神仏・精霊など

2009年12月27日 (日)

神仏習合はいまだ衰えず・・?

「ノウマク サンマンダ ボダナン 滅離苦離 ソワカ」

御覧頂きまして、有難うございます('-^*)/。
妖術系神学の紹介屋?伝道師?の皇悠です。

さて、時期も少し過ぎましたが、トップの真言はどの神仏のかご存知ですか?
(御存知の方とは上手い酒&飯が皇悠と出来そうですね?)

さて、この方は昨年末に編纂された秀逸な伝道媒体により一部で知られ始めた散多菩薩のモノです。

意味は
「(あまねく)如来に帰依し奉る。諸々の苦より離れたまえ」

さて、この方の信仰自体は古いのですが、日本への伝来は遅く、儀記や経もまだまだ不十分ながらも今ではその絶大なる子供・恋人達・商売人などへの加護・験に徳(笑)で今では大人気の方で縁日には日本中の善男善女がこの真言の一部・小呪を唱和しています。

散多菩薩とは知らずに・・(笑)。

しかし、明確に初めて知った際はビックリしました(=^▽^=)!

より詳しくはこの方の紹介者/大成者の尊敬してます仁鐵師のブログかググって下さい。


ちなみに、調べてただの洒落と考えた方は多分、信仰者として間違えています。
真面目な話で・・f^_^;。ただの洒落と考えると他の神仏すら全て嘘・幻になり、殆どの信仰も五十歩百歩ですから・・(苦笑)。

厳密・基本的には信仰はどっかの誰か(の脳)がその神仏を思いついた(視た?聴いた?)事から始まり、更に元が空想の産物だとしても信じ行じ祈る行為自体は出来ますし、それで救われ加護が与えられたりもしてます。

実際に、夢に出てきて・・(・_・)エッ....?、何故か海の上にいた・・(^o^;)、いきなり声が聞こえ・・f^_^;な感じで信仰や崇敬が始まった例も多々あります。(*゜▽゜ノノ゛☆

また、教学的正しさもあまり当てになりません。
理屈で言えば大抵の宗教に呪術は破綻してます。
例えば、妻帯・飲酒・肉食するのが今の日本では仏教徒の常識ですよね。
また、長年ユダヤ人・ユダヤ文化/戒律を忌避しキリストを殺したローマ帝国とその文化の後継者を自認している多くのイタリア人は何故か生粋のユダヤ人で戒律に従ったキリストを信じてます。
また、お釈迦様は最後まで忌避した国の指導者を何故か歴代のダライ・ラマはしています。

面白いですよねo(^▽^)o。

では、今回はここまでです。

閲覧頂きました方には全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・

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2009年12月11日 (金)

お地蔵さんの事・・。

御覧頂きまして、有難う御座います。

どうも、皇悠です(^O^)/。

さて、天気予報は外れて東京は一日中雨でしたが、皆様はお元気ですか?
今回はお地蔵さんの話です。

えーっ、この方は正式な御名前を地蔵尊または地蔵菩薩様と言いまして、その慈悲は観音を越えるとされる方です。

御真言は「オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ」、御宝号は「南無地蔵尊」や「南無地蔵菩薩」などです。

さて、特徴なお力は「代受苦で苦しむ者の身代わりになる事ですが、他に人気を与える。悟りを与え、しかも失わせない。水火病盗を防ぐ。衣食を与える。その他の厄災を無くし、また幸せに成らす(例え、地獄・餓鬼の世界のモノでも・・)。」と、かなりの万能性が在ります。

ちなみに、子供の守り神扱いなのは、成人と違いろくに行も出来ず、知識も無く、戒律も守れないような幼児すら助けれるからだとかで、個人的にも勧められる方です。

特に素晴らしいのは、上記の事もそうですが、仏教的な表現で六道ことあらゆる環境・状況の方も救い・助ける属性ですね(・ω・)/。

これはあまり云うべき事では無いのですが、大抵の神仏はその信仰に条件や代価、前提がある訳で・・・、万人向けの方は実はあまりいません・・f^_^;。

そういう意味でも素晴らしい方です。また、ある説では現在の(仏教の)救い・教えの担当者はお地蔵様と云うのもあります・・。(突っ込んだら・よく考えるとヤバい気がする説ですが・・f^_^;)

ちなみに、お地蔵さんとお稲荷様はかなり属性が被りまして、同一視さえ時にはされてます。

更に雑学ですが、変わったお地蔵さんには愛宕神社のかつての本尊、将軍地蔵(勝軍地蔵)様などがいます・・。

では、今回はここまでです。
閲覧頂きました方には、是非お地蔵様への敬意を抱いて頂きたいと思いつつ、いつも通りに全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

