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どうも、皇悠です。さて、今回は前回は師弟関係を記述したので今回は組織について記述します。日本史の語られざる面のお勉強です。
さて、この話の舞台、当時の日本の戦国時代にイエズス会というカトリック(キリスト教の俗にいう旧教派)のエリート集団は日本人と奴隷貿易をしていました。
事実、当時のローマ法王庁の地図には、日本人が奴隷を輸出したので有名な有明海の三角湾のところにseaside of silver(白銀海岸)と書いたそうです。当時の日本の有力輸出品は日本人自身だったのですね。
ちなみに、アフリカ大陸のコートジボアールは、黒人奴隷と象牙の輸出で黄金海岸と言われていました。
さて、その経緯はというと、当時イエズス会のインド管区長といういわば東洋全体の責任者であった重鎮フランシスコ・ザビエル来航からまもなく、日本は鉄砲の模造は出来ましたが、火薬の原料となる硝石が日本はぜんぜん産出しないことから、利率が大変いい為に硝石の輸入が貿易の窓口として九州の戦国大名の主要産業となりました。
なんといっても、信長以来、鉄砲なくして戦えないのですから儲かります。
そして、九州のキリシタン大名として有名な有馬、大村、高山などは、それしか日本が硝石の代わりになるモノが無い為に、競って領内の民・歯向かう敵を硝石の代価として、事実上の奴隷として捕まえては売り払いました。
ちなみに輸出された日本人は総数五~六十万とも言われ、この証拠としてラリンケ判事の魔女裁判裁定書に「東洋へ硝石さえ持っていけば、女は幾らでもくれる」などの記述があります。
また、朝鮮出兵の従軍記録に、キリシタン大名を頭に九州の豪族達が火薬欲しいさに女を南蛮船に運び、獣のごとく縛って船内に押し込むゆえに、女たちが泣き叫び、わめくさま地獄の如し・・とあります。更に、秀吉が天正十五年人身売買禁止令を出しているのが、このような人身売買が普通にあったことを逆に証明していますね。
加えて、これらの貿易で大儲けしたイエズス会は金貸し業なども行い、債権などを通して合法的に主に九州などの土地の入手をしましたが、この事が後に東南アジアの植民地化政策と同じ行為とみなされ、秀吉の怒りをかい、遂には蜜月の終わり、追放に繋がる遠因の一つとされています。
さて、女性が奴隷として高く評価されたのは、単純に性的目的だけでなく欧州では中世の間に、何度も異端審問・魔女狩りで百万単位で女性を火炙り、処刑した事実により女性が慢性的不足だった事実があります。
さて、そういう現状を知らなかった奥州(今の東北)は伊達藩のボンボン集団の天正少年使節が、ローマからの帰途、奴隷市場で売られている裸で数珠つなぎになっている日本人少女達の嘆く様を見かけて、恐慌を来たしたという話もあります。無知と運命は怖いですね・・・。
さて、このような裏事情がある為、当時の神仏の罰の権威が強い中でも、単純に硝石欲しさと日本の宗教よりカトリックの方が御利益がありそうな感じで(当時の日本人宗教家で世界を回れるような力・加護のある人などゼロでしたし・・・)、多くの大名はカトリック入信もすれば、日本人の監禁輸出、顧客サービスとしてキリスト教以外の他宗教の排斥・焼き討ちなどをやってしまいした、キリシタン大名の内実・真相は所詮はこんなものでした。
ちなみに、有名な大分県彦山の修験寺院三千坊が焼き討ちにあったのもこの頃。
こうしてみると、イエズス会は火薬鉄砲中心の貿易&奴隷商人で、今で言う純粋な聖職者ではない事が判ります。(漫画「花の慶次」、新書「信長と十字架」には本稿の記事内容以外のイエズス会の所業の別の面が出ています・・・。ご参考までに・・・)
さて、彼らはこれを嬉々として自らの使命として当時行いました。今の、友愛とか博愛とか綺麗な天使とかのキリスト教のイメージは本当に近年の産物なんですね。
これは、「主たる神を信じない=キリスト教徒以外の者は地獄に落ちて当然。」という徹底的に排斥する考え方(セム系のアブラハムの宗教特有の思想で、その為・同系のイスラム教社会にも奴隷がいました・・・)が根底にあるので、このように入信した人以外の普通の日本人は非キリスト教徒なので人間扱いしない発想は当然なのです。
さて、このイエズス会はただのカトリック系の商人集団ではなく、れっきとした教皇承認済みのカトリックの有力教団でした。言わば、カトリック系のエリート集団でした。(いまでも、イエズス会はそうですよ・・・)
