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2008年11月の記事

2008年11月30日 (日)

天地清浄祓

御覧頂きまして、ありがとうございます。

どうも、皇悠です。

さて、今回は天地清浄祓(てんちしょうじょうのはらい)の紹介です。

では、本文にいきます。

『 天清浄(てんしょうじょう)地清浄(ちしょうじょう)内外清浄(ないげしょうじょう)六根清浄(ろっこんしょうじょう)と祓(はら)い給(たま)う。

天清浄(てんしょうじょう)とは天(てん)の七曜(しちよう)九曜(くよう)二十八宿(にじゅうはっしゅく)を清(きよ)め、地清浄(ちしょうじょう)とは地(ち)の神(かみ)三十六神(さんじゅうろくしん)を清(きよ)め、内外(ないげ)清浄(しょうじょう)とは家内(かない)三宝(さんぽう)大荒神(だいこうじん)を清(きよ)め、

六根(ろっこん)清浄(しょうじょう)とは其身(そのみ)其体(そのたい)の穢(けがれ)を祓(はら)い給(たま)い清(きよ)め給(たま)う事(こと)の由(よし)を、八百万(やおろず)の神等(かみたち)諸共(もろとも)に、小男鹿(さおしか)の八(やつ)の御耳(おんみみ)を振立(ふりた)てて聞(きこ)し食(め)せと申(もう)す。』

さて、今回はここまでです。参考になれば幸いです。

では、貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・。

皇悠より・・・。

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守符神札遷霊祈念祝詞

御覧頂きまして、ありがとうございます。

どうも、お久しぶりですね、皇悠です。

さて、今回に紹介するのは『守符神札遷霊祈念祝詞』と言う、神札を製作するための祝詞です。

『 掛(か)け巻(ま)くも畏(かしこ)き『○○大神』の大前(おおまえ)に御饌(みけ)・御酒(みき)・種々(くさぐさ)の物(もの)を捧(ささ)げ奉(まつ)りて、『自分の名前』恐(かしこ)み恐(かしこ)み白(もう)さく。

忌回(ゆまわ)り清回(きよま)りて造(つく)り仕(つか)え奉(まつ)れる此(こ)の『御札(みふだ)』に、大御神(おおみかみ)の御名記(みなしる)し奉(まつ)る事(こと)を大御心(おおみこころ)も明(あき)らかに聞食(きこしめ)し相諾(あいうなづ)いて、惟神(かむながら)厳(いつ)の御霊(みたま)を配(くま)り給(たま)い依(よ)り給いて、持斎(もちいつ)く誠人等(まめひとら)を真幸(まさき)く守(まも)り給(たま)い、其(そ)の神験(みしるし)有(あ)らしめ給(たま)えと、神祝(かむほ)ぎ豊祝(とよほ)ぎ奉(まつ)る事(こと)を、楫音(かじおと)のつばらに聞食(きこしめ)して、夜護(よのまも)り日護(ひのまも)りに護(まも)り給(たま)い幸給(さちたま)えと、畏(かしこ)み畏(かしこ)みも、称辞竟(たたえごとお)え奉(まつ)らくと白(もう)す。』

祝詞の文面からも判るように、『神名や神社名、また神を象徴する物を紙、木、金属片などに記したもの』に神を宿らせる、あるいは、その力を込めるモノですね。

文中の『○○大神』には自分が祀っている神様や力を借りに来た神社の神様の名前、あるいは『◎◎神社』と神社の名前を入れてください。

また『御札』のところには『御守』やパワーストーンなら『霊石』や『磐坐』といったように、目的にそった単語を入れてください。

神札の製作などは正式な神職などに頼むのが本来ですが、その上で、自分が所有しているパワーストーンなどに神様の力を宿らせたい、という目的がある時にでも利用すると良いかな…とも思いますが・・・。

ただ、これだけで上手くチャージ・充電出来る人はあまりいません。ですので私はこれに幾つかの秘密の観想法や呪文などを併用して使います。まあ、こういう祝詞もあると言う事で今回、紹介してみました・・・。

さて、今回はここまでです。参考になれば幸いです。

では、貴方に全ての良き事が雪崩の如く 起きますように・・・。

皇悠より・・・。

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易について

御覧、頂きましてありがとうございます。

どうも、皇悠です。さて、今回は易についてです。

さて、易は何故かあまり語られない怖い一面があります。

それは、まず初めに言いますが、「天網恢々疎にして漏らさず」という言葉が確かに昔からありますが、ただ、易経の観点から観れば・言えば、どのような状況にあっても逃げ道が用意されていると言うモノです。

これは易が因果・正邪などを問わない占断方法だからですね。実は易は尋ねられた質問には平等に答えを出します占術です。

その為、例えば貴方が犯罪者としても、嘘の答えしか言わない・告げないと言う事ではありません。具体的には「犯罪者がどうしたら逃げ切れる事が出来るか?」と尋ねて占えば、易は「逃げ道・対処法を教え・告げます」。また、「バレずに見つからずに、如何にして人を殺せるか?」と問えば、間違いなくそれに対して答えます。これが易の特性です。

その為、「法を守り従う軍人がそれを破り強盗になれば、一儲け出来る」という言葉があるように、(これは漢民族思想の最たる言葉ですが)「邪は正に勝たず」と言う言葉が易には存在しますが、それも一つの卦爻辞・答えに過ぎないので問いや条件を増やし変えると易の答えは変化します。

もし、「どうやって逃げたらいいですか?」と尋ねて、この手の卦爻・答えを得たら、「裏口から逃げず正面口から堂々と逃げれば、逃げられる」と判断し読むのです。

これは易にもし固定した善悪観があるのなら、易(変化)という名前はついていないはずだったように、易は元来は老壮思想を基礎に構築・創作され、老荘思想自体の大前提が、善悪は時代と共に変わり、根源的には同じ・等価という基礎理念な為にこのような占術が出来ました。

さて、今回はここまでです。お役に立てば幸いです。

では、貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

皇悠より・・・。

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呪いの処理の仕方

御覧頂きまして、ありがとうございます。

どうも、皇悠です。

さて、今回は呪いの処理の仕方です。

さて、呪いというのは何故か日本では「引き絞られた弓矢のようなモノで、放つしかなく、途中で止めることが出来ない」とも言われていますね。しかし、一度矢が放たれれば、相手もまた矢を射返してくるという神道系では『返し矢』という考え方もありまして、『相手が射って来た矢を射返すと、必ず相手に当たる』ともされています。

そうなると終には憎しみが続く限り矢の応酬は続く訳で、ドンドン被害は拡大、憎しみも増していき、更に呪いの力自体が相手に返すと倍の威力を持ち、それを返されるとさらに倍の威力で戻ってくという風に、反復されることにより、その呪力が増幅されるとされています。

こうなると、どちらかが一歩引いて攻撃を止めるしかない訳ですが・・・。まぁ、こちらが止めたからっていって、相手が止めるとは限らないのは、現実世界でも同じな訳でそうならないために、やり取りされている『呪い』をどこか別のところに遣ってしまうのが一番良いとされます。

神道で言うところの、あらゆる穢れを祓い捨てる大祓詞にも出てきます『根の国・底の国』が、いざなぎ流では日本とインドの間に、そういった呪いを集めて捨てる『呪詛(すそ)の社』があるとされています。密教系ですと、仏様の広大無辺の慈悲の中に呪いという憎しみの心を捨てて浄化すると言う考え方もあります。

割と有名なのが、全てのモノには仏性があり、呪いのこもった『悪い気』や悪鬼魍魎にも仏の心があるとしたうえで、『仏母』…仏の母であるとされる文殊菩薩に、それを『返し遣る』という作法・理屈です。

ちなみにその時に唱える、呪歌は以下の通り。
 
『文殊(もんじゅ)をば三世諸佛(さんぜしょぶつ)の母(はは)と聞(き)く、悪気邪霊(あっきじゃれい)よ返(かえ)れ文殊(もんじゅ)に』

また、似た教理が私の好きな魔界句の魔物も仏も同じモノという平等観で浄化するモノなんかもありますね。

この辺は、本当に色々ありまして面白く宗派により色々ですね・・・。さて、今回はここまでです。楽しんで頂けたら幸いです。

では、貴方に全ての良き事が雪崩の如く 起きますように・・・。

皇悠拝礼。

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2008年11月29日 (土)

七つの大罪

御覧頂きましてありがとうございます。

どうも、皇悠です。

さて、今回は雑談ですがキリスト教には『七つの大罪』という言葉がありますが、事実上は大罪というより、大罪を『生み出す』人間の七つの欲という感じのモノですね。

しかし、この七つの大罪は何故か『罪』の概念として分かり易いので、少年向けの小説や漫画から映画(メイドインハリウッドのモノにすら・・・)にいたるまで多くの娯楽によく用いられますが、旧・新・正のどのキリスト教会でも何故か今では重要視されていないようです。ちなみに紹介しますと伝統的にはこのような対応・組み合わせになります。

 傲慢:司る悪魔はルシファーまたはベリアル。
 嫉妬:司る悪魔はレヴィアタン(リヴァイアサン)。
 憤怒:司る悪魔はサタン。
 怠惰:司る悪魔はベルフェゴールまたはアスタロス。
 強欲:司る悪魔はマンモン(マモン) 
 暴食:司る悪魔はベルゼブブ。
 色欲:司る悪魔はアスモデウス。

元来は四世紀に考えられた暴食、色欲、強欲、憂鬱、憤怒、怠惰、虚飾、傲慢の『八つの大罪』が、6世紀後半、グレゴリウス1世により改定されたとされています。また、この時に『虚飾』は『傲慢』に含まれるとし、『憂鬱』と『怠惰』とが同じモノとされ、『嫉妬』が追加されました。これはおそらく、聖書の『黙示録の龍』の七つの首に対応させる為に、数を調節したモノとされています。

また、罪とそれを司る悪魔との関係は、十五世紀末期の《自称》悪魔学者ペーター・ビンスフィトの著書に書かれたモノですが、この方の著書はあまり重要視されていないようですね。それでも、設定がもっともらしいので低級というか変な魔道書(?)に多く採用され、それが定着したとも・・・。

ここら辺の事は不勉強な人間が手当たり次第に集めた三流の次第書・伝聞記事を切り張りして作った本や古書が、何故か後世に霊学や神仙道の奥義書みたいな感じで定着しているのに似ています。

それで、どれほどの人が誤解し、金銭と時間を無駄にしたことか・・・。さて、今回はここまでです。参考になれば、幸いです。

では、貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

皇悠拝・・。

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深砂大王様or深砂大将様について その2

御覧頂きまして、ありがとうございます。

どうも、皇悠です。

さて、今回は前回書き忘れました、深砂大王様の補足です。

まず、この方には基本的には由来の場所が砂漠・荒地ながらも竜神・水神の一種と考えられいます。

なお、この方には三人の眷属が存在してましてこの眷属(変化神とも言われますが・・・)を得た暁には、水害・火害・兵害の三害と飲食・睡眠・淫欲の三欲を浄化・滅し、更に意のままに天部・夜叉・鬼神の類を使役し成仏させれると伝えられています。

また、仏門では珍しくその由来から求法者・旅人の守護神であり、般若経及び法華経の守護神です。

更に、鬼神・竜神の類ながら信仰する者の煩悩を絶ち悟境に導き、悪業や濯ぎ、あらゆる魔事・外道・凶事・悪人を滅ぼし除くとされています。

なかなか、頼もしい尊格ですよね。

さて、今回はここまでです。参考になれば幸いです。

では、貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・。

皇悠より・・・。

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樒について

御覧頂きまして、ありがとうございます。

どうも、皇悠です。

さて、今回は樒についてです。

よくニューエイジ系のパワーストーンの浄化に、薬草のセージに火をつけて、その煙りにくぐらす…というのが一般的ですが、これはネイティヴ・アメリカン流です。日本では、御香の煙に御札や数珠をくぐらして浄化するという作法が仏教には昔からあり、この二つが混ざり合った形で定着しつつあるようですね。

そして、外国の『セージ』に相応するモノといえば『樒(しきみ)』があげられます。

樒は木欄科の常緑樹で、葉や茎を折ると良い香りがします。また、この香りは心身を清め、ケガレを浄化するとも言われていまして、線香の材料にもされています。更にこの香りは、人に禍をなす動物の侵入を阻むともいわれていて、転じて、魔を退ける霊木ともされています。

ただ、けっこう強い毒を有していまして、樒の枝の束を池に漬けて置いたら、一晩で池の鯉が全滅したというエピソードを聞いた事があります。
 
ちなみに仏前草という別名があるように、仏教では神棚にあげる榊のように、仏様にお供えしたりします。また、樒の葉は、形が蓮の花弁に似ているとされ、密教では蓮華のかわりに仏前にお供えしたりします。

ちなみに、これを乾燥させて、セージと同じようにして使う場合ですが。セージに比べて、葉が肉厚の為に、本当によ~く乾燥させないと燃えづらいですね。香炭とかを使うと良いかもしれませんが・・・。また、燃やすと、くどくない香りがします。

この樒は榊と同様に、御花屋さんでも販売されていますので、自分が信仰している神仏にお供えした後に、乾燥させて使うと言うのも良いかもしれませんね。

また、仏様を拝むのに使った樒を押して、紙に包んで御守りにする行者さんも一部で居られます。

さて、今回はここまでです。参考になれば幸いです。

では、貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・。

皇悠より・・・。

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口伝・秘伝とネット

御覧頂きまして、ありがとうございます。

どうも、皇悠です。

さて、今回は雑談ですよ。

『伝統のある』と言うのは変ですが、呪術色の濃い宗教の密教・修験・神道(古神道・神仙道)・陰陽道などの話をネット上のチャットや掲示板で見ていますと、必ずと言っていいほど『君たちは口伝・秘伝を知らない』と言い出す人がやって来まして、こういう人が参加してくると、もう話が進まなくなってしまいます事がよくあります。

本当に何か話せば片っ端から『君は口伝・秘伝を知らないからそういう見当違いな事を言う』と否定しまくりまして、「本当に実践しているならコレを知っているはずだ」とか「このキーワードで自分が何を言っているのか判るはずだ」などと言い放ち、いざ口伝・秘伝の内容を問われれば『ここで公表する事は出来ない』と逃げます。

それならば最初から口伝・秘伝を持ち出す必要もないですし、往々にして素人でも理解出来る表向きの理由を言うこともせずに逃げる方もいます。

しかも、性質が悪いのは自分の筋(学び修めた宗派/体系に師、基盤となる思想/学んだ文献・経典など)を公表しない方が多く、偏見交じりの独学者や偏った半可通なのか、それともちゃんとそれなりの師なり宗派で修行している方か素人では判断しにくい場合が多いんですよね。

まあ、私みたいに自分の師や経歴、学んだモノを断片的とはいえ公表している方は少ないですが・・・、ただ、現在の日本の宗教・オカルトの分野で、どこの誰の教えを学び、何を根本文献・経典としているか公表していない団体・組織はありえませんから、少しくらいは自分の立場や論拠、基盤を告知しても良いと思いますが、それすらしない方もいます。この辺は、どうなんでしょうね・・・。

でも、私も肝心要の事は全然晒していませんから、同じかもしれませんが・・・?事実、メガや所属していた団体での儀式・訓練、今ではほとんどいない異端系法華神道家の師の直伝技などは完全に書いていませんからね・・・。

このブログの内容も調べれば、ネット上や流通している文献、記事のことしか書いていませんし・・・。

さて、元来、口伝・秘伝などには、『正統の教えの肝要だから、迂濶には公表出来ない』というモノと、『正統じゃないから、公表出来ない』の二種類あります。

前者の場合は、ある程度まで会得してなければ理解も適切に使用も出来ない為に授けれないモノなので、公表しないのが当たり前ですし、場合によっては、それが存在している事すら秘さないといけないモノもあります。

そして、後者の場合は、そういう深い口伝・秘伝を得られなかった人が、手持ちの知識をアレンジして勝手にでっち上げたが多く、部分でみれば既存の正統的なモノにもとづいているように見えるけど、全体的にみればツキハギだらけなんですよね。だから、公表出来ない訳ですね。

また、普通の行者・祈祷師が口やかましく自慢する『口伝・秘伝』などは、大体がこのレベルです。私もそれほどしている方ではありせんが、呆れるほどに勉強不足の人が多いので・・・。

他にも、実践しているうちに『ここは、こうした方がいいかも』『こうしてみたら、効果があがった』などの、自己の経験や他の人のアドレスなどでアレンジを加えたモノなども口伝・秘伝になりますが、こういうのは一人一人の癖や質が絡んできますし、何よりも結局『我流』な訳で、それはそれ、これはこれで、分けて考える必要がありますよね。そういう意味で変に混同してはならないので、口伝・秘伝としているモノもあります。

そういう意味では、口伝・秘伝などは、本当にせまい範囲内でしか通用しないモノが多いです。それに、ネット上で会話する方はほとんどが素人・文献マニアが多く口伝を話しても理解出来ない人が多いんで、口伝とか秘伝を出してもまず意味がないんですよね・・・。複雑な専門書の理解や多くの基礎知識の上に口伝・秘伝はあるので本当にマニア・専門家レベルの事なので理解しずらいですし・・・。

また、よく口伝・秘伝を振りかざし、呪術の『即効性』を強調する行者・祈祷師もいるにはいますが、そういう人に限って拝むと疲れるとか、体調が崩れるとこぼしますが、本当に神仏に語りかけ、自然界・物理世界に干渉したり、人の運命に働きかける事は普通は無理な事ですから、それ相応の反動があるのは当たり前ですよね。

そこら辺の対応が『伝統的な』『基本的な技術』には盛り込まれているの訳ですが、そちらにコストを裂いている分『利きが弱い』『無駄がある』と考える人もいますし、その安全性などを犠牲にして『効率』や『効果』や『即時性』を求めた技術が考え出され、それがある種の異端・外道の危険な技術になりますが、それは求められてそうなっている訳ですからある意味で正しい形ですよね。

でも、「それはやはり伝統的・正統なモノではないので、だから、口伝・秘伝として分けて位置付けられ、ある意味で『隔離』されて口伝・秘伝となるわけで、あまり自慢出来ることでないは」という見方もあります。

勿論、口伝・秘伝などは、やはり新たに必要があってそれは生み出された『新しいモノの方法論・捉え方』なので、重要ですが基本・正統・伝統を踏まえた上で意味を持ち存在しているのでそれだけでは、実はあまり意味がないです。

また、色々なレベルの人が、語り合っているところに『口伝・秘伝』を振りかざして乱入したり、正統・伝統を軽んじる行者が口伝・秘伝を振りかざして自己を宣伝するのは、迷惑だし見苦しく場違いとも思います。

画竜点睛の例えではないですが、口伝・秘伝は竜の絵を完成させる要ですが、『目』の絵だけ持ち出して『これが竜だ!』と自慢するのは可笑しいですよね、と言いたい訳です。

さて、今回はここまでです。参考になれば幸いです。

では、貴方に全ての良き事が雪崩の如く 起きますように・・・。

皇悠より・・・。

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深砂大王様or深砂大将様について

御覧頂きまして、ありがとうございます。

どうも、皇悠です。

さて、今回は『深砂大王』とも『深砂大将』とも言われます方についてです。

さて、この方はそれなりに有名な話ですのでご存知の方がおられるかもしれませんが、玄奘三蔵が身命を投げ打って(前世から数えて七回目の)天竺に向かう求法の旅の途上、砂漠の砂嵐に巻き込まれて絶命しかかった時、突如出現されて救出されたのが、この深砂大王様です。

このお話は、大般若経の経典請来/護持の霊験譚として、長く伝承されているモノです。その為に般若経守護の十六善神の筆頭に描かれる護法神は、この深砂大王様ですが、それにはこのような故事来歴がある為です。