では、皇悠より。

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2009年10月 5日 (月)

神仏の御使い信仰

御覧頂きまして、有難うございます。

卑小ながら金毘羅大権現様・正一位稲荷大明神様を崇敬してます皇悠です。

さて、今回は神仏の御使い等についてです(・ω・)/。

えっとですね、まず現在の日本の信仰に於いて皇悠が調べた範囲内では神仏の御使い・(漢字が出ないのでカタカナです)ケン族への信仰はかなり廃れています。

例えば、弁財天様の白蛇様は一部で残ってますが童子の方はまず忘れられていますし、また稲荷大明神様の狐は有名ですが天狗や老翁等はまず知られて無いですし、金毘羅大権現様も鬼神(御霊)・天狗等は崇徳院様と厳魂彦様関連で知られていますが龍蛇系に樹精関連はほとんどマニアしか知ってません。

たまに時々ですが考えるのですが、相手の事を良く知らないままで、何かを頼んだとしても、大抵は失敗します事を理解し避けるのに、具体的には八百屋で魚を買うような事は誰もやらないのに・・。

事が神仏に関わると皆様と言うと語弊がありますが、かなりの圧倒的多数の方々が犯罪者レベルの間違いをやらかしております。時には、そこで神仏に日々奉仕すべき宗教者がやらかした例もありますが・・。

たまに皇悠だったら、まず殴り倒しますレベルで・・・。(例えば、御神木を削って持ってたり、勝手に酒や塩を撒き汚したままの放置で帰る・・。因みに皇悠が今までで見た中で一番酷いモノは多分御神木に硬貨を何万個と刺していたモノでしたが・・・(((゜д゜;)))。)

何と言うか、神仏の加護や験を求めながらも、実際に加護・験をもたらし運ぶ方々を無視し・除外し傷つけて信仰・祈願しているのはどういった神経なのでしょうか?

まあ、多くの神社・寺院が神仏への崇敬の地として信者の教化・育成よりも観光地として有名になり訪れる方が金をより多く落として行ってくれる事を望んでる所が多いので、しょうがない面も多いのですが・・。

だからこそ、時に凄い神や御使いがいる所が寂れていたりします。
圧倒的多数の諸々の罪・穢れにまみれ、為す人を寄せ付けないので・・。

この辺が不思議です・・(^_^;)。

では、閲覧頂いた方には「全ての良き事が雪崩の如く起きますように」祈りつつ・・・、皇悠より。

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2009年8月15日 (土)

不動明王様とダキニ天様

御覧頂きまして、有難うございます。

現在、道教系まで手を広げて勉強してます皇悠です。

さて、今回はセイタカドウジ様の御質問を基に記述しますね。

さて、御不動様は一度その真言を唱え加護を求めれば、生まれ変わっても加護を、正に奴隷が主人に使えるが如く与える方とされてます。

そして、ダキニ天は肉大好き!人をドンドン殺して食べたいし、出来れば捧げてね('-^*)/の夜叉神ですよ!
つまり、お不動さんの信者の敵で、更には自身の信者も死後喰うともされる方です・・・。

つう事は両方を祭り上げ、信じ加護を求めればヤバい事に成りますわな・・・・(^_^;)、片方はオイラをずっと守ってくれ!で片方は命・体やるから助けてくれ!ですから・・、ましてダキニ天様には大日さん(つまりはお不動さん)に恨みらしきモノもアリんすよ♪(*^ ・^)ノ⌒☆!

あの話です!
ダキニ天様が仏教に入ったのは大日さん(実はお不動さんと言う説もありますが・・)が大黒天様に変身して脅してイヤイヤ部下にしたという例の有名な話ですよ(≧▽≦)ゞ!

こんな事されたら、皇悠だったらまず恨むってモノです。

ましてや、天部ですから人と同じように感情も煩悩もありまくりの存在です。

こんな方に死後、体をやるからと言いつつも、踏み倒す気マンマンな奴にはちょっと痛い目に遭わすのが、当然な気が・・・。

人間社会でも、金を借りるクセに踏み倒す気マンマンだったら、嫌がらせ・イヤミぐらいしますよね('-^*)/。

そんな訳で、化身とか垂迹でないマジもんのダキニ天様に対して不動信仰者はお願いしても、藪蛇になりがちです。

(ちなみに、よくセイタカドウジ様は生きていた気がします。多分、タダの参拝で特に大それたお願い事をしなかったのでしょうね(^-^)/。)

