浄土真宗の罪・歴史の汚点
御覧頂きまして、有難うございます。
雑学系妖術師の皇悠です。
さて、今回は浄土真宗の歴史的な罪の内容です。
さて、浄土真宗は始祖を親鸞に起きますが、立役者・中興の祖は蓮如です。
そして、彼が出る前は、親鸞の一派・門徒内で最も有力だったのは仏光寺派と言う派閥でしたが、宣伝と組織化の天才蓮如の力によって、親鸞系のモノは仏光寺派も含め全て取り込まれた結果、親鸞の血族を中心とする俗に言う本願寺派が、最有力・最大グループになりました。
しかし、明治になって、結局は仏光寺派の流れは、西本願寺から分離独立することになるので、この本願寺傘下入りも必ずしも正解だったかどうかは疑問です・・・・。
ちなみに仏光寺派は、以後は興正寺派と称したりしてます。
さて、石山本願寺攻めの経緯などから、西本願寺は豊臣秀吉が推し、徳川家康は京都に広大な土地を寄進して東本願寺を推して、政権は本願寺教団の教勢を削ぐ事に腐心し、親鸞の系統は内乱を潜在的に有す奇妙な教団として江戸時代を閲します。
さて、興正寺派27世本寂上人(1808-77)と言う方がいますが、彼は従一位関白太政大臣鷹司政通の二男で、三歳で興正寺に入り、十一歳で門主となったある意味で政治的な陰謀の被害者です。
そして、この本寂上人は勤皇の志がとても強い方で、戊辰戦争の際に官軍へ興正寺の僧を参加させたり、幕府に近い東本願寺が鳥羽伏見の戦いに賊軍として参加しようとしたのを制止するなど活躍しました。
ところが明治政府は廃仏毀釈の本拠地・中枢センターとして芝の増上寺に大教院を置き、この国学者や神道家が牛耳る組織には何と本寂上人は積極的に参加しました。
まあ、元々阿弥陀様の信者以外は死ね!自派以外は駄目だ!と時に主張する浄土真宗が他派を抹殺出来る団体への参加を採択するのはある意味でありえる流れです。(勿論自派に多大な損をもたらしますが、こと戦い・争いでは自派の損害が許容範囲ならば幾らでも非情な手段は採択されますし・・・)
しかも、芝の増上寺の大教院では、門前に大鳥居がたち、本堂にはしめ縄が張られ、浄土真宗管長の大谷光尊が法衣のまま拍手を打つ(出典:京都発見9/梅原猛/新潮社)という有り様で、真宗からの異論が続出しましたが・・・。
しかし、大教院は、大教院からの離脱を目論む浄土真宗への批判決議を作成し、この作成者の一人に本寂上人の子の本常上人が名を連ねている始末。
そして、これをきっかけに、本寂上人は西本願寺からの興正寺派の分離独立を断行したようですね。
つまり、全国に仏教の大法難を呼んだ組織の政策・案件にあろう事か仏教徒、しかも門主・大教団の大幹部クラスが参加し推し進めたと言うことですな・・・。
どんな優れた信仰者・宗教家からスタートした宗教といえども、組織宗教となり、世代交代をするからには、それが日本最大級と呼ばれるほどの教勢ともなれば、必ず最高権力者からの干渉を受け、変質するモノですが・・・。これはどうなんでしょうか・・・?
さて、今や戦後の無信仰社会による病んだ精神の時代に日本は到達していますが、その主因の一つが廃仏毀釈⇒国家神道、そしてその反動たる無信仰・無神論である事は間違いないモノです。
そして、廃仏毀釈から国家神道へ、そして戦後の無信仰誘導・流れをきちんと再評価しないと、ヤバイ気がします。
そして、その原因になった・関わった浄土真宗に対しての評価も・・・。主に他派とはいえ僧侶集団を間接的とは言え、破壊・乱したという大逆をした罪を・・・。
さて、明治初期に来日したラフカディオ・ハーン(今でも日本人にそれなりに人気のある方ですね・・・(^^)/)などの外国人は、一様に当時の日本人の敬神的かつ礼儀正しい姿勢・習慣に驚いたようですが・・・でも、逆に、今の日本人は神も仏もなくドライ&クール、そして何よりも無知&無作法になり過ぎた事で、逆に馬鹿にされたりしてます。
これは、明治初期の廃仏毀釈、戦前の国家神道、戦後の無神論社会・無信仰社会の到来の当然の結果ですね、上位者に対する敬意・畏れが無いのですから、作法や敬神なぞするはずがありませんよね。
さて、呪術・祈祷・宗教というのは、まず始めは自分でない他者である所の神仏などの存在を崇拝させ、敬意を持たすようする所から入り、次に自身で神仏を見たり聞いたりする段階になっていきます。そして、最後の段階に近くなると、お仕着せの神仏を捨て、オリジナルの思想・境涯に達します(時にそれは無人格の神格への信仰や、無神論的な世界観になったりします)。
これは社会学的に当てはめれば、伝統の軽視を特徴とする無神論・無信仰社会の段階に似ています。
さて、無神論といえば、宗教を阿片と位置付けて否定する共産主義社会や社会主義が有名ですが、かつてのソ連や今の中国が政治体制としてはそうですよね(^^)/。
そして特に中国は、歴史上ずっとあった寺も道観も、例の共産主義革命と文化大革命の中で、どの宗派・教団も実質的な命脈を絶たれ、壊しまくりで、未だに復活していません・・・・。
思いますに、もう組織教団・伝統宗教の集団の力で日本人を伝統宗派は、かつてのように民衆を衆生を救済・助力するのは無理な気がします。
皇悠が知る範囲でも実質的に破産・倒産レベルに達している・した寺院/神社/支部はゴロゴロあります。
これも明治初期の廃仏毀釈に、戦後の混乱、高度成長に浮かれ再構築を怠り、檀家/氏子への教育・教化を忘れた各組織・寺社のツケですが・・・。
一部の個々の寺院・神社は何とか自助努力と神仏の加護で再生・復興はしても集団としては伝統宗教は衰微、破綻していくでしょうね・・・。
蝉丸Pが取材に吐露したように・・・。
だからこそ、完全に滅び去り・失伝する前に残そうと当ブログで皇悠は記述していたりしています。
問題の無い範囲で・・・。
では、今回は此処までです。閲覧頂いている方には全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。皇悠より
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