« 質問の傾向 | トップページ | 久し振りの稲荷社・祓い »

2009年7月 5日 (日)

本来は怖い真言・呪文

御覧頂きまして、有難うございます。

どうも、マイナー街道沿いをひた走る妖術師の皇悠です。

さて、当ブログでは何度となく真言だのを紹介してきましたが、正直な所で験や効能はありましたでしょうか?
確信してますが、7・8割以上の方々には時間の無駄使いに終わった事と把握しております。

さて、代表的な所で真言、それらにまず付いております語句のオン、ソワカ、ノウマク、南無などの言葉は現代の日本語訳には「めでたし、成就、感謝、ああ」等の意訳がされてますが内実はかなりヤバいモノだったりします。
基本的な意味は、「帰依/帰命します」となるんですけど、(違いますか?)この意味合いはどういった内実・内容があるのでしょうか?

一番、現代の日本人に合わない概念で記述しますと
「貴方の奴隷/臣下に成りますから、保護者になって下さい!宜しく御願いします!m(u_u)m」でしょうか・・・(^_^;)。

えっとですね。説明しますと、傍証ですが仏教系古書等で僧侶の定義を見ますれば、たまに三界の大導師とか、仏弟子とか、仏の冥護とかよく記述されてますが、それを当時の文脈で見ますと、かなり酷い立場で記述されています。

つまりは、当時は気に入らない弟子・被保護者は師・保護者に殺されてもオーケーと云う価値観が当たり前にあった訳ですよ。これは余りに当たり前過ぎて誰も気にしていないのですが、明治時代までは日本の社会は身分・階級社会でしたよね?!

じゃあ、当時の語句は身分社会的価値観で記述されているなら、その当時の価値観で把握すべき事でよね!!

語義的にも帰命・帰依とはその人の命がある神仏の下にある(帰する、依ってる)事を意味してます。
率直に多くの真言の意味は「○○に人生売るから助けくれ!」です。

でも、今では其処まで覚悟している人はまずいないですから、神仏は察して験を与えない訳っスね('-^*)/。

さて今回、書いちまった感がありますが、これで何故にして、真言は連唱がメインの行になるか、複数の信仰がダメか等が御理解頂けるかとも思います。

では、全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

皇悠より

|

« 質問の傾向 | トップページ | 久し振りの稲荷社・祓い »

理論・哲学など」カテゴリの記事

コメント

土曜日戸隠にすいすい日帰りで行けましたnote雑誌に載ってるよ~ってメールをもらった友人と駅でばったり会い、これは偶然が続いてるな~と行きは新幹線で長野駅に昼に着き、バスで一時間、門を境に空気が変わる話しを聞いてドキドキして奥宮から散策しました。納得ですnote感謝だけ捧げて来ました奥宮左の社の神気はさすがです。ここ二年気になり調べていただけの場所にあっさり行け感動ですnote爽やかな緑と中社近くの水車のある蕎麦屋でひと息つき、お土産のお蕎麦で余韻を楽しんでますhappy01

投稿: やまざき | 2009年7月 5日 (日) 19時54分

曽祖父より教えられた事、神仏に対して出来ぬ約束はするな。
人の願いを神仏は真剣に聞き届ける、眷属が働いて下さる場合は、特に気を付けて願い祈祷をする事、人としての分をわきまえる事。

私は、上記の教えを守っていますが、回りを観ると、何処まで真剣なのか疑問に感じることもあります。
なので、神仏に祈るときは魂をあずけます。
そんな祈り方をすると、逆に神仏が受け取って下さらない事も多々あります。
真剣勝負です。(`・ω・´)

投稿: 十一面観音信仰者 | 2009年7月 6日 (月) 06時57分

どうも、皇悠です。
やまざき様、閲覧&久しぶりのコメント有難うございます。
戸隠に行かれたとの事、よかったですね!
あの辺りは面白い独特の信仰があり、東夷としては興味深い所です。

では、やまざき様のご多幸をお祈りしつつ失礼いたします。

投稿: 皇悠 | 2009年7月 6日 (月) 15時37分

どうも、皇悠です。
十一面観音信仰者様、いつも閲覧&コメント有難うございます。

やはり、と言いますか同じように拝み屋稼業をされている方は(皇悠は前ですが・・、)同じように言うのだと改めて感銘しました。

初めの師以来、拝み屋を何人か知っておりますが、皆様神仏・存在にはそれぞれのやり方ですが細心の注意を持っていました・・、だからこそ験があるわけですよね('-^*)/!