まあ、元々関連の無い方々を奉り、加護を求めるのも皇悠はどうかと考えてますし・・・。
(実際、水道橋さんを見つけるまで、悩みましたよ(・ω・)/。お稲荷様どうしようかと・・・閑話休題。)

これで、答えになりましたか?セイタカドウジ様。

では、今回はここまでです。

閲覧頂いている方には全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。皇悠より

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2009年8月 3日 (月)

両頭明王こと厄神明王

御覧頂きまして、有難うございます。

混合派の行者の皇悠です。

さて、以前かなり詳しく行者の守護者としても、ポピュラーな仏様のお不動様を庶民の願いを叶える万能の明王として紹介しました。

ちなみにそのお体は青黒ですが、それと反対の明王もおられまして、それが愛欲と煩悩を悟りへと変える仏様の愛染明王様です。(この方も以前に紹介しましたよね?そしてお体は燃えるような赤で表わされてます。)

また、お不動様が縄と剣に対して西洋のキューピットの如く弓矢を持っていまして、実に色々な意味で対照的なこのお二方を合体させた尊格が存在しています。

その名を様。人生の最大の障害ともされる災厄の全てを強力に祓うの力をお持ちなのがこの厄神明王様と言われてます。

ちなみに、厄神とは崇り神とも普通は考えられますが、空海さんはこれを抑える為にこの明王様を創造したのでしょうか、由来が実はよくわからない方です。

さて、兵庫県西宮市に門戸厄神(もんどやくじん)と言う駅があるそうですが・・・。(阪急電鉄今津線?)この駅から北西に700m、門戸厄神東光寺というお寺があるそうで、そこに一部では厄除けで有名なこのお寺に両頭愛染とも言われ厄神明王が祀られているのそうです。(残念ながら、参拝した事がないのでこの一段落だけは、伝聞・推量です。ごめんなさいですorz。)

さて、私自身は不動明王様並びに愛染明王様に祈願する事はまずありませんが、祈願の内容は色々ですし、信仰も色々ですから、それぞれを独尊として信仰されている方もいらっしゃるでしょうし、お二方を以前にかなり詳しく紹介しましたので、今回この異形の明王様を紹介しました・・・。すごく異端的な尊格ですし、紹介していいものか悩む所ですし・・・。

しかし、人間関係に経済・政治・学問と多くのモノが複雑化し混在・関連化した現在においては、このような神仏同士が合体した方もある意味では必要なのかもしれません・・・。

そんな訳で今回は多重化・複合化した時代の導き手として少し変わった不動明王(愛染明王?)を紹介してみました。

ちなみに真言は拝み癖がある為ここでは略します。また、縁日は十九日だそうです。

では、閲覧下さいます当ブログを何故かご愛顧頂いてます物好きな皆様には、全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

皇悠より。

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2009年7月 1日 (水)

田中大神・・

御覧頂きまして、有難うございます。

近頃、訓練・祈祷などよりもネットに読書、仕事ばかりで妖術師よりもただのインドア派の暇人づいて反省しきりの皇悠です。

さて、今回のネタは田中大神です。

え~と、当ブログの愛好家の方々には御存知かも知れないですが、伏見稲荷は現在5つの神様をお祀りしております。

そして、その内の一柱が(神道では神様を一体ではなく一柱と数え上げます、閑話休題)、この田中大神様です。

しかしながら、由来は不明なので、どんな神様か誰にも判らない状況です。

だからこそ調べてみましたら、全国の田中神社の祭神はやはりと言うか、てんでバラバラでした・・f^_^;。

タケミカズチ様に大国主様、白山菊理姫様、大物主様、大年神様など、色々でした・・・。

ちなみに神仏習合が華やかりし頃の後陽成天皇筆とされる稲荷社本地名号には、稲荷和讃と同じく田中社本地仏・不動明王となっています・・。

しかしながら、こうした不明さをいまだに残し、ミックスを平気でやって来たと云う事実が、伏見稲荷が密教(経典に基づく限りは答え・次第は基本的に一つです)ではなく、修験道・神道(正確には神仏習合系神道)畑の聖地だと分かりますよね('-^*)/。

だからこそ、古来から稲荷関連の祝詞や経典、次第が各種有るわけです・・。
まさに日本版の混沌魔術です・・。

さて、余談・前回書き忘れた事ですが、東京は赤坂の豊川稲荷の信者・参拝者にキムタクがいます。
では、今回はここまでです。何かの役に立ってば幸いです。
(閲覧頂きまして方々には、)全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

皇悠より。

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2009年6月17日 (水)