また、西遊記の沙悟浄はこの尊がモデルと言われています。

また、三蔵様のそれまでの過去生における計六回の旅では、深砂大王様がその都度、障碍神として現れ、取り殺して妨害しました。それでもなお、仏法の真理を得ようと命を賭ける玄奘三蔵の至誠を、嚝野鬼神/深砂大王は最後に納受されたと言われます。

この深砂大王様は、お腹に嬰児の顔をお持ちですが、この嬰児が、修行する者の因業を洗いざらい語るともいわれます。そして、玄奘三蔵の伝と合わせて考えれば、修行者の懈怠を許さず、ウソをつくことを許さずの誓願を象徴するモノであり、『修行者はこの尊に限らず、どんな時も厳粛な気持ちで拝むことをしなくてはならない』と言う事だと思います。

さて、私の知っている限り真言は、
「ナモラニナ・タラヤヤ・マモアリヤバリョキティ・タニヤタ・ジャエイジャエイ・ジャヤ・バケイニジャユタリ・カラカラ・バラバラ・シャラキダ・サバキャラダニ・メイバチソワカ 」と「オン・アフル・アフル・サラサラ・ソワカ」の二つです。

また、普通にお祈りする時に、『表白』という文章を読みますよね。この表白とは、拝む仏さまの来歴を簡潔に記したモノです。これを読み上げることで、行者自身だけでなく、随喜する参拝信徒一同も、これから一緒になって祈る本尊さまに思いを巡らし、信仰を深める大切な銘記と致します。

さて、室町時代後期、15世紀から16世紀前半にかけて、印融大徳という学僧が、今の横浜市北部から川崎北部一帯を中心にして活動されました。この大徳の手になる『諸尊表白集』は、今ある真言宗派の表白文スタイル(慎み敬って真言教主大日…で始まり、乃至法界平等利益…で了る)の原型を成すモノとされています。この表白集の中に深沙大将の項がありまして、ここではたしか『深沙大将=太仙秦君=閻魔大王』の習合に触れていたと思います。

また、実は『央沓摩羅』(おうくつまら)という別なる呼び名を、この深砂大王様がお持ちで、この央沓摩羅とは、釈尊の弟子たちの中にいたアングリマーラの事です。

さて、原始経典(長老偈・中部経など)に記された殺人鬼/アングリマーラの伝説は以下の通りです。

彼は殺人鬼で瓔珞として、花輪(マーラ)の如く首にかける“殺めた人間の指”(アングリ)を繋いだ首飾りをつけていましたのでアングリマーラと呼ばれていました。ある日、襲撃を企てた釈尊その人から説諭を受け、脳天に一撃を受けたような衝撃を受けて仏弟子となる決心をしたと言う人物です。

『尊い方よ、止まれ!』
『私は止まっている』
『いいや、止まっていないではないか!』
『私は心の動きを静止しているから、乱されることがない。だから止まっていると言っている』

この時、二人は信じられないくらいのスピードで移動した―――、仏伝はそのように記しています。駿足で鳴らすアングリマーラが追いつけないくらいのスピード。釈尊はその強靭な神通力を発揮することで、かねてから伝え聞いていた“殺人鬼の待つ村”に出向き、そして彼に“尊き教え”示したのでした。猛烈な移動スピードで移動する“聖者”。『これがかの仏陀釈尊か…』、『私は止まっている』とは…(!)。

ある日…。仏弟子となったアングリマーラが托鉢した先では、石礫と棒切れ、そして拳骨による歓迎が待っていました。かつて酷い目に遭わされた人から、衣をボロボロに引き裂かれ、殴打された体からは血をダラダラ流して、悄然として精舎に帰ってきて立ちすくむバラモン/アングリマーラ。

その姿を目に留めた釈尊は、『バラモンよ、汝は今、ひたすら耐えねばならぬ。その犯した悪業悪果の為に地獄で受けるであろう責め苦の数々を、今生において一身に受けているのである』『雲間に覆われた月の光が、やがて顔を出して静かに天空を照らすように、善なる道に向かう者の心とは、かくあるべし』と、静かに諭しました。

先に玄奘三蔵を深砂大王は“取り殺した”と記しましたが、その為、深砂大王様は、修行者の生殺与奪すらあずかる尊格として、見做されます。『懈怠/増上慢の修行者には妥協ナシだ』ということでしょうか・・・。

深砂大王とは即ち、釈尊のサンガにて修行を許され、石礫/棒切れ、拳骨で殴打されボロボロになった“元殺人鬼”。改心したものの、まさに血反吐を吐くような凄まじい形相で(自らの宿業に)耐え忍ぶバラモンであり、最後に天空を静かに照らす月光の如き、全く清浄な輝きを得たその人なのですね。


ちなみに、この方の聖地は東京都の深大寺(深沙堂)です。ここはその由来から『恋愛成就』の利益があります。お寺の開創/満功上人の縁起からそのように伝承されており、実際若い女性の間で(密かな)人気があるようですね・・・。他に日光山輪王寺、金剛峯寺や横蔵寺猿賀神社(青森県平川市)などがあります。

さて、この方の本邦への請来は小栗栖/常暁(じょうぎょう)阿闍梨<空海の後、入唐して大元帥法を請来した方>の伝によれば、『深沙大将は毘沙門天の夜の姿である』とあります。さて、毘沙門天様も深沙大王様も、どちらも仏法擁護の神さまでありますが、その意味では、深沙大将として姿をとる場合は、『実類の性格を濃厚に残した仏天』とも言えます。

それ故、この方は“秘仏”だとも思っております。実際、深大寺のご住職/T大僧正のご本を拝見したことがありますが、『一度だけ拝観を許された』と記されていました。『もう目が潰れてもいいから…』と思って、『もう決死の覚悟でした』とあったとも記憶します。
さて、一般に天部には、権類と実類の二つの顔があり、前者は、密壇にて供養礼拝を受ける対象として拝むことになっています。後者は供養致しますが、その場合は、(鬼)神供という作法を通じて、別なる場所で、その滅罪得脱を祈ってあげる事を時にします。そして、その場合、毘沙門天を『権(仏が仮に表した姿の)類(グループ)』とすれば、深沙大将は『実(本来的に有する悪性の煩悩に懊悩する)類(たぐい)』として観ることだって可能でしょう。しかしながら、深沙大将が、般若経の布教に命をかけて挑んだ玄奘三蔵を救出した時点で、実類の穢れは清められて、権類としての地位を得たモノとも見る事も出来ます。さて、『魔性』というものも、密教では『一相平等無差別』と観じ、慈悲の心をもって祈るのですが、一方で天部の行法は世間の悉地を祈ることを主眼とすることから、未錬達の行者が、その密教の修法を修め行う・する事を特に戒めています。それは賞罰の厳格さを思い知る瞬間を、行者自身が願主と共に受けるような瞬間があるという意味です。また、それこそが、『成仏の誓願』を戴する仏(如来)・菩薩・明王グループと天部・垂迹・権現のグループの修法・行との間に、明確に引かれる一線と言えますね。

さりながら、密教はどこまでも性善説を信じ、つまり、仏性とはどんな命にも在るものだから、菩提心として尊ぶのだとも、『魔が善に転ずる』という地点から、さらに強く踏み込む形で、それを引っ張り上げることさえ厭わない祈りの作法が、密教/修験道の中核には、またあります。さらに、聖宝が大峯山中にて役行者の導きにより龍樹から授与されたとする当山派修験道の「恵印法流」では深砂大王を篤く信仰し行者の修めるべき加行の内の一尊として、この尊を以って罪障を浄除して正法に至らしめるとしています。

さて、今回はここまでです。参考になれば幸いです。

では、貴方に全ての良き事が雪崩の如く 起きますように・・・。

皇悠より・・・。

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巡礼について

御覧、頂きましてありがとうございます。

どうも、皇悠です。

さて、今回は聖地の巡礼行や修験道の回峰行などに私は基本的な疑問点がありまして、何故峰々などをめぐって修行の場としなければならなかったのか?という事についての記述です。ある特定の神仏、場所で専修するのでもよい気がしませんか・・・?

ご存知の方も多いと思いますが、有名な修験道の奥駆けなどは峰々を廻り歩く事を第一義的に必要な事にしてますが、史実によれば開祖の役行者は37歳まで待つことなく、肉体の力の横溢した20代から回峯しているのが常識的な手順になるのではないだろうか・・・という気がしますが、事跡を追いますと役行者はそれまでに箕面山、葛木山を主たる修行場としていて、奥駆けなど遠距離への巡礼・回峰行をトライせずにやり始めたのは遅かったようです。しかし、関西の人間の役行者が開いた山は全国にあり、彼は電車も車も飛行機もない時代に何故、あれほど山・聖地を巡礼したのやら・・・?

また、もう少し考慮すべき点がありまして、修験は基本的に名前の通り修行がメインなのですが、大抵の霊的・精神的な修行においてそのステージ/変革がある程度進みますと、修験道に限らずに働いたり托鉢したりして食を入手するという、「日常生活」自体が出来なくなる段階が到来する場合があります。それは、心身の再構成や浄化なども絡むので避けがたいモノのようですが、ただ、この時期はそれ以外は専念出来ない時期と言う事になるのでしょうが・・・、そういう時期には、本当に動くこと自体が難しく山の峯々を縦走しながら、露命をつないでいくことは困難でしょう。最悪の場合は誰か他の人に生活の面倒をみてもらわないとならない時すらありますので・・・。そうした施設があることも条件ですが・・・、そういう意味で実は役行者の20代はそういう時期だったのかも知れませんね・・。

さてまた、ある程度・精妙というのか微細なるモノについての感受性が開くと、この寺社は神気が高いとか、霊的パワーの評価をやる者も出てきます。評論家気取りで・・・、だからといって使い道が無い事が多いのですが・・・。

また、そう言った事に何故か当世は関心が高く多くの記事やブログでは非常に多くのヒーラーと称する人達が、頻繁にそうしたパワー・スポットを訪問しては埒もない感想を述べる中にそういうパワーの評価が入ってます。ただ、往々にして個人の感覚的な感触や簡単な紹介が多く、情報の少なさで私的には不満足な場合も多いですが・・・。

さて、どうもこういう巡礼地=今風に言えばパワー・スポットには種類があり、(空間&)時間によるパワー・スポット、土地の属性的パワー・スポット、そして人間版のパワー・スポットなどと呼べるモノがあります。この内で土地のパワー・スポットというのは、よく修験道や其の他の宗教で聖地・巡礼地とされているところが多いですね。例えば、出羽三山、鳥海山、早池峰山、伊吹山、石鎚山、大峰山系、富士山等々日本全国北から南から、修験の聖地とされている場所です。そうした聖地には人が集まり、巡礼地になるモノです。

さて、この人間版のパワースポットとは、よく歴史書で出てくる覚者とか聖者とか大導師などのことです。彼らは超越的な存在(主とか大日如来など)と出会い、また特殊な修行によりその人としての属性・人格などが変質し、ある主の精妙なるモノや力を帯びる事になる場合があり、その人はいわば「人間版のパワー・スポット・力源」となるようです。そして、この人のパワー・スポットにも往々にしてある種の人が魅かれ集まる場合があります。

(何故か、多くの人(特にある種の同じ性質の人達)を魅了し、好かれる人がいますが、そういう人物は往々にしてこの種の特殊なフェロモン・電波を放出しているとしかいえない訳ですね。本人が好む/好まざるに関わらず・・・・。閑話休題)

そして、たまに、色々な新興宗教遍歴をしている人がいますが、こうした人は、新興宗教の教祖廻りという、いわば人のパワー・スポット廻りをしているようなモノですね。そして、ありがちなのが、パワー・スポットであった教祖が亡くなると、往々にしてそのパワーに集まっていた弟子たちが蜘蛛の子を散らすようにいなくなり、そして、多くの弟子自体がその師のパワーに依存して修行していた場合が多いので、こういうのは当然の流れという事にもなるでしょうが、彼らはその力や才を失う事がとても多いです・・・。残念な事に・・・orz。

ただ世間では、こういう師や代表者の損失による教団内の権力闘争・地殻変動だけが関心を呼ぶようですが、本当は真面目な求道・修行者にとっては、力と知識と安定の源・基盤たるパワースポットがなくなることの方が死活問題ですよね・・・。

従って人のパワースポットが亡くなると、やむなく聖地や霊地などの大地系のパワースポット巡りを開始したり、他の人のパワー・スポットに移行するという事は、どうもありそうなことです。事実、多いですね。その人(のパワースポット)が生きていれば、そんなことをする必要はなかったのでせずにいて、師の死後に新たなそれの代わりを探す巡礼を始めるという事ですね。

ただ、今の時代は全ての人が、人のパワースポットとなることを期待されている時代ともみえますが・・・、如何せん人のパワースポットは、あまり出てくる/いるとも思えないですし、見つけられるのか、見つけられても弟子入り出来るか、指導を許されるかはその人次第&不明ですよね。

ただ、いずれにせよ修験道などでは、地の聖地・パワースポットを巡るカリキュラムがあるのですが、何故か開祖たる方がやり始めたのは遅く・役行者自身が35歳前後で奥駆けをスタートしたのも、実は無師とされた彼には師匠がいてその方が亡くなったのがその頃でその後に始めたという、そうした事情があったのかもしれないですね。いわいる一つの仮説・思考実験ですが・・・。

さて、今回はここまでです。参考になれば幸いです。

では、貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

皇悠より・・。

さて、今回もまた記事が溜まっておりまして今日から明日にかけて、また大量の記事をアップ・投稿します。お楽しみに・・・。

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舎利禮文

御覧頂きまして、ありがとうございます。

どうも、皇悠です。さて、ニコニコ動画のある投稿作品http://www.nicovideo.jp/watch/nm5340491に感動しまして、舎利禮文です。見れる方は楽しんでください・・・orz.では・・・・・・。さて、今回はここまでです。楽しんで頂けたら、幸いです。では、貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

皇悠拝・・。

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大本教について

御覧、頂きましてありがとうございます。

どうも、皇悠です。

さて今回は、古神道・神道を学ぶと戦前に活躍した一大教団・大本教について嫌でも関わる事になりますが、「何故にしてかの教団は壊滅寸前まで弾圧されたのでしょうか?」と言うことを書きます。

さて、この大本教(正確には大本)が現時点で、多くの各宗教団体の組織形成の基盤となっていますし、生長の家や真光など現在の有名教団には大本教をお手本・祖とするのも多々あります

また、出口なお教祖、そして出口王仁三郎聖師は教祖として満州・モンゴルまで広宣活動と世界安穏に奔走尽力なされたようですが、神道系の教団であるにもかかわらず何故に徹底的な弾圧と軍部による破壊工作がなされたのでしょうか?

そして王仁三郎聖師は、神道としては類まれな宗教間縦断をなされた平和主義者という話もあります

そして、神道基盤であるので、現在の多くの仏教教団のように政治介入に違和感をもたれることも少なく戦後に活躍しても良いのですが・・・。どうしてこの神道教団は、我ら日本国人にさえも疎まれたのでしょうか?

そして、戦後、何故にして廃れたのでしょうか・・・。実はこの教団は一面で今で言うアレフ=オウム真理教と同じだったからです。

危険なカルト教団だったからで、だから当時の人々も、弾圧に同意し、戦後はそのまま無視され没落しました。

この辺は中村古峡著『学理的厳正批判大本教の解剖』(一九二〇)(なお、中村古峡氏は日本精神医学会の主幹として日本における心理学の確立に大きな役割に果たした人物です。ちなみに昭和二七年九月十二日没。)に詳しく、第一次大本事件前夜の一般のインテリ層が大本に対してどのようなイメージを抱いていたか・また大本教がいかなる存在かを探る上での貴重な史料で、よく出来います。

さて、『学理的厳正批判大本教の解剖』の本文の冒頭において、中村は次のように言い
放ってます。
「およそ世の中に馬鹿ほど恐ろしいものはない、と云ふ俗諺がある。蓋し馬鹿は、概ね独
りよがりのお先まっくらで、自制や反省の念は薬にしたくても見当らず、おまけに向う見ずの無鉄砲と来てゐるので、何をしでかすか分らないからでらである。余は大本教を思ふ毎に、およそ天下に迷信ほど恐ろしいものはないと、つくづく云ひたくなる。蓋し迷信者は馬鹿と同じく、概ね独断で、無反省で、更に自負誇大の念に強く、ややもすると頑迷不霊に陥り易いので、果して何を云ひ出し、また何をしでかすか、分らないからである」

ちなみに中村は当初、心理学者の立場から大本教祖の「神懸り状態」に関心を持ち、丹波綾部町(現京都府綾部市)の大本本部で現地調査を行ったが「宗教的内容が、予想以上に浅薄で且無稽なのに失望した」そうです。

しかし、大本教がその後、勢力を伸ばし社会問題となったばかりか、中村の所にも「大本教は果して宗教として存在するだけの価値あるや否や、其の鎮魂帰神法と催眠術との関係は如何、其のお筆先と予言の真偽とは如何」などという問い合わせが殺到するようになった為に、この書物を著してその回答に代えようとしたそうです。

さて、大本教は当初、綾部の老女・出口なほ(教祖)の「神懸り状態」に端を発しましたが、教団の基礎を作ったのは教祖の娘婿・王仁三郎で、更にそれが急成長するには東京帝国大学英文科卒のインテリ浅野和三郎の入信が契機となってます。中村はその経緯を踏まえた上で「今日の大本教は、短刀直入にこれを云へば、つまり出口王仁三郎と浅野文学士とが、教祖の『お筆先』を種にして、巧に捏ち上げたものとも云へる」とみなします。

そして、大本教はしょせん「誤つたる一妄想の上に猿とも狐ともえたいの知れない鵺的社会を建設しようとしてゐる一曖昧団」にすぎないと判断します。中村によると、『お筆先』とは「妄想性痴呆患者の濫書症」の産物であり「私達変態心理の研究者に取つては、いささ
か興味ある一研究資料」にしても、それを神聖視するのは滑稽な錯誤だと定義しています。

また、例えば王仁三郎はトリックによる「奇蹟」を演出しているのでそれも暴露してますね。

これはある王仁三郎氏の元側近の証言によるモノで、王仁三郎は『お筆先』の「煎豆に花が咲く』という予言を実証?する為に、人知れず庭の一角に普通の豆をまき、その同じ場所で信者たちの見ている前、煎豆を撒いた事があるという。十数日後、そこから勿論、普通に生えてきた豆の芽にトリックを知らない信者たちは驚嘆したという訳ですね。

また、中村は大本教の大看板・代名詞の鎮魂帰神法で導かれる精神状態(神懸り)が催眠誘導術による変性意識状態である事、教祖没後に公表された『お筆先』は教祖直筆ではなく王仁三郎の捏造になる事、『お筆先』の予言が的中したと称するのは全て後からのこじつけであり、実際には多くの予言が外れている事などを論証しており、そこにはオウム真理教のマインドコントロールや麻原氏による予言の捏造などをも連想させるモノがあります。

そして、この書物で多くの事が暴露されてから大本からは多くの直弟子・有力幹部が続々と離反し、各自が自分の教団を設立し始めます。世界救世教の岡田茂吉とか前述の浅野和三郎などですね。

また、大本の鎮魂帰神法は単なる催眠術ではなく、自己暗示による人格変換である事から「覚醒後屡々思想の惑乱を来し、遂には精神錯乱に陥つて、とんでもない乱暴をしでかすことがあった」とすら記述してしまします。更に中村は鎮魂帰神法が原因になったと思われる殺人事件の実例まで上げています。

また、この公表・記述以後は多くの信者を集めたこの鎮魂帰神法を大本教では危険と位置付け、事実はネタばれによる権威・威厳の失墜で禁止しています。そして、同組織で何十万という信者・教師が学び修していながら同団体以外のその後継の組織・信者達も封印・拒否するようになりました・・・。

