自身・大抵がその生まれ自体がその土地・寺社の祭られている神、本尊たる仏尊と対立、場合によっては敵対関係にあるためです。

さて、神仏には基本的に時間的感覚がありません。

その為に過去においてある種の術師が敵ー大抵はその一族・血縁者・子孫の全て含みますーを滅ぼす事・攻撃する事を其処の祭神・本尊に祈願し、神仏がそれを納受した場合は例え何世代経ち幾ら血が混ざり薄くなろうと見つかり・攻撃範囲に侵入したら攻撃が発動します。

勿論、大抵は時間的な経過と共に多くの土地に祀られています方々への祈願の力自体が衰えて行きますし、現代の多くの神社・寺院の人々は残念ながら往時に比べ、遥かに力が劣るので先師の祈願を維持できているかというと出来てません。事実、多くの宗派が歴史上にあるほどの験のある方を現代はあまり保持・輩出してません。

また、時間・世代を重ねるごとに多くの血が混ざるのでその分で血族・子孫としての関係が薄くなりますので、神仏などに発見され難くなります。

しかし、霊的行や呪術的訓練をしますと特性・性質が磨かれ、より強く発現します。そして、それは必然的に祖先・血族的な特徴をも強くします。

その為に、神仏から見つけやすく狙われやすく攻撃を受ける事になります。

また、抵抗力の弱い老人や子供は本人の資質もありますが狙われたらすぐに出ます。

なかなかに怖いですね。

では、今回は長くなったので、ここまでです。

貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

それでは、また・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月19日 (水)

聖地紹介、その1

いつもご覧いただきまして、ありがとうございます。
どうも、皇悠です。

さて、今回は少しいつもと目線を変えて聖地を紹介します。

その名を東伏見神社と言います。

この神社、歴史こそ百年とありません近年に建立されましたモノですが由来がしっかりしていまして、稲荷信仰の聖地の伏見神社から分霊された神社です。
また、正式に神道・伏見系稲荷勧請の出来る数少ない神社です。

何よりもあの政治家鳩山さん贈呈の大きな寄進物や拝殿後ろの稲荷の小社群を見る度に未だ衰えぬ稲荷神の威徳を痛感します。

それでは、また。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月21日 (木)

風水・・・その3

どうも、皇悠です。

現在の状態と合わないので、ブログの題名等を幾つか改変しました。

さて、えーと、今回は前回の予告どうりに風水ついて書きます。

では、そのテーマ・お題は「風水師の諸派」について書きます。

それと、一応風水系のモノ自体は伝授・学習しましたがそれらは基本的に護持する技術体系よりも下位に位置付けられてますので、「こうすれば良いですよ」的なことは書くつもりは今回もまた、ぜんぜんありません。

はじめにせっかく見て頂くので、あらかじめ明言さして頂きます・・・。

また、本や教材などの風水系の情報自体は現在、この日本中で専門の教室やネット上、書店及び図書館などで幾らでも公開され、入手できます。

ですので、あえてここで護持体系中の風水系の情報を公表する必要はあまりないとも思います。

代わりは幾らでもいますし・・・。

ぶっちゃけ、研鑽・経験を積み改良したものは、行う上で幾つかの制約や規定、技能がいるのでここで公開してもまず無理があるので差し控えさして頂きます。

それに神社の宮司さまや神職の神主さん、お寺の住職さまのなかにも風水や家相、墓相など詳しくご覧になられる方もいます。

多くの日本の宗教の中に風水系の技法は実はあります。祭儀を執り行う際に、祭儀場を作る・整える技術は必須ですので、その基本・応用としての風水があります。

ですので、懇意の菩提寺さんや氏神、鎮守さまが在るのならばそちらに伺うのも良い手です・・・。

さて、宗教者ではなく風水師としての諸派ですと実は風水は事実上、日本に於いては乱立状態の一人一派状態です。

術者の技能・見識を計る上で、重要な資格を発行しうる公的な教育機関や伝統的な組織、名門の団体など判断基準になるモノが残念ながらもありません・・・。

また、厳しくあえて見れば、この日本で比較的有名な方々、多作で著名な諸氏も「国内外の幾つかの老師から学んだ」とか、「家伝の教えで・・・」とか、「自分で独学し創作した・・・」とかで、その実力は正直なところ、普通に考えて確認の難しい為に「私は出来る。私はすごい。こんな効果が出ます。・・・」と言った者勝ち・書いた者勝ちの状態です。

