(金毘羅様の)日本の信仰について・・。
御覧頂きまして、有難うございます。
妖術師?雑学屋?魔術師?の皇悠です(^-^)/。
さて、今回は金毘羅様の信仰などについて、つらつら記述しますね。
えっとですね、当ブログの管理人皇悠は東京の水道橋の金毘羅様を通した金毘羅信仰者です。
もっとも過去はどうあれ現在のこちらの祭神様は大物主神様と倉稲魂神様なので厳密には金毘羅&稲荷信仰の神社となります。
だから、当ブログの内容も基本的にはそういう形式・信仰を重視したモノになっております。
つまり、現代のオーソドックスな金毘羅信仰とは違うマイナー派閥・一派の立ち位置で記述してます。
これは、具体的に言えば、個人的には好きな方ですが、崇徳院(白峯大神)様への信仰は特に在りません・・、何故なら崇敬する水道橋では神社に祀って無い方(由来書並びに出仕された宮司様などで確認済み)はやはり意識・信仰から除外されてます
また、頂いた金刀比羅本教の信徒用勤行集たる神拝詞集にも記述が無いので、省いてます・・・。
どうも、一部で金毘羅様への信仰は大物主(旧金毘羅神将)様と崇徳院様だけへの信仰と考える短慮な方々が、居られるようで・・・、今回改めて記述しました。
まあ、歴史的な観点を知らない方はどこにでもいるものですが・・(≧▽≦)ゞ。
さて、日本に於ける金毘羅信仰の本山たる讃岐の金刀比羅宮を始め日本の殆どの本家たる本山・大社などは複数の本尊・祭神を幾つも加えては削り、代わった先に今の形になっております。
更にその上、その分社・末寺・支店たる多くの寺院・神社も各々が創立・開設以来の独自の歴史を歩んでいます。
そうした流れ・歴史を理解してないと、実はこの国の信仰は理解出来ず、意味が無いのです。
また、ぶっちゃけますと、日本の神仏は各時代の亡国の仏教や呪禁道に陰陽道などを飲み込んで進化・変異・成長して来ました(近年では、モダニズムや人権思想を取り込み始めていますが・・)。
勿論、現代の形が最終形ではなく、また新たな変容を遂げていくでしょう・・。
そう、大日本帝国が滅び国家神道下の弾圧・抑制が消え、法的政治的な自由を得ながら何故か神仏習合への回帰を、祭神/本尊の取り戻しや戒律に儀式の復興を多くの寺院・神社がやらなかったように・・。
色々、変わり行くでしょう・・。
では、閲覧頂きます方には全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。
皇悠より。
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