さて、王仁三郎氏の言動、特に予言関係にも麻原氏を髣髴とさせるモノがあります。

例えば大正四年、王仁三郎は火の雨が降るという妖言を流布して、多数の信者を綾部に避難させました。大阪のある老夫婦などは自分の店を売り払ってその金を王仁三郎に献納し、鰹節まで抱えて綾部に逃げ込んだ。当然、火の雨など降るはずもなく、王仁三郎は「あれは幸い幽界だけですんだ」とやって信者たちに随喜の涙を流させたというのです。これは一九九〇年、麻原氏が自ら予言した天変地異を逃れる為、信者達を連れて石垣島に避難したというのとそっくりですね。

また、王仁三郎氏は終生、天動説と地球平坦説を信じ、地球が丸いなどという学者は阿呆だと唱えていまして、このことは後の大本教系の団体の愛善苑の刊行物でも取り上げられています。また、同氏は天皇を批判しながら自分が天皇の血族だと主張しました。

また、先述の元側近の証言によると王仁三郎は大の好色家で「大本教に出入してゐる女達は大抵片っぱしから手を掛けていた」という事も記述してます。これもまたワイドショーや週刊誌に賑わわせた麻原の性豪ぶりと通じるモノがありますね(勿論、恋愛は自由ですが、麻原氏も信者の女性たちには魅力に満ちた男性だったらしいですが、二人とも妻帯者ですので不倫関係をしていたのは褒められた事ではありません)。また、事実、王仁三郎自身が「天下に私ほど不器量な者はない。それでも世の中の女と云ふものは、一度私が秋波を送ると、みんな吸い付けられて来るから不思議だ」とうそぶいていたという記録もあります。

さて、戦前の日本国家が大本を弾圧したのは、別に予言や奇蹟の類がインチキ・詐欺行為だからでも、王仁三郎が今もそうですが当時としても不品行だからでもなく、『お筆先』にある「世の立替」の予言や王仁三郎の大正維新、昭和維新という主張が、時の政府から革命の予告、すなわちオウムと同じく政治的野心・革命の表明・クーデターの告知と受け取られたからです。

事実、第二次弾圧直前には王仁三郎氏は自ら主宰する昭和神聖会のメンバー約三千人を集めて軍事演習まがいの示威行動を行います。このような二・二六事件前後の不穏な情勢下、疑心暗鬼に脅える政府相手にこれでは、弾圧するなという方が無理でしょうね。また、出口王仁三郎氏は当時の陸軍、海軍問わず将校クラスの現役軍人を多数シンパとしており、それがまた国家に大本を畏怖させる原因の一つとなっていたみたいです。

そして、オウム真理教も単なる宗教団体というよりも多分に政治思想団体としての性格を持つ組織で、彼らは「真理党」として九〇年の衆議院選挙に出馬、二五人の候補者を立てるも全員落選してます。また、組織運営には国家を模した省庁制を採用、信者ので軍事演習まがいの訓練を行い、国家権力掌握後に発布するべき真理国基本律(オウム憲法)の草案まで準備するなど政治的野心に燃えてました。そして、地下鉄サリン事件はその革命計画の第一歩だったのです。だからこそ、戦前の治安維持法と同様、本来は政治思想団体を対象としたはずの破防法が大本教と同じくオウムに対して適用される事になったみたいですね。

こういうあたりは麻原彰晃氏も出口王仁三郎氏も司馬遼太郎氏が言うほどには異なったキャラクターという訳ではないですね。似た行動・思想をしていますから・・・。

さて、『学理的厳正批判大本教の解剖』には当時の東洋大学学長の境野黄洋、哲学者の井上哲次郎、インド学の権威・高楠順一郎、社会主義者の堺利彦、河上肇、国粋主義者の三宅雪嶺などが序文を寄せており、またある刷では付録として哲学者・姉崎正治による同書への書評が転載されています

そして、彼らはいずれも当時を代表する一流の知識人ばかりで、その彼らが中村を支持したと言う事に当時の知識階級一般が大本教に抱いていた反感がうかがえます。

また、大本教は出口直というおばさんが始めたと思っている人が多いと思いますが、彼女は金光教の信者だったので、その娘と結婚した王仁三郎氏が実質上の教祖です。

さて、大本教は戦後、今のオウムのように内紛を(第三次大本事件ともいいますが・・)経て、3つに分かれました。 これを別名、大本三派とも言いいますが、 それが大本、大本信徒連合会、愛善苑の三組織ですが、それらは往時の規模も勢いもない地方の小さな一教団です。

では、今回はここまです。楽しんで、そして参考にしていただければ幸いです。

では、「貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・」

皇悠、一礼。

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2008年11月28日 (金)

聖天・ダキニ天など天部・神祇信仰について

御覧頂きまして、ありがとうございます。

どうも、皇悠です。

さて、今回は聖天・ダキニ天など天部・神祇信仰についてかなり長く書きます。

ちなみに両尊の特徴はこんな感じです。

ダキニ天の特徴・・・今すぐに小金持ちになりたい人向き、水商売向き、金が全て思考で楽天家向き、子供はいらない人向きです。

聖天の特徴・・・・時間はかかるが数年後大金持ちになりたい人、金も家庭円満も全て大事だと思う人向きで、毎日勤行を休みなく続けられる人向きです。

なお、俗に難事・大事(おおごと)なら聖天様、火急のことならダキニ天様と言われますので、そのようにお薦めします。

また、天部の「祈願」(所謂「御利益信仰」)では、いずれの尊にせよ、御利益を得たら布施行・布施三昧を心がける(寺への御礼、周囲の人(友人知人等々)や慈善への布施など)のは必須ですよ。どの尊においても、利益=発菩提心の方便ですからね。 これは、ある意味で最後の処で筋を通し、慈悲を失わない事でもありますね。

また、「聖天信仰してるヤクザって聞かないがダキニ天信仰はよくやってるがなんでかな?」という疑問も一部で聞いた事がありますが、この答えは簡単でして、

聖天様は、人を選びます。道理の通ってない人間とは縁を持ちたがりません。

しかし、一方のダキニ天は、人を選びません。よく祀ってよく捧げる者に利益を与える神様です。(この為、あえて書きますが俗に言う部落などの差別された方々にも慈悲を垂れるので良く信仰されました・・・)この違いは大きいですね。

勿論、両尊共に願意成就がその人の人格向上・社会貢献などに繋がるなら叶うし、その人を堕落させるだけなら、どんな熱心に祈っても叶わない傾向はあります。

例えば、今貴方が願っている願が叶う事によって、社会をより良くする為にどうなっていけるか、まで考えてみたら多分その辺に成就するか否かがわかります。

これはある意味で心願成就の秘訣であるのかもしれませんね・・・。

また、よく聖天信者は我利我利とクソミソに言われますが、本当に我利我利の人は御利益を頂いていないと思います。これは往々にして祈願の作法や信仰に強い厳格さが求められる理由に繋がるので、腑に落ちると思いますが・・・。

また、現世利益を即効的に頂いた結果、自分中心的な世界観に陥ってしまうという危険性があるので、それ故に、信仰の覚悟・厳格さや真剣さは天部・神祇信仰では他の神仏(如来・菩薩・観音・明王部・・・)よりも信仰する際に比べはるかに強く求められるモノであり、仏道と遠い我利我利亡者な人間にならない為に、聖天様やダキニ天様にはより強い信仰・規則の厳守・各神仏への一生の崇敬を迫られます。

ただ単に「ハイリスク・ハイリターン」というのとは、ニュアンスが違うと思います。これは仏様は天部の利益輪身と躰を変え上部へと導くよう悟らせるべく仮に一時的な利益を顕し与えるのであって、それに浸かり甘んずることなく我利我利亡者な人間にならないよう、戒めも必要という解釈ですね。

それが判ってないと、やはり後は続かない傾向が多々あります。

特に大聖歓喜天様は、大日大聖不動尊と共に大聖と付く仏様なのは、他にはいないほどに世俗が思っているような単に祈願者の欲を満たすために願を叶えさすことが本誓ではなく、祈願者の成仏の障碍となる苦痛を取り除き、早く悟らせ、仏道に乗じるために導く仏であると言う事です。それは先に出た”大聖”という尊称にて過去先人より表現せられ讃えられて来たと言う事を理解しとく由縁ですね。

往々にして、聖天様に嫌われたら、後は弥勒菩薩様(救われるのは約50億年後・・・)にすがるしかない、ブービーの信仰と言われる位に慈悲深い方です。

勿論、聖天信仰の目的はあくまで現世利益、どんな高尚な事言っても、お金もなく、地位も低く、孤独だったら話にならない、一昨日おいで、というのが聖天信仰の一面です・・・。しかし、その先が方便としての菩提心喚起だとしても、まず「今・成功すること」。これを前提としない聖天信仰などありえないのですが、注意が要ります。

事実、「愛の神仏」村岡空著の中の、松本実道師の発言にも意味深な注意があります。

『「それから、俗に言う聖天さんが嫉妬深いのも事実で、ご利益が頂けないかといって
ほかの神仏に浮気しますと、必ず罰を受けます。これもよくあるケースですが・・・」
「では、どのような信仰が望ましいのでしょうか」
「結局、信仰というものは一対一の関係が根本なんですから、聖天さんに独力でおすがりするしかありません。寺でのご供養はあくまで補助手段ですから・・・」』と・・・。

また、多くの天部・神祇が清浄を好むので、例えば「穢れ」の件ですが、忌服にせよ、女性の月のモノの件なんかでも、迷信だの差別だの(死者への差別だの、女性蔑視だの)と云われやすいご時世なので、お寺さんや神社などが細々とした事がはっきりと言えなくなっている場合が少なくありません。(現在の物言いが精一杯でしょう・・・)

昨今、大峯の女人禁制が、あえて書きますが一部の糞フェミニストによって蹂躙されようとしていますが、(世界遺産登録に関連してです。しかし、ギリシャのエトナ山はどうなる?多くの尼僧院はどうする・・・)

これなんかも、修験・密門・神道などの皆は苦心していると思いますし・・・。

実際、諸々の修法のタブーを破ると、障碍が出る(精進が悪いと山が荒れる、不浄があると天部・神祇の修法が上手くいかないくなる)事が多々あるから難しいですね。

また、以前コメントなどで出ました神仏の掛け持ち信仰の場合、術者や流儀、行者さん自身の個々人の思想もあるでしょうが・・・。(師伝を厳格に守る人、世相に合わせて「規制緩和」を黙認する人・・) その辺の「ディテール」を聞き出すには、ある程度は親密さが必要になる場合もあるかも知れませんが・・。

結論は「(専門家は)掛け持ちもOK」。 ただし「色々難しいよ」の留保が付くだけです。

例えばある神仏に般若心経と本尊の真言を100回だけの勤行を慌しく2座やるよりも、般若心経・観音経・本尊の真言を300回の勤行を1座やったほうがいいでしょうね。しかし、どちらを選ぶかは、その人次第です。ただし、念入りに豪華かつ真摯に行うほうが良いのは言わずもがななことです。

しかし、天部二尊の掛け持ち信仰を考える人ってどんな事をやっている人だろうとつくづく思います。ただの普通の勤め人はまず無理でしょう。時間的にはとても他の複数の尊なんかわき目をふる余裕なんてありませんよ、各神仏に30分として朝夕に1時間、休日や縁日には準備込みで半日はザラですモノ・・・。

掛け持ち願望者は学生か地方公務員、自由業が多い?と勘繰ってしまいます。勿論、「経に書いてる=万人がやるべき実践徳目ではない」 ということもあるわけですが・・・。

基本は御縁を頂いた仏様を本筋として大事です。

その上で気が散る人は「掛け持ち」はやめたほうがいいし、また失礼になる場合も。同じお寺等に祀られている有縁の仏様を拝むのは差し支えなしですが、「ひとすじに」「一心不乱さ」「純粋さ」も大事ですし、神仏の「本誓」(専門・得意分野)に添った神仏に祈るという事でしょう。

それこそ、知識だけなら普通に流通している大正大蔵経の所収の経典には、小乗系の仏典(四分律とか、雑阿含とか)から、比較的ポピュラーな華厳経、般若経、法華経などの大乗経典、密教経典・儀軌(修法のテキスト)まで、色々ある訳ですが「お経に書いてある=即やっていい」と言う事ではありません。諸宗諸寺での「勤行の慣行や、教理に則って御信心を・・・」 と言う事もあるとは思いますが・・・、往古よりも簡略・中抜きされている場合も多々あります。(これに関連して、特に密教の場合、在家者では「やってはいけない事柄」が多数ありますので難しいですね)

ただ、当節、情報は求めれば幾らでも出てくる訳ですが、あまり細々したタブーを大きな声で云うと「時代遅れの迷妄!」「非科学!」「差別・隠蔽!」とやられてしまう訳ですので、お坊さんなども昔風の越三昧耶戒の通し方(教えない、やらせない)が通じなくなって来ていて、困っている例は多々あります。そのあたりは信者側が心得ないといけませんね。

さて、天部・神祇信仰において観音信仰(観音経や般若心経の朗誦を含む)が絡む場合が多いのは「或遇悪羅刹 毒龍諸鬼等 念彼観音力 時悉不敢害」の一句により、観音菩薩を念じれば、悪い羅刹や龍神鬼神(所謂、諸天善神でない天部の仏様の喩え)から害されることはない。 よって、害されることはない=守ってくれる=諭してくれる=助けてくれると解釈された経緯があります。 勿論、お経は読む人によって取り方が違いますが・・・。

ちなみに、天部を拝む行者や本職の皆さん的には、この辺の注意は常識レベルのことであって(天部が少なからず気を使う尊格である事など)、事相(実際の修法)の口伝や伝授にあっては必ず云われる事です。

例えば聖天様の賞罰の激しさについては、『覚禅鈔』や『窕誓伝』『寶山和尚行状』などに山と書かれていますから、興味があれば、国会図書館なりで調べてください。

ただ、有名な話で幾つかあげますと、八代目の市川団十郎が、「ブレイクさせて頂けるなら、この命を差し上げます。」と聖天様に願掛けをした故事があります。果たして、彼は異常なまでの人気を得たが、妖刀村正で謎の割腹自殺を遂げた・・・・・。この話は、市川の家の出の市川翆扇女史が。「昭和新版の利生記」の対談で話していましたから市川宗家の家伝として残っている話なんでしょうね。(なお、これ以降、市川宗家では聖天参詣を控えるようになったとか・・・)しかし義理あって借りることになった道中差しの妖刀がいけなかったのか、非常に神経質な人だったとありますからノイローゼだったのか・・・、よくわかりませんが。ちなみに、その後八代目の家は火事で焼け、刀は行方不明。 ただ、対談者は聖天様の障碍ではなく、妖刀の妖気にやられたと主張してましたが・・。

また、確か自殺した川端康成も聖天さまとは無縁じゃなかったですね。こっちは刀じゃなくガス管ですが、川端家の奥さんが聖天信者で川端康成本人は奥さんの聖天信仰を苦々しく思っていたとか。これは川端康成の奥さんが、川端がノーベル賞などを取れるように、鎌倉の某聖天寺院に特別大祈祷をお願いしたのですが、 その念願が叶って、川端は受賞したが、その後謎の自殺。ちなみに自殺した日が、聖天様のご縁日の、1972年4月16日だとか・・。

また、普通に行者や坊さんに訊いた場合、まず他寺他社とトラブルになりそうな事は、常識的に言いませんし(あそこはやめとけ、とか、○○尊は怖いとか)、拝み方の深浅本略についても、「お気持ちの問題ですから」という線で落ち着くのがせいぜいです。(余程親しくならないと、本音・秘訣のようなものは訊けないことが多いです)

また、寺が有縁の複数の諸尊を奉安・祭祀する場合と、個人(俗人)の掛け持ちを同列に論じることは出来ません・・・。大体、本尊(特に如来や菩薩の場合)の利生を顕す、発揚する為に別徳の尊として天部を祀る場合が多いですね。

複数の天部が奉安されている場合、例えば
(1)本尊と関係がある尊(本地仏と諸尊) 例:十一面観音-諸天部、地蔵菩薩-閻魔天や不動明王-諸天部(→五大尊中、軍荼利尊-聖天)
(2)尊同志が有縁の場合で例:夫婦に擬せられる吉祥天-毘沙門天などや 親子に擬せられる大黒天-歓喜天などに支配-被支配の関係の大黒天-荼枳尼天や習合・化身・眷属等の弁才天-宇賀神などに異名同体系の大黒天-毘沙門天-鎮将夜など(3)七福神信仰など、さまざまな民俗信仰の影響(とその残欠) (4)なりゆき(信者がお守りしきれなくなった尊を引き取った)・・・など様々でしょうね。この他、ダキニ天の場合、鎮守社としての奉祭が多いですね。

あと、くどいようですが、天部・神祇は、単独の尊への信心であっても、(真剣に拝む場合)相当の神経と手間暇・費用が掛かります。複数はそういう意味でも色々と相性だの、祀り合わせ云々以前の問題が・・・。

私も、ある時にある神職(当然、神道系の)に、結果的に掛け持ちになってしまった際の便法として、兎に角、他の神仏への祈願を隠さず正直に申し上げて加護を祈りつつ詫びることの可否を聞いたことがありますが、その神職は、とりあえずそれでいいでしょう(正直に、謙虚に、は○)との事。その点では(凡夫の身故、諸天諸尊のお気持ちを推し量ることは困難ですが)何とか大丈夫(御罰が当たるような事態ではない)なのではないかと思います。

ただし、眷属同士がぶつかるので、眷属の名号や真言は唱えない方が良いとの事です。ただ、この事については、行者並びに信者の本尊や眷属に対しての考え方や眷属をどう見るかにより見解が分かれます。眷属を人界の様に個人神と捉えるか、それとも本尊の分霊、本尊の個別の霊的働きの動きの霊としての神霊的固有名称と見るかによります。本来は、本尊の分霊と見て大半の僧は、良いと答えると思いますが・・・。これは、何故かと云うと眷属同士がダメなら僧の唱える作法(行次第)は、全てダメになる可能性が大になるのですからね・・・。されど、心の中で引っかかりがあるなら個人個人素直に本尊に手を合わせれる心の状態で手を合わせると良いと思います。

ただ基本的に、各仏尊・天部・神祇様の御本体・御尊格そのモノのお力が偉大なのは云うまでもない事。こういうのは要は、そのお力に縋る術の問題で・・・。

『祈りが通じる為にはどうしたらいいか?』と言うことですね。

ただ、毎日、給仕してる神社だと神様が力を伝え易いのは事実です。例えば真言にしろ祝詞にしろ1回しか口に出さない人と何十回、何百回と口にする人じゃやはり後者のほうが通じ易いでしょう・・・。神仏とパイプが出来、言霊ということでは何度も口にすると実際力を持つようになりますから・・・。人間社会でも何度も何度も顔を見せる人が誠意を伝えやすいのと同じですね。

さて、今回はここまでです。参考になれば幸いです。

では、貴方に全ての良き事が雪崩の如く 起きますように・・・。

皇悠より・・・。

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五芒星の追儺魔術

御覧頂きまして、ありがとうございます。

どうも、皇悠です。

さて、今回は私も一応、以前は西洋魔術師だったので、今回久しぶりに西洋魔術の術を書きます。ただ、書いてある物を読むと楽なのですが、いざやるには視覚化だの訓練しないと出来ない特殊能力や、馴染みのない西洋の象徴だのを暗記して貰わないと無駄なので書きたくないのですが・・・。

まず、最も手っ取り早く簡単な術は五芒星の魔術で、『地の追儺五芒星』を使ったモノですね。

使い方は簡単、退去したい不浄な力の方向に向かって、『地の追儺五芒星』を描くだけです。その際、注意に従って描いてください(五芒星の角を閉じるのと視覚化を忘れずに)。

描く時は、剣印(指を二本そろえて立てて刀身に見立てたモノ)か、魔術用の短剣or剣でお願いします。例えば地の追儺であれば、一筆書きで五芒星の地の角(左下)から霊の角(上)へ線を引き五芒星を空中に書くという意味ですね。