例えば車の運転や料理などもそうですが、教えを受けただけで、誰でも有能に名人・達人には残念ながらなれません。

しかし、事実、一部で本や師から習った知識を切り売りしているだけの人がいます。

しかも風水はそれで済んでしまう面が多々あります。普通の商売にあります「品物の効果が無ければ返品可能」とか、「代金をお返しします」などとなっていないためです。

その為、家庭円満で風水をしていながらも逆に遺産でお家騒動や離婚、子供が発狂などとどう考えても逆作用になっている例があります。怖いですね

さて、今回はあまり語られていない日本の風水師の影の面を書いてみました。

お役に立てば、幸いです。それでは、また・・・。

    

    

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月20日 (火)

前言撤回 風水・・・その2

今晩は、皇悠です。

久しぶりに、啓示が降りましたので、一つ訂正をさして頂きます。

以前の記事・投稿にて風水は効果が薄いと言っていましたが、啓示を下さったお稲荷様の説明で風水が十分効果が有ると判明しました。

ただし、その為の条件が幾つか在るそうです。

一つ、神仏・先祖の加護があること。または、受けれる資格・器があること。

注、「全ての人の先祖を辿ると必ずある種の神格・仏尊に至りますので神仏と先祖はここでは、ほぼ同等に考えます」

一つ、その人が自然に力を受け止めるある種の清浄さ・無垢さ・純粋さがあること。または活用・対応できるモノを保持していること。

などだそうです。

まだ色々とありますが、例えばその具体的な技術・仕組みなどは天機等に触れるのでここでは公開は控えさして頂きます・・・。

しかし、それでは味気ないので少しヒントを、

まず、干支・九星・五行などの個人の属性はまず無視して方位を見ても、九割から十割は大丈夫だそうです。というより、あまり当てにならないとのことです。

更に、松永修岳氏、御堂龍児氏、山下剛氏の風水理論は押さえて整えると効果は段違いとのことです。

確かに、上記の三氏の本を読む限り、この意見はお稲荷様の言うとおりです。皇悠もこの点は同意します。

また、般若心経、地神経等を風水を整えた上で、日々朗誦すると好いそうです。

さて、他にもまだまだ色々と有りますが、今日はここまでです。

それでは、また・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月 5日 (月)

パワースポット・聖地その他

今晩は、または、お久しぶりです、皇悠です。

またまた、ゴタゴタして更新が遅れましたことを、謹んでお詫びいたします。

それでは、本日のお題は、パワー・スポット略してPSについてです。

といっても内容的には、ただの聖地・神社・寺院の参拝時の諸注意あれこれですが・・・。

皆様は行きつけの神社やお寺はございますか・・・。私はこんな稼業をやってますので、あります。そこに行き着くまで、色々と廻りました。

始めから効果が絶大にあった所、徐々に験が消えた所、少しずつお陰がいただけた所、今に至るまで何度もいっても効果の無い所、依頼者には効果的なのですが、伺うとあまり意味の無い所、ある場合のみ役に立つ所、色々ございました・・・。

さて、そういう場所に行く場合に本当に気を付けていただきたいのは、其処に祀られている方々を怒らせないように振舞うことです。

といっても、大抵の神社・お寺は観光地化していて、何気に作法だの振舞い方だのが親切にも表示されていたりもしていますので、それに従えば、大丈夫です。

つまりは、お金を落としてくれる大事なお客様として扱う・見做しているので、大抵の礼儀・作法知らずな振る舞いもお許しいただいてもいます。

ただ、一部の修行寺・禁則地・奥宮・霊園の一角などの中には、近寄るだけで、まるで放射能に被爆したようにその人の人生を歪めるというか、変質させる力のある場所があります。

しかも、やっかいなのはそれが人によっては、開運効果だっり、浄化作用だっり、その逆の災厄を誘発する鍵的な所だっりするので、あまりにも人に奨められない・汎用性の無い所ばかりなのが仕事上において使えないのが悩みだったりします。せっかく、みつけたのに、もったいないことしきりです。

さて、こういった個人差のようなものがあるので、大抵の神社・お寺の境内で幾つもの参拝先、巡礼なら同じ神仏を祀りながらも何ヶ所も行かせるようになっています。

ですので、幾つものPSに伺っても験が無い、変化・開運がないと諦めないでください。神仏との付き合う作法を学び、正しく振舞うことの意味を理解した上で行っていけば、必ず生涯の宝になる場所に行き着けます。