また、開祖のイグナチオ・ロヨラ作の観想法であるイエズス会特有の修行法・霊操(岩波文庫にあります)は、現在もその精神的効果で高い評価を受けています。(そういえば、心理占星術の鏡氏の師匠筋のSOLの代表格、日本でも高評価のバトラーの弟子にして、旦那がたしか弟子にパワハラ・不倫したD・アッシュクロフト=ノーウィッキ女史も評価していますね。閑話休題)
さて、この霊操の大要はまず自分が罪人であること(キリスト教の大原則です)を強く徹底的に意識することです。
次にイエス・キリストの一生をその誕生から復活、昇天までを聖書にもとずき約四週間に渡ってありありと心の中に観ずる(イメージし見き聞きする)事にあります。
そして、イエス・キリストの一生を一日一日、追体験することで、イエスそのものになりきることが期待されていますね。
そして、最後には自己の全ての邪な愛着を己から除き去るのです。そして、自己の使命・神の御旨(つまり、福音たる神の教えを広げること・・・)などを捜し見い出します。
さて、ここで、この四週間をやれば誰でも簡単に神に出会えるなどと安請け合いを決してしていないのがすばらしいですね。ほとんど自己浄化の為に、懺悔と観想、幻視と祈りの日々を送るのですからね。
そして、この修行生活だといわゆる『労働・奉仕』の時間はほとんどなく、修行者は祈り・瞑想に没入している生活であることが窺い知れますが、ほとんどイエスキリストの当時の愛弟子の一人かイエスキリスト本人として、その生涯を通して「生き死に復活する」という古代からの死と再生の儀式を祈りと瞑想を通して体験します。
このようなまるで、自分で自己(精神)を破壊し再構築する・洗脳するかの如く精神を浄化し鍛え上げるこの修行は実に強力です。期間は短いですが西洋魔術の修行の中で最強の難度を誇るモノの一つ、自らの聖守護天使を求め悪魔を支配するアブラメリンという魔術体系に近い体系ですからね。
さて、この「霊操」で精神的に鍛えられたイエズス会宣教師たちは、当時のアジアの各地へ、中国・インド・チベットに、西洋人跡未踏のアマゾン奥地にも平気で異教徒を改宗させ、布教しまくりました。そう言わば当時の地上最強のカトリックの伝道師(セールスマンor洗脳師)集団でした。(今でも一部はそうです、彼らの積み重ねてきたディベート/教理問答力はすごいですからね・・・。)
さて、これほどに鍛えられました彼らが、未開地の布教に次々と成功を重ねて行ったのもある意味で、有利な時代背景が有るとはいえ当然のことです。
このような事実から判断しますと、秀吉・家康の問答無用のキリスト教排斥政策なしには、日本はキリスト教圏になりながらも、東南アジアのような西欧の植民地的存在になっていたでしょう・・・。そして、東南アジアの国では一度従属国になった国が独立しても、元宗主国に並ぶことはない歴史が多いので、そういう意味で日本は幸運でしたね。
さて、今回はあまり語られないイエズス会という集団を題材に、霊的エリート集団の行いなどについて書いてみました。
ちなみに、このような霊的エリートで暴力的戦闘集団は歴史上たくさんあります。
例えば、「何も真実ではない、すべては許されている」とは、よく引き合いに出される混沌魔術・ケイオスマジックのモットーですが、これの元ネタは中世ペルシアのアサシン教団の教主ハッサン・イ・サッバーの言葉とされ、またこの言葉はフリードリヒ・ニーチェの『道徳の系譜』第3論文で引用されたことでも有名です。
さて、このアサシン教団はイスラム教シーア派の分派のイスマーイール派の更に分派という宗派の現人神(教主は救世主またはその代理人という)信仰教団で、イスラム教学と祈祷、そして暗殺技術を学んだ戦闘集団でした。そして、自派を弾圧敵対した組織、権力者などに対して暗殺というゲリラ戦をしました。
(ちなみに、このハッサン・イ・サッバーはPCゲーム(ギャルゲー)の大ヒット作『Fate/stay night』に骸骨をつけた怪人で出てきます。アニメ・漫画などになったのでご存知かもしれませんが・・・。閑話休題)
さて、今回も長々と書きましたが此処までです。お楽しみになり、お役に立てば幸いです・・・。
それでは、貴方に全ての良き事が雪崩のごとく起きますように・・・。
皇悠拝。
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