また、何故にして最初の二個しか書いてないのかは、一筆書きするための最初の二個を知れば、後は書き順が確定する為です(地の追儺:地→霊→火→風→水→地の順に五芒星を描きます)。

ただ、気を付ける事は、きちんと書き始めと書き終わりの角を閉じる事。閉じていなければ五芒星でなくただの線になり、力が生まれません。

また、術などで空中に書く場合は、自分の描いた図形が蒼白や黄金などの強烈な光を放って燃え上がっている様子を視覚化(妄想)しながら描いてください。自分が手を動かすたびに、光の線が残像として残っていく感じですね。

※使用上の注意。火の召喚五芒星とかを書いても、火はたぶん出ません。プロだったらわかりませんが、駆け出しのうちにがっかりしないように(笑)。

なお、五芒星は図を書けないので、インターネットで検索すれば出てきますので調べてください。

注意:全ての魔術的なマークは『太陽の道』にそって、できるだけ左から右に書いていきます。……南向いたら太陽は左(東)から生まれて右(西)へ沈む為です。円:最上の頂点から右回り。

そして、五芒星の中央に、占星術の金牛宮のマーク(○の上に、Uまたは半円に近い『角』を付けたマーク)を描きます。その際、太陽の道に従って、角、円、と描いていってください。

そして、中央にびしっと剣印を指して(当てて)、神名『アドナイ・ハ・アーレッツ』を声を出来るだけ振動させながら唱えます。大きな声で、ゆっくり言霊を込めて(気持ちを込めて)発音してください。アドナイ・ハ~は強大な地の主の名前です(この世界、地属性の、マルクト、を司っています)。さらに、神名を唱えた瞬間、五芒星が強く光り輝き、対象を光で焼き尽くす様を視覚化(妄想)してください。これで追儺・空間の浄化は完了です。

※注意:人は倒せません(笑)。悪霊や不浄な力の固まり、悪い影響力や悪いイメージなどは、ほぼ一撃必殺です(術者の実力と想像力などによりけりですが・・・)。

一度、私が司祭である神を兄弟弟子に寄り代に召喚・憑依儀礼をした際、どうしても退去・追儺が出来ず、見かねた師が気合一閃、神名『アドナイ・ハ・アーレッツ』で退去させた事があります。当時の私は笑うくらい未熟でしたが、良い思い出です。閑話休題・・・。


<コメント>

ばばっと剣印で五芒星を切って、神聖な名を朗々と唱えれば、見た目的にも九字に負けないくらい格好いいので良かったら悪霊退治や術の排除、邪な諸力の浄化などにも使ってみてくださいね・・・。(笑)

ちなみに、『エコエコアザラク』という映画でも主人公の魔女が、相手の呪いを打ち破るためにこの術を使っていました。

ところで「何故、霊的なものの退治に『霊の追儺』ではなく『地の追儺』を使うのか?」というの疑問の答えは以下の通りです。 

ここに疑問を抱いた方もいらっしゃるでしょうが、それは昔からの慣習、と言うか、この世界=マルクト=地での邪悪な存在退治には『地の追儺』が一番効果的だからでしょう。この世界には、地の主の影響力が強いと思われ定義されてます。我々は地球の上に住み、術者も対象も全ては大地の上に乗っていますし・・。

ちなみに、個人的には一番手っ取り早く、わりと万能な破邪の術がこの『地の五芒星追儺』ですね。

さて、今回はここまでです。参考になれば幸いです。

では、貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・。

Fra,SOSNこと皇悠より・・・。

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マイクル・クライトン氏の冒険

御覧頂きましてありがとうございます。

どうも、皇悠です。さて、今回はマイクル・クライトン氏の冒険譚を書きます。

マイクル・クライトン氏は、アメリカの作家です。多くの方がご存知のER緊急救命室の総指揮と脚本をやったり、映画ジュラシック・パークの原作者としても有名な方です。(なお、今回の記事は参考文献:インナートラヴェルズ/マイクル・クライトン/早川書房など基に記述してます・・・)


さて、彼の冒険はある時、マイクル・クライトン氏が、30代のゲーリーと呼ばれる男に会った事から始まります。ゲーリーは、トランスに入ってアカシック・レコードにアクセスして過去・現在・未来の事が判ると説明する方です(ゲーリーとは、ゲーリー・ボーネルのことかもしれませんね・・・)。

知遇を得てからそのうちに、マイケル氏はゲーリーにアカシックレコードに入る方法を教えられたそうです。そのやり方はゲーリーがマイクル氏を深いリラックス状態に誘導し、マイクル氏には四肢の感覚がなくなり、更にリラックスが進むと身体がこわばって行く。それと同時にその部屋や家や外の通りの物音と出来事が強烈に意識され、そして成り行きで、マイクル氏はゲーリーに対してチャネリングを行い、ゲーリーのボストンの知人の女性についての印象を、絶対の確信を持って語ったというやり方との事。

そして、チャネリングする時の感情は同情であり、必要な努力は説明の努力であったそうです。マイクル氏にとってこうした感覚は、チャネリングをしている最中には、ごく当たり前のものであったが、日常感覚に戻るまで数分かかっていることから、その意識状態が相当に深いものだっそうですね。

しかし、マイクル氏は、自分自身の事をチャネリング出来ない事に、まるで莫大な遺産を相続したのにそれを使えないというようなじれったさを感じて、またチャネリングでは何が起きているかを理解出来ず、結局は不満が解消されずチャネリングを辞めてしまいます。

さて、この御仁、マイクル・クライトン氏は、実はハーヴァード大学の医学部の出なのに、医者にはならなかっためずしい方です。(アメリカの医学制度は日本よりもはるかに高額なので、元を取るため大抵はそのま医者になるのですが・・・。)さて、氏は最初は外科医と精神科医を可能性として考えてはいたらしいのですが、一つの胆嚢を見ればすべての胆嚢を見た気がして、外科医というものに終に興味が持てなかったので諦めたそうです。

また、精神医学の方は、大勢の患者を見ている内に、本当に人を助けられるとは思えないようになり、精神医学自体があまり効果のあるモノではないと感じ諦めたそうです。そして、何よりも施設に入院する多くの重症の精神障害者には、精神医学は彼らを治癒させることは出来ないし、大した事は出来ない事実に限界と諦めを見たそうです。また、その一方でマイクル氏の眼には、精神病者ではなく、単に自分を甘やかしているに過ぎない裕福な人達が大勢・何度も精神科病棟にやって来る現状と、にもかかわらずこうした人達にすら精神医学が全然助けになっていないという逆の確信を持ったそうです。

こうして、結局マイクル氏は散々努力と金銭をかけた医学を捨てたそうです。

さて、ゲーリーと出会ってからもマイクル氏は冒険を続けます。イギリス心霊協会で沢山の霊媒に出会い、彼らが知り得るはずのないマイクルのプライバシーの断片を言い当てるのを目の当たりにもしたそうです。

また、あるエネルギー・ワークのセッションを受け、サボテンと会話する事が出来、暗がりで人体のオーラを見たり、ついには自分のオーラを、くしけずって、けば立ててもらったりしたそうです。

また、ある2日間の断食と沈黙行の後で、チャクラ(エーテル体上のチャクラ=チャクラは各ボディにある)を感じるようになる事が出来、また念力スプーン曲げパーティでは、いつのまにか自分も念力を使えるようになり、スプーンをぐにゃぐにゃに曲げて帰宅したそうです。

またマイクル氏は、除霊もやってもらった事もあり、なんか当たるのを幸いに色々と手を出します。

しかし、結局、色々やってみたが、オーラが初めて見えたり、スプーン曲げが出来た当初こそは驚きも感動もしたが、それだけの事だったそうです。何も自分は変わらずに霊とか前世の話などは興味深いだけだったそうです。

色々やった結果がこういう詰まらない結末に行き着くのも興味本位でこの道を行く方にはありがちで・・・、気を付けたいモノです。さて、今回はここまでです。参考になれば、幸いです。

では、貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

皇悠拝・・。

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2008年11月27日 (木)

神楽歌

御覧頂きまして、ありがとうございます。

どうも、皇悠です。

さて、今回は神道系の歌・呪文に神楽歌がありますが、それの紹介です。

これは、記紀において天の岩戸の段の故事が一番古いモノらしく、それを紹介しますね。

日本古代歌謡史においても出ていますが、天鈿女命(アメノウズメノミコト)が、天岩戸の前で、 半裸で踊り笑いながら、

「ひと・ふた・み・よ・いつ・むゆ・なな・やあ・ここの・たり・もも・ち・よろず」(一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、百、千、万) と謡い、八百万の神々は「あはれ あなおもしろ あなたぬし あなさやけ おけ」 (天晴 あな面白 あな楽し あな清け おけ) と唱和したと伝えられ、これが神楽歌の始まりといわれます。

さて、この神楽歌は宮中の鎮魂・招魂の儀式である「御神楽儀」(みかぐらのぎ)で今も用いられ、現在はその多くの神楽歌は廃れ たものも多かったのですが、これは現在も連綿と続けられています。

ちなみに漫画陰陽師にも出ていますので、ご存知の方も多いかもしれませんね。

さて、こういう短く歌いやすい歌とも呪文ともいえないものが意外に、後世に残るのかもしれませんね・・。

では、今回はここまです。貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

皇悠より・・。

それと次回は、日本呪術の源流の一つ、呪禁道について、かなり記述します。

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ラスプーチンという存在

御覧、頂きましてありがとうございます。

どうも、皇悠です。

さて、今回はあの悪名高き祈祷師、グレゴリー・ラスプーチンについてです。

多分、祈祷・呪術を研究をしている方は彼についてそれなりに、もう御存知かもしれませんが・・・。

この帝政ロシア時代の末期に出現したあだ花、彼の各種の評伝や伝記を読みますと彼・ラスプーチンは、独特の願望実現法を持っており、それによってどんな事でも達成出来るし、危険な場合でも自分の命を救う事が出来ると自信を持って語っていたそうです。

その技はラスプーチン自身は、まだ字を書くことができなかった頃より自分の願いを棒の上に刻み目をつけ、印を付ける事で、色々な災難を予防する事が出来たと多くの人に公言していた事から幼少時からの個人的な能力に由来する物のようです。

さて、この技法は彼が長じて字を書けるようになってからは、願い事を紙片に書きつけて、枕の下に入れて寝るというモノになります。ラスプーチン自身の説明によると、睡眠中にその願いは成就するとの事でですが・・・。この辺は現代の成功哲学の技法や混沌魔術の印形魔術などと似てますね・・・、願望を記述し潜在意識に埋め込むというそれに・・・。

また、自分がある人から短剣で刺された時も薬草でもって何気なく癒しており、他人のだろうが、自分のだろうが、人間の肉体をコントロールすることなど朝飯前であったようです。

さて、上記の技法以外にもラスプーチンが政敵ニコライ・ニコラエウィッチ大公をその力でもって打倒したという有名な技法・事件があります。その経緯は以下の通りです。

ある時ラスプーチンがさる陳情を行いにニコライ・ニコラエウィッチ大公を訪問しようとした所で、当の大公から「もし来たら、君を絞首刑に処す」という電報を貰ったそうです。

これに身の危険と激怒を持ったラスプーチンは、すぐに一人部屋に入ると、何も食べないで、ひっきりなしにマデーラ酒を飲み続けながら、黙りこくります。そして突然腕を動かして、まるで誰かを捕まえるかのように飛び上がったり、また拳固を握って威嚇のポーズを取ると何かと戦いを始め、「奴を痛い目に遭わせてやる」と叫び回り、空想の相手を完全に倒しきり、満足するまで閉じこもったそうです。

そして、この行為の数日後、記録によりますとラスプーチンは、政敵ニコライ・ニコラエウィッチ大公をコーカサスへ都落ちさせることに成功したそうです。

さて、これはどう観ても彼の呪詛調伏行為の記録ですが、このようなイメージ・観想系の呪詛・怒りと共に行なっていた所を見ると、彼は現実を変える呪術を駆使できる人物である事は間違いないですね。

ただ、これだけで観ますと彼は呪術・祈祷を利用した政治家というありがちな理解が出来ますが、ただし彼が当時の帝政ロシアの皇帝家族の方からに請われ重用された聖者・行者であること・そして彼が何度も皇帝家族の危機・病を癒している事実を忘れてはいけません。

この事実は如何に怪しい人物でも何度も救われている当時の国の主・皇帝に取っては、手放したいとはなかなか思えないものですよね。同じように皇帝に仕える者が幾ら非難・嫌おうとも・・・。

また、彼のように政治の一端に関わる者にとっては国の大義に殉ずるという視点があり、この呪詛がそうであった可能性もあり、また彼は金銭に執着がなかった事(平気で貧民に金銭をばら撒きを行う癖・習慣が報告・記述されています)もあり、単純に超能力を我欲実現のために使う人物と決め付けられない所が彼の評価を難しくしています。

また、不可解なのはこのような力がありながらも、ラスプーチンが暗殺という悲劇的かつ謎に満ちた最期を遂げ、利己的な目的でそういう能力は発揮出来ない人物の可能性もある事です。しかも、彼は自らが殺人で死ぬ事を予言していたフシもあり・・・。

更にややこしいのは基本的に、彼の味方サイドの記録がまず無いことが評価を難しくしています・・。

しかも、問題なのは彼のように験・奇跡を理解し起こせた人物が当時の帝政ロシアにいない為、彼がどのような信仰・体系を修め・どのような存在に加護を得ていたか不明というのが私自身にも術師として個人的に気になります。

本当に、色々な意味で余人をして彼の評価を難しくしてます・・・。

彼の起こした奇跡は、現在のレベルでもかなりの高度なモノですので・・・。

さて、今回はここまでです。今回も気分で書きました、楽しんでいただけると嬉しいです・・・。

では、貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

皇悠、拝礼。

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日蓮宗の祈祷について

御覧、頂きましてありがとうございます。

どうも、皇悠です。さて、今回は日蓮宗の祈祷についてです。

まず初めに言いますが、全ての日蓮宗が祈祷を行う訳ではないですよ、勿論。しかし、実に呆れるほどに日蓮宗には夥しい数の分派があり、その中には呪術を重視するようになった流派もあるということです。ただ、題目だけの祈祷もあれば、護符や九字を切るモノまで色々あります。

ただ、元々法華経自体が大乗仏教のあらゆる要素を内包した経典とされ、その中には、ずばり呪文たるダラニを扱った章や、曼荼羅の図を描写したと解釈できる章もあり、祈祷・呪術との親和性が高いのです。

更に、法華経には「法華経崇拝」とも言うべき、お経の霊験を崇拝する伝統があり、法華経を写経したり読受したりする事によって、ご利益があるという信仰です。これは、平安時代の文学作品などからも、はっきりと見て取れますね。

また、日蓮宗の祈祷法は、基本的構成に密教のそれを取り入れ、シンボルを法華経のそれに置き換えた物の感があります。また、日蓮宗は、真言宗を「亡国」の邪宗と批判しながらも呪術・祈祷の基本構造が密教と同じなので、こうしたことからも、こうした祈祷は、しばしば他の日蓮宗の分派からは批判を浴びてます。

しかし、そもそも開祖の日蓮自身が、天台宗・密教系の祈祷や荒行を行い修め、また多くの祈祷による奇跡・霊験の伝説を残しています。また、日蓮自身が加持祈祷を行ったということが伝記に記されているので、勢いその後継も祈祷・呪術の重視をするのも、これは、当然といえば当然かもしれないですね。

なお、日蓮自体は『生死一大事血脈抄』(定五二二頁)に、「釈尊と法華経と我等の三つ差別なしと悟って、南無妙法蓮華経と唱え奉ることを祈祷の根本理念とされている。行浅功深以顕経力とは、修行は浅くとも深大な功徳が顕れるのは経の力によるとの意味。また魔界・仏界・衆生界は本来一如であるから、悪魔魔民と雖も仏法を護る護法善神の一分となることができる。是は十界皆成の法華経の経力によることである」という趣旨で説いています。

また、日蓮宗の具体的な祈祷法は、基本的に「身延山積善房流伝書」と呼ばれる一群の秘伝書に見ることが出来ます。これには、「五段加持之事」、「学師御伝書」、「憲師御伝書」、「憲師御伝書」、「妙符大事」、「大極秘書」、「修法口伝」、「御守護符書」など、多くの本が含まれる技術書です。現代では「日蓮宗の祈祷法」(宮崎秀修 平楽寺書店)という本に詳しく出ていますね。

さて、ともあれ、こうした日蓮宗の加持祈祷を重視する分派は、積善房を中心とする身延山流と、遠寿院・智泉院を中心とする中山流が有名です。特に中山派は鬼子母神を祭って祈祷を行うので、今でもあちこちの寺院で目にします。ただ、一方の身延山流は明治時代に断絶しました。

また、その他にも日蓮系の「拝み屋」の民間呪術を入れると、その数は夥しいものがあります。これは、基本的に、日蓮宗の信仰が個人の信仰心を重視され、密教のような血脈・伝授の正当性をあまり重視しない為です。事実、彼らの祖の日蓮自体に法華行者上の師はいません。そして、日蓮が開祖という訳でもありません。

なお、現代では公的には日蓮宗の祈祷師は大荒行という行を修めた方のみ名乗り行う事を許されています。この行は、毎年11月1日より翌年2月10日までの百日間開催されます。この間は娑婆と霊場を分つ「瑞門」をくぐれば、日に7回の「水行」、4度の「読経」、睡眠時間約2時間半、更に止暇断眠、読経三昧、水行三昧の荒行を2月10日までの百日間過ごす行です。なお、荒行堂は、結界修行である為、その間は完全に世間と一切断絶しなければならなく、また食事は日に2度、朝5時と夕方5時にお粥と味噌汁のみで、質素なものであり、そのため行僧は極限の空腹と睡眠不足になります。このように自分の体、精神ともに極限まで追い込み、行を積む事によって檀信徒を助けられる祈祷力を得られるとされます。また、その行を通して彼らの宗祖の言葉の「法華経の行者の祈りの叶ぬことはあるべからず」を自得し、必ず御利益を受けられることを信じて祈る姿勢を身に付けるそうです。

また、日蓮宗系の祈祷自体が、他の真言宗や天台密教のそれと比べて、教義や理論は難解でなく、何よりも法華経への帰依の心と題目の朗誦が大切なので学び易いのも事実で、いわゆる霊能者を教祖にする小さな新興宗教にも、日蓮系が少なくないのは、この為ですね。

また、基本的にあらゆる神仏を祭れるのも日蓮宗系の祈祷の特色です。ただ、そうは言いつつも日蓮宗系の祈祷では、何故か天部(の特に鬼神)を重視する傾向があります。これは、日蓮自体が主に天部の加持・修法を相伝・祈祷した為ですが・・・。その中でも特に重要なのが、鬼子母神と十羅刹女です。この女神達は、法華経の文中に登場する神であるから、当然ですが、この女神達は「法華経を読誦し、受持する者を守り、災いを取り去り、法華経の行者に危害を加える者を罰する」と具体的に誓っているのですから、頼られるのも当然ですね。また、鬼子母神は子供やお産の守り神として有名ですが、日蓮系の祈祷では恐ろしい憤怒像で表現され、破邪調伏などにも祭祀されてます。

また同様に、法華経に登場する天部の神々は、いずれも崇拝の対象になってます。有名な所で八大龍王、大黒天、帝釈天、四天王、摩利支天などです。

また、日蓮宗の祈祷本尊には神道の神が取り込まれた法華三十番神信仰もありますが、これは、元々天台宗の本地垂迹説から来た考え方で、神道の神々が交代制で法華経の行者を守ると言う思想です。これは法華経の内に神々が法華経の行者を守護すると誓っているので、日本の神々とて例外ではなかろう、と言う事で取り入れられました。ただ、元来が日蓮の学んだ天台宗で五柱の神が交代で守護するとされたのが、日蓮宗系ではこれを複雑化し、三十柱の神々から成る当番制にしました。