この事は現代の余りに様々な意味でライトな風潮を敢えて楽しく馬鹿に・嘲笑いながら、発信して行くつもりです。

では、十一面観音信仰者様のご多幸をお祈りしつつ失礼いたします。

投稿: 皇悠 | 2009年7月 6日 (月) 20時40分

皇悠 様

南莫も南無もnamasの音写で「帰依する・帰命する」と漢訳されますが、じゃあ「帰依・帰命」って何?という話を、かなりドギツク・わかりやすくお話してくださりましたね。私はもう少し丸く、「私の全てをおまかせします」と説明しています。
明治以降の民主憲法で、万民平等が当たり前となっておりますが、身分社会・徒弟社会は過去は常識でしたね。(時代遅れな残滓が僧侶の世界には一部残っておりますが…)
ちなみに、オンはオームで宇宙の根本原理たるブラフマンの聖音(ずーっと宇宙の奥で鳴っている音)、ソワカはスヴァーハで「ぶわんざーい!!」みたいな感極まった喜びや感謝の叫び(アイドルのコンサートの「〇〇ー!!きゃーきゃー!!」声みたいなもの…?)と理解しております。
自我の確立と自己の放棄と、真逆ですがバランスを取りつつ行きたいものです。

合掌。

投稿: 宝尽くし | 2009年7月 7日 (火) 12時27分

どうも、皇悠です。
宝尽くし様、毎回の閲覧&コメント有難うございます。

さて、今回は補足説明を有難うございます。

そして、改めて今回の記事に幾つか欠損が在るのに気づきましたので、次回作はその補足説明します!お楽しみに!

では、宝尽くし様のご多幸をお祈りしつつ失礼いたします。

投稿: 皇悠 | 2009年7月 7日 (火) 17時11分

遅ればせながら・・・。

実にわかり易い説明をありがとうございますm(_ _)m

とある師匠筋の方から、
「(神仏には)ダイブしていくしかないんだよ!受け止めてもらえるまで全身全霊で体当たりするしかな!」
と、言われたのを思い出します。

その後に、
「まっ、そう簡単には受け止めて貰えねぇから、痛い思いするけどな・・・( ̄ー ̄)ニヤリ」と続くのですが。

また、
「舅に仕える気持ちで付き合えばいいんだいよ」とも。
(最近では分り難い例えではありますが・・・)

投稿: 新発意 | 2009年7月 7日 (火) 19時11分

どうも、皇悠です。
新発意様、いつも、閲覧&コメント有難うございます。

またまた、含蓄のある御言葉有難うございます。(≧▽≦)ゞ
本当に神仏(意識)との交流は得難く難しいモノです。

実際は誰しも感じる次第ですが拝み倒し、祈り倒すだけ何ですよね・・・(^_^;)。


では、新発意様のご多幸をお祈りしつつ失礼いたします。

投稿: 皇悠 | 2009年7月 7日 (火) 21時47分

こんばんは、ソワカと言う言葉も元々女神の名前で内容がうろ覚えですみませんが、確か悲劇的なことが起こって、そのことを憐れんだ神々が祈りの最後に女神の名前を唱えれば、祈りが神々に届くようにしたのがソワカの由来と言うのを読んだことが、有ります

投稿: 瑜伽 | 2009年7月 7日 (火) 23時48分

どうも、皇悠です。
ヨガ/ユガ様、閲覧&コメント有難うございます。

それはソワカではなくスヴァハの事ですね。護摩の元のホーマ祭儀の主たるアグニ神の妻の名前ですね(^-^)/。

よく御存知ですね。ビックリしました。
では、ヨガ/ユガ様のご多幸をお祈りしつつ失礼いたします。

投稿: 皇悠 | 2009年7月 8日 (水) 00時42分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/464895/30394914

この記事へのトラックバック一覧です: 本来は怖い真言・呪文 :

« 質問の傾向 | トップページ | 久し振りの稲荷社・祓い »