そして、その場所は他者が伺っても意味のない、邪魔も出来ず、汚しも出来ない、まるでsその為に用意されていたかのようにひっそりと佇んでいたりします。

そして、そういった場所を観光地、神社、お寺にいかれた際は気に掛けていただけたら幸いです。

探し当てた時は人生の支え、生涯の道しるべを得たのに等しいからです。

さて、今日も何故か内容が二転三転しましたが、お役に立ちましたでしょうか・・・。

それではまた・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月28日 (日)

パワースポット・聖地その他

今日は皇悠です。

本日のお題は一部のスピリチュアル系で人気のパワースポット、略してPSについてです。

PSは啓示、ヒーリングや浄化、聖別ー目的のエネルギーの性質を追加することー、充電などに使えます。ただ、よくある風水の龍脈・方位・インテリアの位置などはPSとはあまり関係ありません。

PSで有名な所はほとんど、昔からの観光地の箔付け・古来からの宗教系の聖地の転用・新興宗教の関連だったりします。

そういった場所でその土地の加護・パワーを貰う「実質的には同調し利用する形ですが」にはある種の気功法系のテク二ックと魔術系のオーラ視の技能がいります。

ただ、そんな特殊・変態的技能を持つ人は殆どいなく。

大体は、そこで祈る・観光する・一時間瞑想する位が関の山のお茶を濁す程度で、ほとんどは二・三日もすると、何の為にわざわざ少なくないお金と手間を掛けたのか判らない位に力や影響は消えているものです。

もったいないですね。

もともと、PSに行くことは聖地への巡礼であり、現代の信仰心も宗教上のマナーも知らない持たない必要性を感じない人に二・三日でも加護・祝福を与えていたその土地の霊的な方々の慈悲こそ貴いのかもしれませんが・・・。

逆にいえば、信仰心やそういったマナーを知る人が自らの信仰する神仏に関わる聖地・同質/同属/同種/同族の土地にて祈る、救いを求める、修行をしますと更なるバージョン・アップ、開運厄除、浄化守護が与えられます。

このことは、多分拝み屋・宗教系修行者・私のような妖術師だと当たり前の基本知識ですが風水、スピリチュアル、観光系の本・記事ではまず出てきません。

勿論、それには理由も当然ありまして、現代の個人の自由を尊び自己の欲求の充足が第一の人たちに、信仰するということ、つまりは「自らの神仏を決め、その方の教導を受けて守護・恵みを受けるという限定/束縛状態に入れ」というのも無理があるので、書けないのも仕方の無いのかもしれません。

ただ、そういう守護者がいないと或る段階からその先に進めなくなるのも事実で、このことは知られていませんがこの界隈の重要な秘密に関わりますのでまた今度にします。

それでは、また・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年10月 3日 (水)

風水・・・

今晩は、皇悠です。

前回は、東京の守り神としての神田明神への異論を書きましたが、今日はその関連で個人的に嫌い・意味不明な風水について書きます。

さて風水ですが、皆様の中では風水というとドクター・コパですか、それとも御堂龍児氏、もしかして、荒俣先生・・・。

それとも、女性誌で人気の黒門風水、李家幽竹、ユミリーなどの諸氏などですか・・・。

上記の先生方の本や記事は、とても面白く、為になりますので読み・見ますが、まず、個人的には術には取り入れてはいません。

何故だと思いますか。考えてみてください・・・。

答え・・・何故なら、純粋に風水の技法だけでは埒が厭かない・効果が薄すぎるからです。

事実、上記の先生の本を詳しく読むと、インテリアを動かし・変え、家を改築し、墓地を整え、地相を見る、普通の風水だけでなく必ず奥の手・ダメ押しとして宗教・呪術系の技術を使っています。

護符だの、神仏の像だのを家に置くだけならまだしも、神社・仏閣への参拝、お経を置く・読む、神仏を祀る・祈るだのもします。

これって、「何かを信仰しろ、呪術でマジれ、風水だけでは無理。」と言う事ではないですか・・・?