また、日蓮感得の七面天女(弁財天もしくは吉祥天、あるいは法華経に登場する龍女?)は身延山の守護神にして女人救済とも大きく関わり重要視され、更には星祭りの妙見菩薩信仰や稲荷信仰すら取り入れられます。正直、日蓮宗の祀る神仏・祈祷対象の神仏の多さ、種類は下手な密教諸派よりバラエティがあります。

ただ、同時にこうした動き・流れは、法華経の教えの純粋さにこだわる、他の日蓮宗の分派から、激しい批判を受けることもしばしばですが・・・。

さて、今回はここまでです。参考になれば、幸いです。
では、貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・。皇悠より・・。

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2008年11月26日 (水)

祝、心霊的自己防衛

御覧、頂きましてありがとうございます。

どうも、お久しぶりです。仕事と依頼で更新・お返事が滞りましてすみませんでした・・・orz。

流浪の妖術師、皇悠です。

さて、今回はこのたび、新装再販されました名著「心霊的自己防衛」(国書刊行会、D・フォーチュン)についてです。(内実は、ただのミーハーの讃嘆文ですが・・・)

いやー、嬉しいです。この本は名作ですが、長らくほぼ再販されずに・事実上は絶版本でまず市場にも出ない本でしたので嬉しいです。内容的には私が持つ旧版と変わらないですが、この本がまた多くの人に知られるのは嬉しいです。

同書の記述には、古い道徳観やキリスト教的な習慣などが燦爛してますが、邪眼や非人格的存在=非人間(今ならサイコパスや眷属とでも言うのかな・・・)、呪術戦や呪いの実際などが出てまして、大変良い本です。呪詛返し、御祓いやエクソシズムに興味がある人には参考になります。

また、今ではあまり見ない聖水の作成法やイメージによる結界円なども出てますが・・・、特にこの本の白眉は、やはり多くの魔術・呪術戦の記述は正に体験者しか書けない凄みがあります。

特に呪い関係は事実上、中村雅彦師の一連のシリーズ以外は漫画や映画などのフィクションしかないのでこういう本が出て嬉しいですね。(後はカトリックの公認エクソシストのルポ位ですが、どうしてもルポという性格上、ほとんど紹介文が多くいざ実行の際は、あまり役に立たないものですし・・・・)

また、この本は当時の英国の魔術・オカルト業界が判り面白いです、金銭で称号や技を売る輩とか流派同士の対立とか生生しく、・・・・お勧めです。

では、今回はここまでです。嬉しくて乱文気味ですが参考になれば、幸いです。

では、貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

皇悠より・・・。

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2008年11月24日 (月)

彼岸の浄土

御覧頂きましてありがとうございます。

どうも、皇悠です。

さて、今回は信仰者達の中で必ず出現する楽園思想について記述します。

さて、日本の多くの思想・信仰の特に教学面で多くの影響を与えた天台宗の理論的な祖の智顗も、また過激な信仰姿勢(法華以外は全て邪教の)日蓮も、晩年には、彼岸の浄土に生まれ変わる事を念じたそうです。

これは、彼らが他人に説いてきた仏も凡も一体であるという理屈(事実上は密門の即身成仏や大乗仏教の煩悩即菩提なども同根の産物ですが・・・)があくまで理屈に留まっていて、「彼ら自身の実感ではなかったのではないか?」「ただの空論ではないのか?」と判断しうる逸話ですね。

しかし、ひどい目にあうことが多いこの世界・娑婆もまた浄土なのだから、浄土に往生しようが、地獄に往生しようが、そんなことは、自分の知ったことではないという彼らの思想の基本に立ち返らず、いよいよ臨終になって、仏様の浄土への往生を願うというのはどうでしょうか・・・。

それとも、これは実は修行で抑え込まれたモノが、最晩年になって浄土往生への願いという形で死の恐怖で噴出したのでしょうか・・・。

さて、『・・・天台智顗みずから、臨終にさいして西方浄土の弥陀を念じたということが伝記に見え、また日蓮は、初期においては浄土教の相対的二元論を否定して絶対一元の世界を強調しつつ晩年には、弥陀浄土ではないけれども、釈迦浄土(霊仙浄土)を彼岸に対置し、そこに生れゆくゆくことを説くにいたっている。(ちなみに法華経に死後いけるという釈迦浄土はありません、これは日蓮の創作ですね・・)

これは、仏凡一体・娑婆即浄土などの絶対一元の仏教思想が限界につきあたり、崩壊したことを示すものか、あるいはその絶対的一元論から、そのような相対的二元論が説き出しうるものなのか、天台法華にとってのみならず、仏教全般にとって大きな問題であるといえよう。・・・』(仏教の思想5/角川書店/田村芳朗より)

さて、この世を仏国土にしよう、この世界を楽土にしよう、神仏に守られた楽園にしよう・・・という思想は日本史の中で何度も出てきました。例えば、空海の密厳浄土、日蓮の娑婆即浄土(光)などから始まり、戦前の日蓮主義の法華一乗論・国家神道の(皇・)王道楽土、大本教系の弥勒の世・・・本当に色々と出てきました。またマルクス主義の共産主義にナチスの千年帝国などもそうですし、かつての大東亜共栄圏などもそうですね。

しかし、それらは全て夢破れ、何もかも無駄に終わりました・・・。こういう事実(彼らは多くの時間・思考・才に物資を投入しながらも全て崩壊しました事実)から私はこの世に安全・すばらしい場所・組織はありえないと考えています。

また、生きている間は辛くてもせめて死後には楽な幸せな世界へ行きたいという思いは万人の思想・願いだとも・・。例えば、黄泉の国、冥府、浄土・・・死んで自分が完全に消滅するかもしれないという恐怖もあるでしょうが、死んだ後もつらい思いをする所にいきたくないといのも本音ですよね。

皆様はどう考えますか・・・?

今回はここまでです。

では、貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

彼らのように素晴らしい信仰心がなく、負けた気がしている皇悠より・・。

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2008年11月22日 (土)

カーリー女神とヨーガ

御覧頂きましてありがとうございます。

どうも、皇悠です。

さて、今回はカーリー女神です。ちなみに私の信仰するお稲荷様のインドでの主人筋とされている女神です。

さて、このカーリー(काली Kālī)女神は、インド神話の女神様。「黒き者・暗黒」とも呼ばれ、大の血と酒と殺戮を好む戦いの女神です。ヨーガの祖、シヴァの妻の一人であり、全身黒色で4本の腕を持ち、その手に血の付いた剣・縄・三叉戟などの武器や、ドクロの付いた棒・生首を持っています。眉間のチャクラを開き、牙をむき出しにした口からは長い舌を垂らし、髑髏をつないだ首飾りをつけ、切り取った手足や虎の皮を腰に巻いた姿で表される勇ましいお方です。また、カーリー・マー(黒い母)とも呼ばれ、シヴァの(正妻の)神妃パールヴァティーの化身とされ、仏教名(漢訳名)は大黒天女。

なお、このカーリーが一度暴れると誰も止める事が出来ないとも言われています。これは、この世は「生があるから死があり」「死があるから生がある」、よって何よりカーリー神の死や破壊の属性は何者も避けれず、その力は悪魔や災いから守ってもらえるとされています。また、ダキニ天と似ていまして、このカーリーには「時間」の意味を持つ「カーラ」の女性系の言葉という説がありますのでそれが彼女を全て・世界を無に帰す「時間・死」の女神・破壊神としても恐れられ、その力が魔除け・厄除けに期待される訳です。よってカーリー神は「時の女神」と「暗黒の女神」の意味を持つので、シヴァ神の暗黒面を司る嫁さんで、シャクティ(性力)としてのシヴァ神のエネルギーの元となる重要な女神とされます。あと、何故か安産の神様でもあります。

この女神の神話による由来では、女神ドゥルガーがシュムバ、ニシュムバという兄弟のアスラ(魔族)の軍と戦った時、怒りによって黒く染まった女神の額から出現し、アスラを殺戮したのがカーリー女神とされます。また、自分の流血から分身を作るアスラ、ラークビーシャとの戦いでは、流血のみならずその血液すべてを吸い尽くして倒した。そして、勝利に酔ったカーリーが踊り始めると、そのあまりの激しさに大地が粉々に砕けそうだったので、シヴァ神がその足元に横たわり、その衝撃を弱めなければならなかった。しばしば、夫シヴァ神の腹の上で踊る姿で描かれるのはこれに由来しています。また、そうして生まれた為に、カーリー神はドゥルガー神よりも残酷さや強さを凝縮した女神であるみたいですね。

さて、実は、この女神は殺戮と破壊の象徴として南インドを中心とする多くの土着の神の性質を習合して出来たモノとも解されますが、インド全体で今では信仰されポピュラーな神の一人ですが、特にベンガル地方での信仰が篤く、インドの宗教家・神秘主義者にも多くの信者がいます。以前書きましたラーマクリシュナはその中でも有名・熱心なカーリーの信奉者の一人です。

そして、カーリー女神の存在は、女神に代表される女性原理が男性原理(シヴァ)に勝っている、というインドの思考の構図を表した神話でもあります。女性原理の女性は子供を生み出す。「生」を司るが一方で すべてを「死」に至らしめる。生命を握っている女性という存在に対する畏怖の念。それがこの「恐い女神様」という信仰対象を作り出したのでしょう・・・・・・。

あと、インドには「タントリズム」という思想がありますが、その中ではカーリー女神はシヴァのシャクティー(性力)として信仰されています。そして、この派の信者・一般の人は寺院などを訪れてそれぞれの女神達へのお経を聞きながらお祈りをします。日本でなら神社や寺院で幸福を幸運を神仏にお願いに行く参拝という訳です。

しかし!この派のヨーガ行者・ヨギの場合はですね・・・・、ある種のヨギにとっては全ての神は自分の中にいるんです。ですから、”神・女神”という別の存在があるのではなく、この宇宙のエネルギーの形として存在していると考えます。だから、寺院に行かなくとも”自分という寺に参る”それが ”サーダナ”(=修行)なるという説も出てきます。

特にタントラ・ヨガではカーリー神は私たちの中のムラダラチャクラに宿る恐れを克服し・全てを変容する力であり、ラクシュミ神は私たちの中のアナハタチャクラに宿るすべてと繋がる愛と豊かさの力であり、サラスヴァティ神は私たちの中のヴィシュッダチャクラに宿る物事の本質を知る知性であるとされます。

だから、そういう考えのヨギは”内なる参拝”をします。チャクラに瞑想することによって目的の神仏の参拝をし、自分が神々の宿る”寺”だと考えるので、お寺は清潔に保ちたいので心身を鍛え清めますし、食事もお寺へのお供え物だと思えば雑には済ませません。

だからこそ、ヨーガでは日々の生活や習慣を重視し大切にします。それが生活=修行=ヨーガというインド特有の修道論に繋がります。ここら辺は他の宗教との大きな違いですね。

どこかにいる神様を信じるのではなく、すべてを備える自分を知り、それを育て生かす事。

また、ヨーガでは多くのマントラを使ったりヒンドゥ神の名前が出てきまして、宗教的な感じがするのですが、事実は完全に逆のようですね。自分に責任を持ち自分で人生を生きていけるようにするのがヨガもある訳なんですからね。この派では”神頼み”とは言い切れませんから・・・。

ま、中には「ボクだけを信じなさい」みたいな宗教じみた自称ヨガ指導者もいるかもしれませんが・・・ご注意を。

この辺の修道論は何故か日本では知られてませんが、何気に独特な体系ですね。

では、今回はここまでです。参考になれば幸いです。

では、貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

皇悠・・・拝礼。

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真言宗・日本密教における伝授・伝法の資格

御覧頂きましてありがとうございます。

どうも、皇悠です。さて、今回は空海の断り状事件をネタに記述します。

さて、空海と最澄の事を調べますと一つの事件に行き着きます。それは天台宗の祖の最澄が日本における密教の第一人者(多分、当時の東アジア最大級の密教徒)たる空海に理趣釈経(密教の代表的経典の一つ・理趣経の解説書)を借りたいと申し入れたが、空海はこれを断った事実・事件です。これはよく知られてますね。

しかし、これが事実上、日本における密教の分裂、そして後に鎌倉仏教の揺籃の地・天台宗が空海系の密教を断念した事による迷走・多様化の道を開いたのはあまり知られない事です。

さて、この断り状の内容は、空海も最澄も今では押しも押されぬ大宗派の一宗一派の教祖なのであたりさわりのないようにぼかして説明されている事が多いのですがその内容は強烈です。

事実、梅原猛氏の現代語訳した断り状の内容はもかなり生々しいモノです。

『・・・貴方は『理趣釈経』を借りたいと言っていますが、理趣ということは何のことかご存じですか。理趣、すなわち道理に3種があります。耳で聞く理趣、それは言葉です。何よりもあなたの言葉です。貴方はその言葉を貴方自身の中に見いだすはずです。

目で見る理趣、それは物質です。その物質は手近には貴方の身体にあります。貴方はこの理趣を貴方以外に求める必要がありません。

心で思う理趣それはあなたの心です。どうしてよそに求める必要がありましょう。

貴方にはそのことを䏦。近い所に貴方自身の中に理趣がありながら、貴方は別の所に理趣を求めていなさる。貴方は真理を紙の上にのみ見る人のようであります。紙の上より、真理は貴方自身の中にあるのです。

貴方は聖者か凡夫か。聖者なら何も求める必要はありません。凡夫なら仏の教えに従う必要があります。仏の教えに従うならば、誓いを慎む必要があります。誓いを破ったら私も貴方も困るのです。

誓いとは、法は正しい受け手以外には伝えないという事です。正しい受け手は、真言密教の場合、密行の行を修め、その心を大日の心に等しくした人です。貴方は行を修めましたか。あるいは行を修める気があるのですか。

何かが間違っているのです。行を修めるより、いたずらに字面だけで密教を知ろうとすること。それは本末転倒もはなはだしいものです。

もし本当にあなたが密教の真理を知ろうと思ったら、真の密教僧となり、行を修める支度をしてきなさい。そうしたら喜んで密教を教えましょう。・・・』
(最澄瞑想/梅原猛/佼成出版社から引用)

要するに、最澄は密教の修行はやっていないし、最低限度のその経典についての基本的な事も理解していない。つまり最澄は密教の正しい受け手とは言えない。沙門空海としては、正しい法の受け手ではない最澄に理趣経を伝えるのは破戒となるので出来ないと言う事を懇切丁寧に述べています。

感覚的な低学歴・ヤマンバギャル風にいえば、「はぁーーー、何言ってんの?あんた馬鹿?笑える・・・、もしかしてマジッ!うけるんですけどーーー」という事ですね。

密教徒としての空海から見たら、最澄は不真面目にして横着な密教修行者で、特別な才のない凡夫にすぎない。その凡夫がまして密教を奉じずに天台の教徒のままで学ぶ事は許容出来ないでしょう・・・。

まして、天台の後継者の枠から出て、修行せずに密教の知識だけ欲しがるのは、許せないと感じさせられる激烈な一文ですね。

しかし、こういうさもしい根性(今まで学び・武器にしていたモノを捨てずに、それ以上の両立しない別のモノをも欲しい心・・・)を指摘された当時の国一番の僧侶とされ、天台宗のトップの面目を丸潰れにされた最澄は、その指摘が激烈すぎではありますが、そのものズバリを指摘された為に、終に最澄はこの手紙に反論が出来ずに生涯を終えます。

しかし、空海からの伝授は諦めつつも、密教への関心が消えない最澄は老化による渡航の不可能を鑑みて、弟子に本場の中国から学ばせる手段を取ります。しかし、いくら喧伝しようともその弟子の器は空海以下だった為か不完全or歪な伝授・請来に終わりました。

以後、天台宗は混在化・多様化・整理されないままの並列学習・複合修行の体系になり、(よく天台宗は仏教の総合大学と呼称されますが、つまり学問・信仰として整理されない仏教宗派になり)後に鎌倉仏教という後世の弟子達によるその矛盾の打破、整理化の為に選択された分派を続出させます。

さて、こうした最澄の「まず理屈でそれを知ろう」」とする点は現代人の気風と相似たところがありまして、とても他人事とは思えませんね。この最澄の問題は、現代人全体の問題でもあります。

曰く、「「理屈で納得しないと何も修行をしない」と言う事ですね。」しかし、所詮は先人達の試行錯誤の産物でしかない、行動体系の修行や多くの呪術に信仰・哲理などを如何に突き詰めようと理屈では納得出来ない部分が必ず残るのですよね。

そういう訳で、何故かこの世界には弁や情報は多いのに何も出来ないお間抜けな人が多くいます。自戒の意味も込めて気を付けたいものですね。

さて、今回はここまでです。

では、貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

皇悠より・・。

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2008年11月21日 (金)

ある有名グル 和尚ことバグアンの苦難と覚醒

御覧頂きましてありがとうございます。

どうも、皇悠です。(まず、今回も引用だらけで長いです・・・。)

さて、今回はバグアンことOSHOの彼曰く覚醒前の体験を元に幾つか記述します。

と言う訳で、以下はOSHOの苦闘の記録です。近頃、インドの聖者の本を読んだために何故かインドずいてます。

では、第一章・精神の暗夜

『どんな小さなことでも、疑いまた疑いの連続でしかなかった。・・・・疑問は解答を得られないままだった。ある意味で、私は狂人同然だったと言っていい。自分でも今にも発狂するのではないかと恐れていた。夜は眠れなった。

 夜も昼も・・・・・・わたしは疑問に取り巻かれていた。言うなれば、船も捕まる岸辺もなく、深い海の真っただ中に取り残されていたのだ。そこへ船が通りかかったとしても、自分でそれを沈めるか拒絶してしまっていた。船も航海者も数多くいた。が、わたしの方で・・・・・・ほかのだれの船にも足をかけようとしなかったのだ。

 もしこのこと、つまり自分で自分を溺れさせることが、わたしの生の導いてゆく所だとしたら、それも甘んじて受けいれるしかないだろうと感じていた。

 私の状況はまったくの闇としか言いようがなかった。それはあたかも、暗い深井戸に落ち込んだかのようだった。その当時、私は何度も、底なしの井戸のなかへどこまでもどこまでも落ちていく夢を見たものだ。そして何度となく・・・・・・汗びっしょりになって夢から覚める。その落下には終わりがなく、地面も足を乗せる場所もないのだから・・・・

私に取っては、はっきりとした道などなかった。何から何まで真っ暗だったのだ。踏み出す一歩一歩が闇に閉ざされていた。目的もなく不確かだった。私の状況は緊張と不安と危険でいっぱいだった。』(反逆のブッダ/ヴァサント・ジョン/メルクマール社から引用)

その後のOSHOは、一年のあいだ、何がどうなっているのか殆ど判らない状態だった。食欲も消えうせて、何日たっても、何の空腹も、何の乾きも感じない。自分に無理やり食べさせ、無理やり飲ませなければならなかった。

OSHOは、自分自身を感じる為に、毎朝毎夕、五マイルから八マイルほど(九~十三km)走ったので、人々はOSHOのことを気ちがいだと思っていた。何か言ったら、自分が狂っているのが判るので、OSHOは、誰にも話しかける事が出来なかったので、自分の部屋に閉じこもっているよりほかになかった。

それは一年間続いた。ただ床の上に横たわって天井を見上げ、1から100まで数えては、また逆に100から1まで数える。まだ数を数えられるというだけで、少なくとも何かではあった。何度も何度も、途中で忘れてしまう。ふたたび焦点を取り戻すのに一年かかった。