金毘羅大権現様 その7

御覧頂きまして、有難うございます。

どうも、皇悠です。今回は金毘羅大権現様の紹介シリーズのおまけです。

さて、現在の四国内の多くの霊場は、往古に比べてその開基から現代にいたる歴史の中で、その大半の寺院・神社などの多くは廃寺・衰退に近い状態に追い込まれている事が多いです。

そして、その要因の一つは、戦国時代の特に天正年間(1573~92)における長宗我部元親の四国統一による多くの武将の氏神・鎮守・崇敬社の経済的パトロン(檀那)の損失と秀吉の四国攻め・兵火による焼失。そして二つ目は、明治初年の廃仏毀釈による荒廃ですが・・・。

しかし、そのような歴史を物ともせずに香川県琴平町に鎮座する金刀比羅宮、大変な賑わい・盛況を呈しています・・・。

さて、現在金刀比羅宮がある象頭山には、もともと真言宗の松尾寺があり、その守護神(鎮守)の一つとして金毘羅神が祀られていたのは以前書きましたが、実はその由来は今まで書きませんでいたが別の伝があります。

それは大宝年間(701~04)に役行者こと修験道の伝説的開祖の小角(神変大菩薩)が象頭山に登って祈念をしていた際に、岩窟が震動し「我は天竺毘比羅山に住し、常に仏法を守護したりし金毘羅神なり、汝この山を開きて仏法を広むべし。我も亦守護せん」との声をあげ、そのお告げに従い、開山したのが松尾寺の起源であると、当寺の略縁起に述べられている伝があるのです。

そして、功徳・験が広く世の中に広まり、後に空海が渡唐に際して修行の安全を祈り、風波の難をのがれられた事から、帰朝後に山号を奉り真言宗の道場と定め、松尾寺と称したとされるのです。すごいですねぇ・・・。

その為か修験道の特に天狗信仰と関連を深め、終には飯縄権現様の表白・祭文・次第である『飯縄講式』では妙善月光と金毘羅夜叉神との間にできた十八の王子の内で、出家せずに俗に留まった十王子の内の第三番目が飯縄智羅天狗で、これが飯縄山の飯縄明神であるとも語ってしまいます。

また昔日の讃岐の金毘羅宮のお札には「飯綱末代火伏」と横書きしたモノもあり、金毘羅宮と天狗信仰(飯縄信仰)のこういう風に習合・関連性の高さを伺わせますね。

また、飯縄権現様の代表的聖地の東京は高尾山薬王院でも山内に金毘羅大権現様を御祀りしていますし・・・。また、別に高尾山の近くにも近年ある行者が感得し創立された金毘羅様の寺社があります・・・。

意外に金毘羅様の信仰が広く多くの分野に影響を与えつつ受けているのが判りまして面白いですよね。

では、今回はここまでです。

閲覧いただいた方のご多幸と全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

皇悠より。

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2009年6月 1日 (月)

金毘羅大権現様 その6

御覧頂きまして有り難うございます。

どうも、皇悠です。
さて、今回は金毘羅大権現様と習合した神仏が何故にして習合されたのかの皇悠による拙い解析です。

まずは、毘沙門天様の場合はお二方とも御釈迦様に対して守った・侍ったなどの深い繋がりがあり、北の神で、多くの夜叉を部下とする上位の夜叉王で、男の武将形態かつ名前が似ていた、更に財宝や商売・富の神様とも考えられた為でしょうか?

午頭天王の場合は両方ともに国々を回った渡来神でかつ海に関わりがあり、薬師如来の化身・部下でインドの祇園舎の守護神であるとされたなどからで、新羅明神の場合は大物主と同じく海上に出現した由来不明ながらも仏教の守護神の為でしょうね?

思いますに「元々、金毘羅大権現様は神道の神様のような生まれ・由来に誰が・どのような方々が連れてきて祀り始めたのか、どのような経緯で讃岐に来られたか不明な為にこのような習合が成されたのでは?」と皇悠は考えています。

つまり、実はこれこれこういう神様だから、大丈夫と云う事ですかね!?

個人的には、箸蔵寺のパクリ・真似説もありな気もしますが・・!?

これは以前に金剛畏怖の記事だったかな?に書いた気もしますが多くの信仰を集める為に改宗者が以前に信仰していた神様の力を奪う・御神徳を内包していった経緯も勿論、ありえます・・ね!?