さらに、風水で守られているはずの人や場所・建物が、怨霊だの、呪術だの、魔術道具だので、攻撃され、その挙句に守られていたモノが傷つく・死ぬ・壊れる例は呆れるほどあります。

日本有数の良風水の土地・京都の平安貴族は怨霊・呪術に日々怯えて暮らしていましたね。

それに、風水は元来、権力者・富豪の技術です。

風水は実際、数千万円と使わないと永続的・恒久的効果は無いように思えますが・・・。

よくある数万の水晶を飾り、小物を少し置いてもあまり、効果は無いように思いますが皆様はどう思いますか・・・。

確かに、やらないよりはマシではあると思いますが・・・。

人によっては、「魔術・呪術・宗教の中にも風水的な要素は入ってるだろ。」という方もいますが、所詮、蛇足的なものです。いくらでも替わりのある、無くても良いようなものです。

こういった事・例から風水は観たりしますが、さして手を入れてません。

少しは役に立つものでは、確かにありますが・・・。

今日は、少し悪口・愚痴っぽくなりましたかもしれまん。でも、これはどうしても書きたかったので、以後、見る方が激減しても後悔はしません。

それでは、また・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (3)

2007年10月 2日 (火)

東京の守り神は・・・

今晩は皇悠です。

今日はちょっと矛先を変えて、現在皇悠が住む東京の守り神について書いてみたいと思います。

さて、歴史的には京都・鎌倉・奈良などに比べると、色々と反論はあると思いますが、2007年10月2日の現在においてこの国の経済・政治・文化・情報の中心は東京は皇居のある千代田区とその近くの一部の区だけなのは、異論がないと思います。

具体的に皇悠が住む東京の郊外、多摩地区はほとんど、東京の一部ではありますが神奈川・埼玉・山梨と同じ立場ですね。そこから来たモノを受け取るだけの立場・所です。

さて、それでは本題に戻りまして、この東京の守り神は誰か・何処かということです。

なぜか、ミスター荒俣の帝都物語の影響で、東京の守り神は神田明神の平将門のイメージが強いですが、この日本を創造したのは、古事記・日本書紀によればイザナギ・イザナミな訳でそう考えるとどうなのという気がしますが・・・。

また、平将門も所詮、天皇家の分家筋ですしね。

さらに、一応、この国の宗教上のトップは神道を奉じる天皇家でして、だからこそ、天皇家の宗教儀礼に税金が使われています。事実、平成天皇陛下の即位式は莫大な金額を税金で用立てて、行いました。

そして、他派にはなく、ある儀式・ある宗教にだけ税金をかけるのは政教分離のこの国の体制から異論が出てもおかしくないのに許容されているのは、正に、天皇家はこの国の宗教上、何者も逆らえない絶対者だからです。

事実、この国にある宗教が存在出来るか否かを少なくても、鎌倉時代までは確実に天皇家が決め、その許可が要りました。そして、鎌倉時代までに、公認されたモノの生き残りと分派が日本の宗派の大部分でありますし・・・。

よく知られてます仏教・陰陽道などは天皇家の要請でこの国に導入されてきた流れであり、かつまた、近年流行の密教は天皇家が自らを守るための道具・後ろ盾にだった歴史もあります。

さて、その天皇家は神道とはいえ、奉じる神は将門ではなく、更に、神田明神と比べると圧倒的な差で天皇家のほうが勝ちます。その挙句、神田明神に対してどかっとすぐ近くにお住まいのうえに、一年を通じて、あまり知られていませんが儀式だ、お祭りだ、と色々な宗教上の礼拝を国の援助の上でなさっています。この事実は個人としては頭が本当に下がりますが・・・。

さらに、所詮、神田明神は江戸の守り神だったかもしれませんが、江戸は昔の言葉で言うところの武蔵国の一部です。そして、今の東京もその範囲内に入りまして、その武蔵国には守り神的な一宮の氷川神社・氷川女体神社・小野神社などが遥か昔からあります。

更に、関東総鎮守を謳う箱根神社、武蔵国の総社・その地域の総ての神を祭る神社として祀られきた大国魂神社、祀る御霊の数では日本一の靖国神社などもあります。

これらを考えると、将門公を東京守護神と考えるのは無理がありませんか・・・?

少なくても、個人的に断固として将門公だけが東京の守り神というのは納得出来ませんね。

最後の一文を主張するために、長々と書きました。少し書いてて疲れました。

皆さんは、さて、どう思いますか。

それでは、また・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)