しかし、何万もの弟子・何十モノ講和集を出した組織宗教のトップが自分の覚醒以前のみっともない状況を自ら公表することは大変勇気のいる事で、珍しいモノですね。

大体、覚醒以前は「唯の人」なのだから、唯の人がひどいノイローゼか精神分裂病みたいな状態になっていた事を発言するのは、大変珍しいことですね。というのは、この人は自分の講和集ではさんざんピースフルとか、ハッピネスとか、エンライトゥンメントとか言っているくせに、この自身が創始して宗教は、ノイローゼや、精神分裂病になるような事をするのかと世間の人に思われうるからであり、更に手前が(あえて書きますが)気違い・狂人・精神病患者であったとカミング・アウトするのはやはりすごい根性だと思います。それに、組織拡大上の大きなデメリットにもなりますからね。

ただ、そういった部分にこそ、我々唯の人が、そこら辺にある埃程度の存在が覚醒に至るプロセスやヒントが示唆されているのかもしれませんが・・・。OSHOのこのエピソードに限らず、絶対的な光明・英知の前に、精神の暗夜とか自我の死というのは避けて通れない事を、シャーマンになるためのイニシエーションや多くの伝説・説話でも、世界各国の神話も中でも、暗示してますから・・・。

また、このように暗夜とは、ほとんど精神病の事なので、こんな状態では、社会生活を営むのは非常に難しいです。しかしそういった状態を通過していかないと、宇宙意識、ニルヴァーナ、神、仏といったものに、最終段階のアプローチが出来ないのもまた現実なのですよね。ちなみにこれの詳しい実例集は掃いて捨てるほどありますが、私としては精神科医のユングの自伝がお勧めです。

さて、社会全体の視点から見れば、こうした状態の人を無条件に社会から排斥、隔離するのが現代社会の実態ですね。勿論、このような精神病(いまでは統合失調症と言いますが・・・)の患者の中にもそうした人は数少ないだろうが、高い精神性をはらんでいるかもしれない人をも社会は受け入れず、分離してしまう・・。こういう大きなジレンマが、現代社会全体に突きつけられた、次の時代の精神性を迎えられるかどうかの一つの鍵になっている気もしないでもありませんが・・。

そういうわけで、私としては微力ながらまずそうした状態があると言う事について理解して貰いたいと思います。

第二章・苦難の終わり/光明の始まり

さて、都合OSHOは、約一年間このような精神の暗夜・苦闘を過ごしました。そして、7日間の神秘体験を経て、1953年3月21日に大悟したと独白してます。

さて、その七日間の始めに、OSHOは自分自身と取りくむのをやめて、探求がやみ、何かを追い求めなくなり、何かが起こるのを期待しなくなったそうです。OSHOは、実に希望のないお手上げ状態で生きていたが、同時に何かが湧き上がってきてもいたそうで、その状態を「希望が不在だったが、とても平静で、穏やかで、まとまっていて、中心(センター)が座っていたので、希望も絶望も消え失せていた。」と描写しています。

希望も絶望もないこの状態は、原始仏教の分類で言えば、無所有処定(なにもかもがないという意識)または、非想非非想処定(なにもかもがないという意識もないという状態)で、混沌魔術ではニーザー・ニーザーとでも言うのでしょうか・・・。さて、どちらにしても、窮極の状態ではなく、一歩前の段階であるようでその先に彼は進みます。また、これほどまでに細かく心境を描写して貰わないとこうした分析すら出来ない物だけれど、わざわざ判るように説明してくれたOSHOのマメさ・親切心には頭が下がります。

さて、『その希望のなさは、絶対的で全面的なものだった。希望が消えて、それといっしょにその片われである絶望もまた消え失せていたのだ。それはまったく新しい経験だった。希望がないという状態---。それは否定的消極的な境地ではなかった。・・・・・・完全に肯定的、積極的だった。それはただの不在ではなかった。ある<現存>が感じられた。私の中で何かが溢れ出していた。氾濫していた。

そして、私がお手上げだったと言うのも、辞書に出ているような文字通りの意味ではない。それは単に、わたしが無自己だったということだ。それが私のお手上げという意味なのだ。私は自分がいないという事実を認識した。

だとしたら、自分というモノに依って立つことは出来ない。だとしたら、自分自身の地歩に立つことは出来ない。・・・・・私は・・・・・底なしの奈落に落ちこんでいた。しかし、そこに恐怖はなかった。なに一つ守るべきモノはなかったからだ。そこに恐怖はなかった。誰も怖がる者がいなかったのだから---。』
(反逆のブッダ/ヴァサント・ジョン/メルクマール社から引用)

さて、これより先は彼は詳しい説明・記述をしていませんが・・・。

第三章・光明/神の体験

『私は眠りについた。それはとても不思議な眠りだった。体は眠っていたが、わたしはさめていた。それはじつに奇妙だった。まるで、自分がふたつの方向に、ふたつの次元に引き裂かれているかのようだった。まるで、二極性がその極致に達したかのようだった。自分が同時にその両極であるかのようだった。正と負が出会っていた。睡眠と覚醒が出会っていた。死と生が出会っていた。それこそ、「創造主と創造物が出会う」と言うにふさわしい瞬間だ。   

 それは気味が悪かった。生まれて初めて、それはまさしく根底から貴方にショックをあたえる。あなたの基盤を揺るがす。その体験のあと、あなたは二度ともう同じ貴方ではありえない。それは貴方の生に一つの新しいヴィジョンを、一つの新しい質をもたらすのだ。

 十二時近くになって、突然目が開いた。私が開いたのではない。眠りが何か別なモノによって破られた。私は、部屋の中の自分の周りに一つの大いなる<現存>を感じた。それはとても小さな部屋だった。私はあたり一面に脈動する生命を感じとった。大いなる波動だ。ほとんどハリケーンといってもいい。光の、喜びの、エクスタシーの大いなる嵐---。
 それが実に途方もなく現実的であるあまり、何もかも非現実的になってしまった。部屋の壁が非現実的になり、家が非現実的になり、自分自身のからだも非現実的になった・・・

 その夜、もう一つの現実(リアリティー)がその扉を開いた。もう一つの次元が姿を顕わしたのだ。突如として、それはそこにあった。もう一つのリアリティー、分離したリアリティー、本当に現実(リアル)なるもの・・・あるいは呼びたければどう呼んでもいい。<神>と呼んでもいいし、<真理>と呼んでもいい。<ダルマ>と呼んでもいいし、<タオ>と呼んでも、ほかのどんな呼び方をしてもいい。

 それは無名なるものだった。しかし、それは厳然としてそこにあった。実に透き通っていて、実に透明で、しかも手で触れるぐらい確固としていた。その御蔭で、部屋の中は窒息しそうだった。それはトゥーマッチで、私にはまだそれを吸収する力がなかった。(中略)

まるでなんでも好きな事が出来るかのような、途方もない力が湧いてきた。そこに私はいなかった。ただその力だけがあったのだ。』
(反逆のブッダ/ヴァサント・ジョン/メルクマール社から引用)

この体験の前半の「光の、よろこびの、エクスタシーの大いなる嵐」は、既に個人の心理現象ではないと見ると、物質も、精神も超えたところにいるようであるので、原始仏教の分類で言えば、滅想定(心の働きが一切尽きてなくなり、全く平穏静寂な禅定)と考えられます。

さて、この体験の後半で、ようやく言葉では表現出来ないものに、OSHOは出会ったみたいですね。

さて、彼の体験で面白いのは、基本的には彼は公式には師やある種の体系に沿わずに我流で訓練を行いながらも、西洋魔術・魔術カバラの至高の三つ組みの体験をしています。これは神秘のカバラーをお読み頂くと納得頂けると思います。ただ、彼の場合に残念なのは、以後の彼の人生を彼の評論集・自伝をみますと確かに彼は至高の、または大いなる深淵を行き英知と力を得たのだろうと思いますが、彼の弟子から彼と並び証される人物が出てきていないことから、彼は偶発的に出た人物だったと分かります。

呪術や祈祷の世界に限らず学問・技術の世界で、後継者・次期宗家が出ないという事はその技術・体系はある意味で不完全だったと言えますからね。もしちゃんと技術・体系として一部でも完成・構築していれば師の亡き後に技術・英知の弟子による批判の上に改変や先鋭化などが起こるものですが・・・、残念ながら彼の弟子は彼のやり方をリピートしているだけに、見えます。彼の弟子の本を見る限り・・・。

まあ、私とは縁のない体系なので、気軽に引用&批判しました。何かの参考になれば幸いです。

では、貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

皇悠より・・・。


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ある信仰者とその弟子・ラーマクリシュナとヴィヴェーカーナンダ

御覧、頂きましてありがとうございます。

どうも、皇悠です。

さて今回の内容はインドのある信仰者の師弟の話です。まあ、有名な方々なのでいまさらと言う気もしませんが,日本の似非詐欺師or妖術師としての戯言にお付き合いください・・・orz。

さて、19世紀の人、この記事に取り上げる師の方のラーマクリシュナは、信仰&熱愛のヨーガことバクティ・ヨーガ(献身)が最も容易な道であると語り、その道を進んだ方でした。彼はある神を熱烈に愛して、神に渇仰心をもって祈り、涙を流すそんな人でした。「それでは、どうすれば、そうなれるのだろうか・・・」と彼の話を聞く人はよく思うそうですが、彼はアッケラカンとこう言います。

『憧れを持って、母(神)を呼びなさい。あの方を見ることができたら、世俗の快楽の甘美さ(糖蜜)は、乾いてしまう。自分の母であるという思いがあれば、直ちに実現します。あのお方は義理の母ではありません。実の母です。

母に憧れを持って、子供のようにおねだり(強要)しなさい。(中略)あのお方は、必ず姿をお見せになります。』
(ラーマクリシュナの福音/東方出版から引用)

以前に記述しました歓喜天こと聖天様の和讃みたいに、これほど純粋に童心に帰って、神を請い求めるのであれば、神もその姿をお見せくださるような内容ですね。まるで、そう出来ない人の方が可哀そうな言い方です。しかも、それが一面で事実なのがムカつきますが・・・。

さて、当時の19世紀のインドではまだまだ農業が主要でのんびりした土地のようで、このようなバクティの行の歓喜に恍惚となることを皆にお勧めしても、違和感はなかったと思います。現代の日本だと無理でしょうが・・・。

まして、それに恋い焦がれるあまりに、しばしば恍惚に浸るのは現代の都市に住み、農業人口がせいぜい1割の商業・工業中心の社会では、情動をだんだん高めて行って、神の愛に酔い、『母よ私を狂気させて下さい』とまで盛り上がる状態になるのは、クラブ(ディスコ)などの特殊な空間以外では難しいですね。

それに加えて、ラーマクリシュナは大麻好きらしくで、こう言うのは素面では難しいのかもしれないとも思います。ちなみに彼はほとんど小さな寺院の寺守りとして人生を終えます。

さて、ラーマクリシュナ自身は確かにインド的定義では神人だったと思いますが、19世紀インドの風土という背景は無視し得ないモノもありますね。今ここにラーマクリシュナがいたら、日本では家族か身内が即精神病院送りするという話になるでしょうね。

また、彼は性欲が薄い人らしく、ラーマクリシュナが一人で坐っている時に、誰か女性がやって来たら、ラーマクリシュナは、全くの子どものような状態になってしまい、「その女性は宇宙の母親、太母であるという明知」を持つとすら述懐している始末。「おいおい、お前・・・いくつだ?」と聞きたくなるような事を中年になっても言い放つ人でした。

更に、結婚したばかりの弟子の一人に、美しい奥さんであっても、肉体的な交わりはせず、神の話だけしなさいというアドバイスまでしています、現代ではセックスレスは立派な離婚要因で認められますから、現代での彼のアドバイスはキツイデスネ・・・。きっとラーマクリシュナ自身の結婚生活がそうだったからなのでしょうが・・・・、まあ、成人の彼は家族の勧めで初潮前の少女と結婚したほどなのでそうなるでしょうが・・・。当時のインドでは当たり前の風潮とはいえロリコンにもほどが・・・。

さて、ラーマクリシュナの虚弱な肉体、母なるカーリー女神との渇望としばしば起こった一体化とその恍惚の歓喜、そして常習的な大麻好き。こうした彼の信仰生活の中に肉身の女性は、入る余地がなかったと言う事になるでしょうが、彼がヨーガの達人に弟子入りしていながら体質改善・心身の強化に進まなかったのは彼の道が完全に肉体的な強さや性的モノとは関係がないか、その必要性が少ない証ですね。しかし、ヨーガが往々にして、肉体的な強さや精力を重んじるのに対して珍しいです・・・。

また、仮にラーマクリシュナ自身が強壮な肉体ないしは普通の体力の肉体を持っていれば、あれほど簡単に太母神との合一は、起こらない可能性もあります。事実、後述する彼の弟子は人並み以上の体力の持ち主のためか師と違う道に行きました。

さて、彼が高名になったのはあまりに彼の弟子のヴィヴェーカーナンダ(1836~1902)が名声を得た為です。彼は、インドのバクティ・ヨーガ(献身)の聖者ラーマクリシュナの後継者と自他共に認められながらも、一番の弟子とされながらも異なる道・ヨーガの聖者になりました。

さて、その彼・ヴィヴェーカーナンダは、弟子入りした前からニルビカルパ・サマディの体験と言うものに憧れていましたそうです。それは絶対者との合一体験だそうですが・・・。そしてある日突然それがやって来ましたが・・・。(なお、文中のナレンドラは、ヴィヴェーカーナンダの名前です。)

『彼はいつものように瞑想に没頭していた。その時突然、あたかもランプが頭の背後で燃えているかのように感じた。その光はますます強烈に光を放ち、最後に破裂した。ナレンドラは、その光に圧倒され、意識を失って倒れた。しばらくして、正常な状態に再び戻り始めた時、彼は自分の頭以外の他の肉体の部分を感じる事は出来なかった。(中略)

ナレンドラは長い間意識を失ったままであった。正常の状態に再び戻った時、彼はこの上ない安らかさに浸っていた。

彼が師ラーマクリシュナの部屋に入ったおり、師は言った「いま母神がお前に全てをお示しになった。しかしそのような実現は鍵をかけられた箱の中の宝石のように、お前から隠され、私の管理のもとに置かれる。鍵は私が預かっておく。お前がこの世での使命を遂行した時に初めて、その箱の鍵は開けられ、お前は今知った全てのモノがわかるだろう。」』(スワミ・ヴィヴェーカーナンダの生涯/法律文化社から引用)

さて、このようにヴィヴェーカーナンダは、その光・体験に出会う事は出会ったが、結局その時は何が起きたのかを理解する事は無理だったようですね。その光・体験は、「遠くから星」のような小さな光として眺めたのではなく、間近で「光が破裂」したのですから、相当な至近距離での出来事と思います。ただその体験を理解し咀嚼する事が出来るほどには、 ヴィヴェーカーナンダの霊的成熟というか器というか知識の咀嚼というか前提条件が十分ではなかったという事でしょう。

さて、こういう体験・出来事も時にはあります。魔術師から僧侶になったアラン・ベネットも似たような事が報告されていますから・・・。

さて、ラーマクリシュナの後継者であったヴィヴェーカーナンダが世に知られたのは偶然に出かけた世界レベルの宗教者会議に参加して、そこでの説法・講演のあまりの素晴らしさから一躍に時の人になりました。(ただ、以後、請われながらもその種の主に欧米での求道心のない人々を相手に講演させられたことには辟易していたことがあったようですね。)

さて、この違いすぎる弟子が師の神に触れたのは北インドのスリナガルでです。その時、カーリー女神への冥想が深まり、「暗く、苦しく、不可知なる面」に全神経を集中して、「恐怖の一者」(カーリー女神)を見神して、彼は、暗闇の中で次の詩を書いて力尽きて倒れたそうです。そして、ヴィヴェーカーナンダのこの詩は、バクティ(全身全霊の熱愛で神に献身する事)により、「死と世界の本質を見るに至っている」と描写されるほどの内容です。しかし、描写がひどく、この世の地獄か何かでしょうか・・・?とても怖い内容です。

『「母なるカーリー」

星々は、消え雲が雲をおおい闇は震動し鳴り響く,

吠えたけり渦巻く風は幾百万の狂える魂であり、
牢獄より放たれ樹々を根こそぎもぎ取り全てのものを道から一掃する。

海は騒ぎたち山なす波を巻き上げて暗黒の空に届く。

蒼白い稲妻の閃きは四方八方に汚れた黒き幾千もの死の影を現す。

疫病と悲哀をまき散らし歓びに狂い踊りながら、来れ、「母」よ来れ!

恐怖は汝の名前であり、死は汝の呼吸であり震える歩みの一歩一歩が永久に世界を打ち砕く。

汝よ、時よ、万物の破壊者よ来れ、おお「母」よ来れ!

悲惨をあえて愛し死の影を抱きしめ破壊の踊りを舞踏するもの・・・彼のもとに「母」は来たる。』
(スワミ・ヴィヴェーカーナンダの生涯/法律文化社から引用)

さて、この師弟の守護者にして導師のカーリー女神は、死と破壊を属性にする大女神です。事実、この女神の信仰には歴史上何度も殺人儀礼や生贄祭儀が頻発しています。そして、現代でも殺人こそありませんが、動物の血や肉体を捧げる事は常習となっています。また、こんなにも恐ろしい女神に守られているのなら、下手な呪術師・行者に恨まれても彼らは平気でしたでしょうね・・・。事実、お釈迦様の時代からインドでは呪術師同士・宗教家同士のシェア争い、非難合戦は多かったですから彼らも実際はそれなりに戦い競っていたと思いますし・・・。

しかし、このような神を愛し歓喜に震える師も師なら、話術とその知性で民衆を魅了した弟子を導き守護した者が共に破壊の女神というのはすごい話です。片や破壊神に狂う師、片や知性で人々を魅了する弟子・・・。

しかし、ヴィヴェーカーナンダ自身、「汝(カーリー女神)は私を殺害しても、それでも私は汝を信頼します」とまで言ったので信仰者としても彼は素晴らしいですね。ここまで、至れば確かに師のように純真さや童心さはなく、時に信仰心の反対・逆の属性とみなされる知性・話術に長けた彼が神に愛され導かれたのも分かる気がします。

ただ、ここで言う「殺害や死が肉体(自己の生命)のそれを指すのか、自我や精神などのそれを指すのか・・」は不明&疑問ですが・・・。

さて、今回はかなり何時もと違う面から信仰心について、記述してみました。参考になれば幸いです。個人的にはこういう深い信仰者に成りたい者ですが・・・。

では、貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

彼らのように素晴らしい信仰心がなく、負けた気がしている皇悠より・・。




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呪術・祈祷のアイテム・・

御覧、頂きましてありがとうございます。

どうも、皇悠です。さて、今回は魔術・祈祷におけるアイテム・ドラックなどについてです。

ただ、こういうのはファッションとも言い切れない面があるのですから、また面倒というか難しいというか、本当に複雑なんですよね・・・(苦笑) 。

よく通信販売とかで魔神とか占星術記号とかオカルト系の絵やサイン(象徴)何かをプリントしたシャツや指輪なんか普通に買えますから・・・ね。

また、「祈祷」や「魔術」にも様々な種類があって、アイテム/道具の存在を前提とした体系・術もまた存在するんですよね。例えば真言宗とか天台宗は法具なしではまず儀式出来ません。また、ニューエイジ系の霊媒体質の人とかがよく宝石や貴石を触って「この石はゾクゾクする感じがする・・・」とか「この石は暖かい感じが・・・する」とか、石から発せられる何かを感じるって話を聞いた事は無い人はまずいないかとも思いますし・・・と言うか私のブログを閲覧している人はそういう話は聞き飽きて再訪されているんでしょうね・・・・多分、違うかな?