さて、少しグダグダになりましたが、今回はここまでです。
では、いつものです。
閲覧頂いた方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

皇悠でした。

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2009年5月31日 (日)

金毘羅大権現様 その5

御覧頂きまして有難うございます。

どうも、皇悠です。
さて、今回は金毘羅大権現様の東京の聖地、虎ノ門金刀比羅宮の紹介です。

この神社は旧称を虎ノ門金毘羅大権現事比羅神社と言いまして、元来は万治3(1660)年に芝・三田にあった讃岐丸亀藩の江戸大名屋敷の鬼門除けに勧請されたのが、延宝7(1679)年に同地へ、そして明治4年に独立・府社へなったモノです。

さて、この一屋敷神が後に東国名社の一つになったのは、江戸時代の金毘羅大権現様への流行で庶民の嘆願に応えて縁日10日に開放した事が縁らしいですね。
なお、本殿の祭神は大物主神・崇徳天皇のお二方です。

御神徳は五穀豊饒、豊漁満帆、海陸安穏、万民太平です。

また、同神社では
金毘羅大権現様は八百万の神様の中で運を司っている神様としてます。
更に自戒し慎む者は天・地・人の運が開くと教え、
金毘羅大権現様は一切貧窮無福の人に大福徳を与え、家内に崇敬すれば八万四千の福徳神を遣わす神様と説きます。
因みに福徳の具体例は悪人には善心、短命者には延命、愚者には知恵、病人には良薬などです。

なお毎月1日に朔月祭、10日に月次祭(金毘羅大権現様の縁日でもありますからか里神楽をやる事もあるらしいですね)、更に20日と9日にもお祭りをやっているそうです。
御朱印は巫女さんが書いてくれたりします。(初穂料はお気持ちとの事ですが、定番で三百円位はだしましょうね!)

境内の摂社は産日社(御神得は縁結びと殖産興業)、喜代住稲荷社(御神得は五穀豊饒と商売繁盛)があります。

ただ、この神社は桂の大木?はありますがあまり境内に木が無く、石畳と二つの手水場と噴水というか湧き水の池?そして神楽殿以外は高層のオフィスビルの一階の社務所に野外喫煙所、缶ジュースの自販機が露骨にありますかなり近代化した神社でして好き嫌いが分かれそう神社です。しかし、さりげなくお百度石や鳥居に四聖獣があったりします。

しかし、藩主が江戸に鬼門除けで祀ったモノが、江戸城の裏鬼門に大名屋敷ごと移転されたのは面白いですね?!

では、今回はここまでです。何かの役に立てば幸いです。

閲覧頂いた方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

皇悠より。

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2009年5月29日 (金)

金毘羅大権現様 その4

御覧頂きまして有難うございます。

どうも、皇悠です。
さて、今回は金刀比羅宮の実質的な由来について私的考察です。
つまり、今回は仮定の試論です。

さて、現代の金刀比羅宮が実は真言宗の寺院だった事は以前記述してますが、ここで一つ疑問点がでて来ます。

つまり、「何故にして鎮守に金毘羅大権現様を祀ったのか?」という事です。

当時の金刀比羅宮は金毘羅大権現様と関連がある十一面観音とも御釈迦様とも本尊は言われてますが、だからといって金毘羅大権現様でなければいけない理由は無いですよね!?

他の寺院のように真言宗の看板のお不動さんに、よくあるお稲荷様でも、神道系の地元の神様でも良かった訳です。

で、ここでそのヒントに成るのが、同じ宗派でこんぴら奥の院を謳う箸蔵寺です。

さて、このお寺さんは天長5(西暦828)年に弘法大師が創建したと言います古刹(現在は真言宗御室派)で、実は弘法大師が感得し自作の金毘羅大権現様がありまして、しかもよくある大日でも不動でも薬師に観音でも無く天部のその金毘羅大権現様を本尊にしていますお寺さんです!つまり、地元の真言宗関係者ならよく知り得た訳です、金毘羅大権現様を・・・。。

更に、金刀比羅宮と箸蔵寺が今なら車で1~2時間、往時でも徒歩1日圏内に在るそうで、知り得た可能性がまた高まりますよね?!

しかも、ここの金毘羅大権現様は「お箸を挙げれる人なら全て救うよ~」と阿弥陀様以上に気前よく助けると約束したそうですから、金毘羅大権現様について法を知らない方でもお力添えを願える訳で・・・・。
(しかし、ほとんど誰でもOKって事ですから、凄いですよね。)

更に、金刀比較羅宮の最初はある僧の隠居先として始まったという説があり、つまりその方はどちらかに長く修行・奉職した後に金刀比較羅宮の元を開いた訳ですから、じゃあ、その修行・奉職先に箸蔵寺があった可能性が十分ありえます。
だからこそ、こんぴら奥の院と呼ばれる気がしますが・・・、どうでしょうか?
では、今回はここまでです。

それでは、閲覧頂いた方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

皇悠、合掌。

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