さて、そういう波長を発するアイテムをちゃんと人為的にある目的の為に作成するのが「魔術的なアイテム」であり、それは魔術や儀式の目的(使用者の目的・使用者の波長)等で細かくカスタマイズすべきモノであるんですが、言うは易し行なうは難しな事は、容易に想像出来るでしょうか・・・。良く幸運の00とか、開運の××とかありますが本当に個人に的確に効果・影響をもたらすアイテムはその作成自体がかなりのセンスと実力が要ります・・・。

正直に言いますと、私はセンスも創作する才もないので出来ませんし、身につけられませんでした・・・orz。我が魔術の師はプロでしたが・・・、だからそういう人が創作した物は確かに効きます。ただし材料費やそれを効果あるものにする儀式や祈祷はいろいろ大変で時間も金額も掛かりますのも当然で高額&希少な物になります・・・。だから、普通に流通しているモノはまず値段の割りに効かない偽物ばかりですね。

ただ、基本的に祈祷や呪術ではどの体系でもアイテムは補助であり、主では無いので、こういうものに頼る人はそれなりの実力以上の人は見向きをしなくなります。

また、必要無いと思ってる人は多くいまして、使う場合も「結果が望むようになるにはどの方法にしたらいいのか」と考えた上で、出来るだけその方法に直結し易い物を選ぶようなります。似たような効果の物を選んだとしても、直接効果がある物よりいくらか劣るということはすぐに分かるとも思うからか少数精鋭傾向に・・。だからか、直接効果がある物だけを探すため、近くに求める物がなかったら似たような物で済ませないで、随分遠くへ探しに行く事にならないといけない訳で・・・。

その為、場合によっては魔術・祈祷の実践は大金・時間を使うのかもしれないですが・・・。

また、必要なアイテムといえば「自分にあう物」「現在必要な物」位しかない認めない方とかも居られるとも思いますし。だから普通は何もかも揃えて置く必要はなく、その時ごとに揃える人もいます。逆にそれでも沢山揃えている人もいますが・・・。

ただ、そういう人は、今思いつく限りでは2パターンしか判らないんですけどね。
「いざと言う時の応急処置用」or「アイテムのお店をやっている方」事実、場所や資金面でお店でもやっていない限り、何もかも必要&用意、という事の理由がないので・・・。

それに、いざと言う時でも自分の対処法の癖とかがあるので、緊急の時でも意外と自分の固有の行動・同じような行動を取る者なので、基本的にはよく起こる問題に対処できればいいので・・・。

ただ、ファンタジー物の作品などで旅をする魔道士などの彼らはほんの少しのアイテムだけで後は手ぶらですけどね 。まあファンタジーは作り物だけど、作品だって矛盾した物を作るわけには行かないので、仮説の机上の空論と言うやつですね。また、手ぶらで歩けるようにする工夫の仮説」には充分使えるような気がしますし・・・。ただ、全ての道具をイメージ・変性意識で済ますと言う方法論もありますが・・・。流派次第なのでしょうか、どうでしょう・・・?

ただ、事実、シャーマニズム系のイニシエーション・シャーマンの病にも不可欠とされる変性意識状態=Altered States of Consciousnessと、それを惹起するための各種のメソッドについてはですね、やはり「導き手」の存在なしには、どこへ着地するかわからない、大変危険なものだ、という思いがあります。これは個人で行う「瞑想」において「魔界」の認識を持たずにどんどん進めてしまうのと同様の危険性を秘めているのでは?と考えます。

また「ドラック=薬理効果のある全ての物質」で垣間見る異界も、「訓練」で垣間見る異界も、どちらも先達の探求なくしては道標なき未知の世界でしょう。しかし、先人・先達たちがその異界をシンボル化し、体系立ててその細い小道を外れずに辿れば、一応の到達点に到ることが出来るという(あくまで統計的にその確率が高いということだろうけど)手法が各地で確立してあります。

しかし、そうした手法なり導き手なりはまずこれまでもそして、これからも隠されて行くでしょうね(隠されたもの=オカルト、って意味ですし・・・)。多分、これからも隠され続けていくのでしょう、つうか白昼堂々と語ったらよくて変人の烙印押されて社会的抹殺されるか、あるいは組み込まれて一生不自由な生活を送るか、ではないでしょうか?それに、この人を導くのにはセンスが要りますし、未熟な他人を導くより自分でどんどん探求した方が遥かに楽&楽しいのもありますし・・・。

それでも、各時代ごとに変革者たちは「これから時代が変わる。オカルトは開かれた知識となる」と語りガチですが・・・。実際、錬金術なんかは開かれて化学などの萌芽となりました。そう考えると、変革は人知れず訪れてくるものなのでしょうか・・・。気が付いた時にはもうその只中にいるようなーとかねえ・・・、それに薬物使えば大体どんな体験も出来ますし・・・。それに人類の歴史上で最初に神秘的な体験をした人の体験というのと多分同じ位で大した事ない位のモノはできるかとも思いますし・・・。

呪術や祈祷、オカルトの歴史自体が『ある人がその体験を他人に話す。⇒他人はその情報を知り真似してみる。⇒しかし、その人がする神秘体験は最初の人とは少し違う。⇒ 最初の神秘体験の知識があるから似ているが、精神構造が完全に同じではないから近似値になる。そしてその経験が更なる進歩に繋がり技術の改良。⇒ 次の人もそれを踏まえて行うが、これまた似ているが少し違う体験をする。』こういったことが積み重なって、現在のような精神・宗教の呪術・祈祷の世界/巨大な体系が出来上がっていったのでしょう。

ただ、基本的にその人が知ってる事なら大体薬と導き手の指導力と被験者の実力しだいで体験はできます、特にお薬の服用関係と優れた誘導者の力で・・。 事実、世界中で1960から1970年代は近似値の体験をしたひとがゴロゴロいました。 ただ、彼らは体験はしてもそれだけで終わった人がほとんどでしたが・・・。

ただ、かといって、まったく意味がないわけでもなく、多くのサンプルと例外的な専門的な研究者などに意識の中に必要な情報を入力済みの場合にはそれなりに有益な新しい情報が生まれることもありました。そんな感じかな。それと、お薬系で予知系はまず出来ないけど、頭の良い人ならかなり正確な予測は出来るかもしれないですね・・・。

ただ、瞑想でもドラッグでもそうだけど、キリスト教しか知らない人がそれらの方法により仏教の神々の名を知ることは不可能に近いですね。歴史をみれば分かるけども、それが出来た奴・聖人・導師などは存在自体していないですから・・・。

ただ、新しい神の名や姿などを知ることは出来ます。・・・・誰も知らなかった神の名なら、特に。

それと「ラリってるから異世界に行くんだよ」という意見もあります。自分の意識システムのラリる場所、割合等によって体験は異なってくる。例えば、時間に関する概念を司る部分だけがラリれば、時間が前に進んでるんだか後ろに進んでるんだか分からんが、意識自体は正常って体験をする。意識は非常に複雑なんでうまく説明できたとは思えないけど、参考にして頂けたら光栄でございまする結局、多くの体験をしても、異世界の事を人に話す事は無いだろうと思うのです。話したら、単なる電波として扱われて、それでお終いです。

私も、周りの人間にはそんな事を話しません。オカルトにも興味無しといった態度を取っています。だから例え周りの人間で、偶然同じ異世界を感じていたとしても、その情報の共有というのは、まずあり得ないものだろうとも感じ・思うのですよ、個人の内面からくる個人的「異世界」なのか、それとも複数の人間が共通して知覚できる「異世界」なのか。結構核心ですよねそれ。集団催眠?(あなたのリアルはわたしのリアルなのか?という問題です)

ある「道」を習得というか、「専門的な研究者のように、意識の中に必要な情報を入力済みの例」というか、具体例を挙げるなら、仏教を学んで、ある荒行をやると(三千日座禅?)堂の中が三界の仏で満ちているビジョンを、どの僧も必ず視る、という話を聞きますね。

また、別の具体例だと、例えば遊びで向精神薬を服用する際も、その「とぶ方向」をとびなれている人(幻覚を見慣れている人)が語ることで、幻覚に、ある一定の枷というか枠組みを規定し、同じような「異世界」を見させることは出来ます。というかそうしないとバッドドリップの危険性が高まって窓から飛んじゃうし、家から飛び出すし・・・。

3例目は。「チベット死者の書」ですが、いまわの際の、瀕死者(肉体の痛みを抑えるために、ドーバミンが大量に出ているはず)に対し、今その人に見えているはずのもの、知覚しているはずの異世界を耳元で僧が事細かに描写し囁くことで、初めて出会う「異世界」=死に対する恐れを取り払う、というコーマワーク・リアルタイムカウンセリングみたいな手法だと思います。

他の例に、「月光を浴びながら寝ると同じ夢を見る」とか、「夢の中で落ち合う約束」とか、
魔女なら、「いついつの夜には誰それの家の屋根の上で」と約束してから体に膏薬を塗って床に就くと、そこへ飛んでいくという共通体験をする、ということとか、かな?

こういうのは潜在意識ですかね?これを本当に自在に活用出来たら、すでに人間の領域を超えてしまいますよね。時空の束縛、及び死から解放される訳ですから・・・です。いわゆる神秘行を極めた方が出来るようですが、実際のところはよく分りません。

成功哲学のマーフィー、ヒルが言っているのはポジテイブシンキング、そしてこいつをプロシーボレベルまで昇華させる段階。潜在意識というよりは思考のメカニズムに働きかける技術だと思います。

有名なのが、ただのビタミン剤を風邪薬と偽って飲ませると風邪が治癒した実験ですね。また本田宗一郎が創業時毎日朝礼で「必ず世界のホンダになる」と自分や社員に働きかけてついに実現した事例など。自己啓発を目指すならこの辺のレベルで十分ですよね。

もしさらに上の段階を目指すのであれば、仙道、西洋魔術、ヨーガetc・・・神秘行や宗教系の奥義を極めていくしかなく、「難しいですが精進してください。」で終わりです。

完全に自分ひとりでソロ・自己啓発が出来るんなら苦労はないですが、まず無理です・・・な。プラセーボもポジシンも始めの導き手、悪く言えば「だます役」が必要です。

しかし、『 「上の段階」に神秘行ねぇ?』『 いやぁ、この人の言ってる事、味があっていいわぁ(笑)。 』という人は勿論いると思いますが・・・

ただ、私には、目的が当時あったので。その目的の為には、登れない梯子に足をかける訳にはいかなかった訳ですし、だから、ちゃんと登れそうな梯子に足をかけて進みました。ただ、全ての人に、時間は無限にあるという訳ではないのですので、むしろ、時間の少ない人の方が多いのではないでしょうか・・・。目的と選択は不可分ですし・・・。

だからこそそういう意味で進む・辞めるなどは、自分の信じ・望むべき梯子だけを選び進むべきと思いますが、無理な場合も多いですし・・・、単純に「自分が完全に納得出来るだけの理由が欲しい』とか「不安に耐えられず立ちすくみ、時間とチャンスに金の無駄使い」な人も多いですね。

そういうのは判断基準が違う、というだけの事なんでしょうが・・・。人の考え方はそれぞれですが、別にこういう人を批判しているつもりではありません。 別例ですが実際に加持祈祷をなされた僧侶の方は、言うのもおそろしい、ようなことを故司馬遼太郎氏が本に書いていました。詳細はこんな感じだったそうですが・・・

『 司馬さんは新聞社で寺、神社について書く記者をしていたそうです。
それで知り合いになった、僧侶の方に、「祈祷によって雨がふらせられるなんて本当に信じているのか」と尋ねると、突然にぶるぶる震え、「それは聞かないでくれ」といった・・・』とか。

さて、何事も、よい判断には多くの情報や知識、雑学がいるので私はその一助に成ればと、このブログを立ち上げ、投稿していますが・・・、どうでしょうか?今回、色々難しく推論が多く、複雑な問題があるので結論は出しえませんので、今回は此処までです。

では、貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・。

皇悠、拝礼。

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2008年11月20日 (木)

古今修行者気質

御覧頂きましてありがとうございます。

どうも、皇悠です。

さて、今回は臨済宗の白隠禅師の故事から古今修行者気質について記述しようかと思います。

さて、禅師の幾つかの文献によると、白隠禅師の時代の修行者には、臨済宗の約千七百則の公案を、その全てを完全かつ一点の疑念・問題も残さず了解・体得を致しましたと、遠慮会釈なく公言&大言壮語する者が、割合として八、九割は存在する旨を記述しています。

そこで禅師は物は試しに一則の公案を出して彼らに見解を問う(その理解度を調べる)と、過去の大禅師や禅匠などをまねて拳をにゅっと突き出す者もいれば、カーッと大声で怒鳴る者もいるが、ほとんどの者は参ったと礼拝するだけだったそうです。

つまり、知識もなくて古い禅僧の文章も真似も出来ず、一欠けらも理解出来ない者が多く、まして見性(悟り)の事も判らない口だけ・見掛け倒しな修行者がほとんどだったそうですね。

さて、こうした出来の悪い修行者が、全部の公案を透過しましたというのだから、大胆不敵な奴らとでも言うべき者どもですね。しかも、平気で仏教徒の禁(悟りに至っていないのに至るという・知らないの知ると公言する破戒をしているのですから驚きです。当時の禅宗のレベルが知れますね。まあ、天台・真言の密門も男色・女色に飲酒の破戒の花盛りでしたから、こんなものかも知れませんが・・・)

ただ、禅師曰く、こうして輩も何故か四、五年も過ごしていると、かの無頼の修行者は、寺からいつのまにかいなくなっていることが多かったそうです。(自浄作用でしょうか・・・?)

さて、このような彼らの見解・実力は虫歯の薬にもならないカス(糟)の見解であり、世間一般の誠実な人達にも劣る見識であると禅師は記述しておりますが、実にこうした見識であっても最初は信じる人もいるようですが、やはり次第に檀家・信者など周囲にもバレていき、忌み嫌われ行方不明になってしまうのが、当時の風俗であったという事ですね。当時も今もこの辺はあまり変わりません・・・、偽モノはあまり長く活躍しないみたいですね・・・。

ただ、初めはこうした人であっても、目覚めた意識での修行の努力(正念工夫と禅師は記述しておりますが・・・)を一心に継続していると、やがて手も足も出ない、回りが空洞で、心身ともに消失したような心理状態になると記述し、ここに至りそのような修行者もこうなっても恐れず修行を続けていけば、豁然と開けることがあると禅師は記述しています。

ただ、白隠禅師はそのような修行者を記述しつつも日々彼らを叱咤して、いい加減な考えや感情や憂鬱や睡魔と戦い、厳しい生活環境とも戦い、禅に打ち込むことを勧めており、その真っ直ぐでけれん味のないところには心打たれるものがあります。ただ、白隠の弟子に際立った人物がいないのですから彼は教育者or師としての実力も運もなかったみたいですね・・・。

さて、翻りまして最近の禅道場は、当時と違ってこんな状態ではないところが多いと信じたいものですが、禅僧から犯罪者が出る事からも大差ないのかもしれませんね。

また最近の風潮では、こうした悟りや神仏などを求める激マジ系の人や大イベント、集まりなどは遠慮され引かれる傾向があるようですので、偽坊主・嘘神職・詐欺行者が幅をきかすのもしょうがないのかもしれませんね。つまり本当に大切なモノ、本当に重要なモノとは何かということに直面せずに、目先の面白い事をまず求めるように心性を操作されているのか、単純に面倒ごとを厭い安易さを求める人の業からくる愚かさの証明であるという事でしょうか?

よくわかりませんが・・・。さて、今回はここまでですね。今回も投げた内容ですが、参考になれば幸いです。

では、貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

妖術師・皇悠より・・・。

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病気治しの祝詞

御覧頂きましてありがとうございます。

どうも、皇悠です。

さて、今回は病気治しの祝詞を紹介します。ちなみに神道で治療の神と言えばスクナヒコの大神が代表的ですが、今回の祝詞は大抵の神様・神社にて祈願できるように構築されています。

では、本文です。

病気治しの祝詞

『 掛巻(かけまく)も畏(かしこ)き諸神等(もろかみたち)の廣前(ひろまえ)に恐(かしこ)み恐(かしこ)みも白(まを)す。

煩(わずら)い苦(くる)しむ病(やまい)をば、一日(ひとひ)も早(はや)く、大御恵(おおみめぐ)みを幸(さきわ)え給(たま)いて、

燃(も)ゆる火(ひ)に水打(みずう)ち注(そそ)ぐが如(ごと)く、速雨(はやさめ)の塵打(ちりう)ち洗(あら)うが如(ごと)く、身内燦然(みうちさや)かに残(のこ)る方無(かたな)く、

癒(いや)し給(たま)い直(なお)し給(たま)いて、速(すみ)やかに元(もと)の如(ごと)く、健全(すこやか)に楽(たの)しき身(み)と、成(な)し幸(さきわ)え給(たま)えと、恐(かしこ)みも白(まを)す。 』

以上です。

かなり色々な形容詞・喩えを駆使していますが単純に言えば、「すぐに元の状態に治してくれ」というかなり露骨な内容ですね。このような個人の体内に作用させる祈願は具体的なイメージをしながら朗誦すると効果があがる傾向があります。サイモントン療法ほどではないですが・・・。

それでは、今回はここまでです。お役に立てば幸いです。

貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

皇悠より。

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2008年11月19日 (水)

クロウリーについては 個人的見解

御覧、頂きましてありがとうございます。

どうも、皇悠です。さて、今回はアレイスター・クロウリーです。(なお、今回は西洋魔術についての最低限度の予備知識がないとつまらん内容です。彼の業績・歴史などはとても多すぎますので今回はカットです。)

さて、彼についてはどう考えますか・またはどう判断すべきなんでしょうね?

彼は、未来を正確に予知しただの、敵を呪殺しただの、ポルターガイストを引き起こしただの、透明人間になっただの、多くの伝説が残されておりますが、どこまで本当なのやら・・。しかも、複数の証言です・・・。

それに、彼と実際に付き合いのあった人達の印象・証言も、まちまちです。ある者は「真の達人」と呼び、またある者は「山師」「ペテン師にすぎない」と言いますてますし・・・。

ただ、私個人の意見を言わせて頂きますと、「超一流かかなり有能な呪術師・魔術師だった」ですね。

と言いますのも、彼の残した膨大な著作物は、(魔術の理論書だけではありませんよ・・・)彼の魔術の「実践の記録」もありますが、これらの中には彼の死後に活字になった物も多々ありますが、これらを読む限りにおいて、彼は相当な達人・理論家にして行動派だったと判ります。実際、西洋魔術を実践すればするほど、彼の書いてあることが本当だったと分かってきたりしますし・・・。

まあ、これが真実=普遍的事実だと実証することは出来ませんが・・・(笑)。後、そもそも実践の面でも優れていなければ、彼のような「実用を前提とした」理論書は書けません。

また、彼の超能力やわが師の発火能力を体験しつつも白状しますと、私は、俗に言う超能力については否定派までは行きませんが、かなり懐疑派です。幾らでも嘘やトリックができるので・・・、また霊魂の存在については、一応・不可知論の立場を取っています。従って私は、魔術は超能力や霊能力だとは思っておりません(これについては、実践派の間でも意見は分かれます。ESPや霊を信じている魔術師も沢山いますしね)。

じゃあ、魔術は何かと問われれば、「魔術は魔術だ」としか言えませんね。これじゃ、ずるいのなら「魔術は精神の訓練、技術だ」ってとこでしょうか・・・。例えば、私は日常の生活では、天使なんて信じてはいません。しかし、儀式で天使を召還する時だけ、一時的に信じるのです。西洋魔術・祈祷と言うのは、霊能力ではなく、実践者の精神の作業だと私は解釈しています。

事実、祈祷や魔術の成果と言うものは、物質的な形では、めったに残りませんし・・。ですから、クロウリーが魔術の実践で成し遂げた成果を、自然科学的な方法論で、実証することは不可能だとも思います。そんな訳で、クロウリーが魔術師として一流であったかどうかは、あくまで「私的個人の意見」としてしか言えないと思っております・・・orz。

でも、私はクロウリーは性格・習慣に本当に多々問題を抱えてはいたモノの、20世紀の西洋魔術への業績は高く評価すべきだと思ってます。ただ、フォーチュンの弟子達が言う通り、彼の残した魔術書は、(魔術師にとっては)はかり知れない価値を持つモノの、その体系は一種の綱渡り的な部分も含んでいて、「彼の教え・技法は選択・分別しなければならない」訳なんですよね。

彼の残した著書は、本当に凄まじい量が存在しますが、「777」、「トートの書」、「魔術 3部作」、「アレフの書」、これらは西洋魔術の歴史に残る名著です。誰がなんと言おうとも、好き嫌いに関わらず、これらだけは西洋魔術の実践派なら、いずれは読まざるを得なくなる本だと思いますね。

ただ、彼の魔術体系は、GD系、OTO系、テレマ教系の3つから成り立ってますが・・・。この3つは元々が関連のない別の流派なのですが、クロウリーはこれらを敢えて一体化させて教授・記述しました。しかし、これがまた魔術の学ぶ者の混乱の原因にもなってます。

取りあえず、無難に標準的な魔術をやりたいのなら、GD系に絞る方が良いでしょう(OTOも悪くは無いんですが、GD系の方が親切な名著が沢山出てて、比べ物がないほどに作業・訓練がやり易いです)。

しかし、クロウリーの著書は、純粋なGD流とは言い切れないモノが殆どなので、そうした無難な標準的な道を進もうと言う人にとっても、あまり向いてないんですよね。しかし、純粋なGD流を目指そうと言う人にとっても、やっぱり彼の著書は宝の山なんですよ(解毒不能の毒入り&劇薬入りの)。ここがジレンマなんですね。

また、私は、霊能力についても、その存在自体、非常に懐疑的です。「存在しない可能性の方が遥かに高い」とすら思ってます。散々、霊験とか神仏の御蔭話をしつつも、ですが・・・。

しかし、魔術やってると、本当に色々と妙な物が見えてきます。聞こえてきたり、体験します。しかし、「見えるからと言って、それが存在するとは限らない・・・」とも思えるんですよね。ぶっちゃけた話で魔術の実践者は、パスワーキングによって、アストラル界(この用語、最近安易に使われすぎてますね)を旅行した、と思っても、脳生理学者は別の解釈を持っているだろう、と言うことです。つまり、霊能力で見たものってのは、実は実践者の意識・脳が作り出したヴィジョン(幻覚・夢?)だろう、と言うことです。

例えば、スェーデンボリが幻視した霊界なるものも、彼の脳と意識が作り出したヴィジョンでは無いでしょうか? 彼は幽体離脱によって、太陽系の宇宙旅行もしているのですが、その内容は、現代の天文学から見れば、事実とはだいぶかけ離れています。ただ、霊界は太陽系と違って、宇宙探査船を送って調査する事は出来ませんから、もっともらしく見えるだけで・・・。

さて、ここからが大切です。

唯物論者や科学万能主義者達は、だからそんなのは無価値なんだ、と短絡的に結論するでしょう。それも一つの見解です。しかし、魔術の実践派は違います。実は、このヴィジョンをうまく利用すれば、いろいろと面白いことが出来る、と考えます。勿論、アタル・正確であると言うのも重要ですが・・・、それで商売にしないのならば関係ありませんし・・・。

これは、スェーデンボリの例で言えば、彼はこの幻視のお陰で「自分の意識の中の高位の自我」と会話をして教えを受け、哲学を深め、道徳観を確立し、新たな宗教すら創設出来た訳ですし、彼の自己意識・精神・人格・運命などが向上・好転した訳です。

また個人的判断ですが彼が接触した高級霊なる存在は、多くの西洋魔術の実践派が接触したがっている「聖なる守護天使」に近いモノでしょう・・・。または仏教・如来蔵派で言う「仏性」というモノでしょうか・・・。こういう存在はもう私は飽きましたが・・・。

ここにも重要な意味がありまして、GD系の言葉に有名なのがあります。

「天使が存在するかどうかは、さして問題ではない。大事なのは、天使がいるかのように作用する、ということだ。」これもたしか、クロウリー作。

以上です。上手いですよね、勿論、これらは私「個人」の意見・偏見・選択です。

ただ、そういう西洋魔術にも、病気や怪我の治療はもちろん願望達成の術は、まったく無いかと言うと、そうでも無いんですよね。魔術の技法は、その多くが願望達成に「応用できる」わけです(効果があるかどうかは別にして)。その良い例が、護符魔術ですね。カバラと占星術のシンボリズムを学べば護符をデザインできますし、視覚化の訓練が出来ていれば聖別の儀式も実行できます。また、「ソロモンの鍵」等の古い魔術書にも、願望達成のまじないの記述が山ほどあります。

ですが、少なくともGDやOTO等の近代以降の魔術では、願望達成がメインになる事はありえません。言わば、副産物的に少しはあるって所でしょう。ただ、魔術師によっては、その副産物が好きで、効果があると信じてる人がいるのも事実です(そのようなタイプの人でも、それをメインにする事はあまり、ありませんが・・・)。

また、一時期、日本でも流行りました近代「魔女術」と近代「魔術」との決定的な違いは、前者が「宗教」であると公言して自己をそう定義し言っている事です。従って、魔女術の実践者達は、宗教の司祭であって、活動のメインは8つのサバトに代表される「宗教儀式」です。でも、魔女達は、魔術師よりは、願望達成の呪術に寛容な人が多いですよね。と言いますのも、彼等は「ヨーロッパの農村のシャーマン」の末裔を自認しており、「人助けのための呪術」をしばしば行うからで・・・。事実、未逮捕の連続レイプ魔(正確には連続婦女暴行犯)を公開で呪うとかしますからね・・・。

そして、彼らの中には、そうした「人助けの呪術」の延長として、呪術グッズを販売する店を開く人もいます。無理も無い事ですが、日本では、こうした店で売ってるグッズを使うことが魔女術の実践だっていう誤解が生じてしまっています。けど、やはり彼らにしてみても、メインは宗教儀式です。願望達成の呪術がメインになることはあまりありません。「おまじないをしたい」と言う動機では、まず絶対にカヴンへの入会は許されないでしょうし・・・。

勿論、私は、他人の宗教の信仰については、ノーコメントですので、彼らの呪術の効果についての意見は、ご容赦を・・・(実は友人に、バリバリの実践派の魔女がいまして、うかつなこと書くと、また怒られる・・・)

また、所謂、左道派と呼ばれるモノも西洋魔術にも存在します。また、性魔術も。過激な流派になりますと、儀式的な交わり・乱交や同性愛・獣姦・死姦・死骸使用などすら実践したりしてます。これらは、何らかの形でクロウリーの流れを含んでいる場合が多いようです。ただ、私の考えでは、「これ等の派閥も究極地点へのそこに至る道順が違う」だけで、「目的地は同じ」と解釈していますが・・・。と言いつつも、個人的には好きではありませんが・・・。

また、左道派タントラは勿論ですが案外、立川流も同じだったのでは無いでしょうか?理念や目指している地点は・・・。最近では、宗教学者の間では再評価も高まってきていると聞いていますし・・・。また、歴史学者達の研究によると、立川流は一時期大勢力で、邪教とされていなかった事も事実あったみたいですし・・・。(それに、たしか近頃発売された「破戒と男色の仏教史(?)」という平凡社新書からの本では中世の日本仏教僧が常習的に女及び少年と性交をし、破戒僧だらけであった事を論証・考察していますが・・・。)

確か、日本においては「理趣経」の解釈の差でしたよね?大きな教義的な問題は・・・。この「大日経」とならぶ密教の重要なお経には、「男女の交わりも清浄な菩薩の境地である」みたいな記述があって。真言宗などでは、伝統的にこれを金剛界と胎蔵界の例えである、と解釈してるのに対し、立川流はそれを字義通り、解釈した・・と。

後、よく誤解されやすいのですが、左道派と黒魔術はイコールではありませんよ。それに、現在の僧も神職も大部分が公然と妻帯・肉食・飲酒しているので今更、左道はうんぬんはおかしな話です・・・。なお、ここでの左道派とはその宗派の伝統的な戒律がない、または戒律をあえて破る事を時に許容する一派・教義を信奉する派閥として、記述しています。具体的には性及び死体などを利用する一門ですが・・・。

なお、魔術それ自体は、基本的には中立の技術です。黒か白かというのは、個人・社会の道徳上の問題だと思います。包丁に例えれば、それを料理に使うのなら「白包丁」、強盗や殺人に使うのなら「黒包丁」って所でしょう。包丁それ自体には、黒も白もありませんよね? 魔術も同じですし、個人の技量なんかや状況・センスもあります。戦争や戦いで窮地の味方を救うために銃や剣で敵を何十何百と殺してもそれは善い事ですしね?TVや映画ではそれを奨励してすらいますし・・・。でもしかし、基本的には銃や剣で人を殺すのは悪い事ですよね・・・?そういう事・訳です。

勿論、俗に言う左道派の中にも、実に様々な流派が存在します。殆ど右道派と区別のつきにくい流派もありますし、かなり過激な流派もあります。左道派の「過激派」の人達の中には、儀式的な性交のみならず、ドラッグを使ったり、流派によっては小儀礼の時に、伝統的に邪悪とされる逆五亡星などの象徴を使い描く人達もいます。また、悪魔や邪神・渦津神と定義される存在を崇拝する方もいます。そして、西洋魔術で左道とか黒魔術と言うモノを悉くクロウリーは過去に手を出し試しています・・・。その経験・事実があるからこそ彼の記述は面白く・役に立ちますが・・・。

さて、こんな話・例を聞くと、確かにクロウリーやそういう宗派を「黒」と思われても無理はないと思いますが、目的が社会や他人に迷惑をかけることはなく、純粋な個人の修行であれば、それは「黒」では無いとも、私は時に思います。(あと、ドラッグの使用は微妙・・・ここまで、社会に広がりますと社会の迷惑ですと言い切れないです、犯罪に繋がり易いのも確かで・・・、難しいです。今度のアメリカ大統領自身も使用を一時期の疑われ、半公認していますからね・・・)

さて、今回はここまでです。お役に立てば幸いです。

では、貴方に全ての善き事が雪崩の如く起きますように・・・。

皇悠より・・・。

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2008年11月18日 (火)

観音様、法華経観世音菩薩普門品第二十五普or観音経について

御覧頂きまして、ありがとうございます。

どうも、皇悠です。

さて、今回は普段、私達が「観音様」と呼んでいる信仰対象の仏様のお経についてです。なお、正式な名は、「観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)」(旧訳)あるいは「観自在菩薩(かんじざいぼさつ)」(新訳)と言います。

このお名前の言葉の原梵語(サンスクリット)は、“アバローキテーシュバラ”で、「世の人々の救いを求める苦悶の声(音)を聞くと、直ちに救済する」or「一切諸法を自由自在に観察する」という意味です。また、立場的には事実上の仏教における万能の救済者です。

さて、この観音様の代表的なお経は何よりも『観音経』ですが、このお経は法華経の中の正式には「観世音菩薩普門品第二十五」という一章です。ここでは、 観世音菩薩が私達が人生で遭遇するあらゆる苦難を出来る限り詳しく描写し「その際に、観世音菩薩の偉大なる慈悲の力を信じ、その名前を唱えれば、必ずや観音様がその音を聞いて救ってくれる」と説いています。また、臨済宗での安骨諷経などに用いられています。(なお、今回、この観音経の全文及び現代語訳をあげますと,とても長大な為にカットします・・・すみません。orz.)

さて、同じ観音様と深い繋がりがあり、多分日本で一番知られています般若心経が哲学的・抽象的そして修行とその成就を記述するのに対して、観音経は具体的・現世利益的・そして名を呼ぶ事だけで救われるという安直な描写が「全く同じ神仏の関わる内容か?」とそのアプローチの方法から何からも異なる為に、極端なお経です。

また、このお経は私にとって不思議なお経です。何故ならば同じ法華経の中で異色の部類に感じるお経だからです。以下に例をあげます。

『・・・西方の補陀落浄土から娑婆世界にやってきた観世音菩薩が、三十三身を現じて衆生を利益する事が説かれます。特に観世音の名号を称えることによって、諸の苦難から救われると説かれていることから、本品は「観音経」とも称され、独自な信仰を生み出していきました。 (大法輪 早わかり「法華経」ニ十八品より) 

『 ・・・弥勒菩薩を始めとする大衆の父少子老の疑いに対し、釈尊は自身が久遠の過去の世からすでに成道している仏(久遠成道の仏)であることを明かされます。本品の説法に臨み、釈尊は「如来の真実の言葉を信解しなさい」と三回くり返され、重要な法門を説示するに当たり聴聞者の心得を促されました。弥勒菩薩を始めとする大衆の三度にわたる懇請に答えて、釈尊は、五百億塵点劫に譬えて、自身の久遠過去世における成道を明かし、「三世(過去世・現在世・未来世)にわたって常にこの世に在り、種々の姿を現じて人々を導き続けている」と説かれました。この事を釈尊は「良医治子(ロウイチシ)の譬え」をもって、「仏の入滅は衆生を救う為の方便であり、真実には生まれる事も滅する事も無い永遠仏として、仏は常に衆生と共に在る」と説かれました。続いて詩文では、「この娑婆世界は仏の浄土であり,仏は毎(ツネ)に衆生を速やかに成仏させたいと願っている」と説かれています。詩文は「自我得仏来」の文で始まることから「自我偈」と称されています。
 本品は法華経の重要な教えを説くもので、二十八品の中心に位置づけられます。特に自我偈は法華経信仰者が常に読誦するもっとも大切な経文です。(大法輪 早わかり「法華経」ニ十八品より) 』

さて、上記の二つの『 』の中の文章は同じく人々を救済し導き助ける者を説きながらも片方を観音様をもう片方を釈尊を立てています。しかし、これらは同じ種類のお経ー法華経とされています・・・。私はこれはどういう事か判りません・・・、どちらに頼るべきでしょうか?

しかし、法華経の観世音菩薩普門品は、他の法華経の中でも何故か特に評価が高いモノです。同じ法華経でも、方便品などは、聴衆を菩薩(少なくとも小さな悟り・見性体験のある人)だけに絞って、言わば人払い・選別をした後に、エリートだけに向けてお釈迦様が説いた説ですが、観世音菩薩普門品は、8万4千人のマス(大衆)向けに説かれたモノであるからでしょうか・・・。

これはまた、それなりに知れれた禅僧の朝比奈氏『朝比奈 宗泉(あさひな・そうせん) 昭和25年、早稲田大学政経学部卒業。翌年TBS(現)入社。「兼高かおる世界の旅」などのプロデューサーを経て、1979年仏門へ。以降、浄智寺(臨済宗円覚寺派・鎌倉五山の第四位)住職などを経る。著書に「今日、一途に―鎌倉名刹・浄智寺、老僧の独白譚」(実業之日本社)。父の宗源(そうげん)は元円覚寺管長 』によれば、『・・・観世音菩薩を念じれば、なんでも叶い、また氏によれば観音経は、今から2500年前、お釈迦様が霊鷲山(りょうじゅせん)で説法されたのが「法華経(ほけきょう)」、つまり「妙法蓮華経」(みょうほうれんげきょう)だそうで、8巻28品に分かれ、「観音経」はその中の25番目であり、中でもこの普門品第二十五は禅宗、日蓮宗、真言宗などでも宗派を越えて読まれているとの事で、・・・その人気の秘密は困った時、苦しい時に、「観音様、お助け下さい」とお願いすると、観音様はその思いを聴いてお救いくださると説かれているからではないか、・・・』と論じておられる事からも明らかです。

さて、確かにこの経の中には南無観世音菩薩と唱えれば、三毒(貪(欲張り)・瞋(我による怒り)・痴(目先の愚かさ))、四苦(生・老・病・死)、七難(火難・水難・風難・剣難・鬼難・獄難・盗難)を滅し、さらには願う通りの子を得る事などが出来ると記述されていますが・・・。

しかし、こんな拝み&御蔭信仰じゃ、それ以前の序品から説かれていた法華経や他のお経は、「何だったのか?」と言う事になります・・・orz。この経の中の念波観音力(観音様の慈悲の力)は、確かにこの観音様のとてつもない救済を書かれています。しかし、下手に考えますと修行も他のお経も要らずにこのお経だけで良い・救われるという考えすら行きかねません。

しかし、実は「無尽意菩薩という方が偉大な救済力(観音力)をもつ観世音菩薩を供養しようとして、瓔珞(首飾り)をさしあげましたが、しかし、受けとっても、首にかけず、それを2つにして、釈尊と多宝如来に捧げ。これは、偉大な救済力である観音力の元は、真理を教えられた釈尊と、その真理を証明された多宝如来の御蔭であるということの表明しているので大丈夫そうですが・・・。ただ、救いの本質は、「ある外側の力によって目の前の苦難から逃れる事ではなく、久遠実成の本仏の御心に沿い行い、そこに周囲との調和が生まれ、皆が救われる事にある。」という大乗仏教の論理がこの経にはあまりありません。

また、「観世音菩薩普門品の観世音とは、世の人々の声(音)を見(観)分けることで、菩薩とは、手本として仰ぐべき方で、普門とは、相手に応じていろいろ姿(三十六身)を変えて、平等に真理の門に引き入れる事」という意味もあります。

「ただ、観世音菩薩を念じれば、なんでも叶う・・・」ではなく、真に観世音菩薩を念じるとは、慈悲をもって苦しみあえぐ人の声(世音)を感知し聞き入れ(観)、観世音菩薩のようになりましょうという説も存在してます。

ちなみに観世音菩薩の化身は三十六身あるとされ、(なお、妙音菩薩という方は三十四身でしたが、観世音菩薩は三十六身で自由自在に法を説きます。実はこの数はあまり意味がなくて、兎に角も色々な人を救う為に身を現じて法を説く、ということでしょう・・)具体的には以下の通りです。

『 01.仏身/ 02.辟支仏/ 03.声聞/ 04.梵王/ 05.帝釈/ 06.自在天/ 07.大自在天/ 08.天大将軍/ 09毘沙門天/ 10.転輪聖王/ 11.小王/ 12.長者/ 13.居士/ 14.宰官/ 15.婆羅門/ 16.比丘/ 17.比丘尼/ 18.優婆寒/ 19.優婆夷/ 20.長者の婦女/ 21.居士の婦女/ 22.宰官の婦女/ 23.婆羅門の婦女/ 24.童男/ 25.童女/ 26.天/ 27.龍/ 28.夜叉/ 29.乾闥婆/ 30.阿修羅/ 31.迦楼羅/ 32.緊那羅/ 33.摩羅伽/ 34.人/ 35.非人/ 36.執金剛神 』

ほとんど、この経が感得・設立した時代・当時に考えられるあらゆる存在を描写しています。

また、何度の書きますが「この観世音菩薩普門品では、決して疑うことなく、一心に観世音菩薩の名を連呼すれば、どんな強烈なピンチ・問題に直面する事になっても、直ちにレスキューしてくれる」事を強く具体的に約束しています。

そして、この観音経・観世音菩薩の救済の鍵は、「まず自分が苦難/危急の渦中にある」という事です。つまりは、恐怖のどん底に突き落とされた時や、例え様も無い恐ろしい生死の境/危機にある場合です。そんなシチュエーション・状況にあって、観世音菩薩を名を呼ぶと、あらゆる形で不安や恐怖を取り除き(施無畏)、救済されるとされています。

しかし、私は思います。「そんな状態にならないように常に、とはいかなくても要所要所で守り、導き、支えてくれる方を信じ頼り、繋がりを持つべきではないか?」や「そのような状況に陥らない方法を学び、心がけ、行うべきではないか?」と・・・。

勿論、よく言う火事場の馬鹿力ではないですが、自己の崩壊・生死の境の根本的なエマージェンシーコールの時でならば日常の色々な余計な必要、願望が振り落とされて、剥ぎ取られ研ぎ澄まされた本質的な願い・意志となりそれは奇跡を呼ぶだろうとも思いますし、そういう経験もあります。また、そのような時に初めて生まれる願望はとても強く純粋で、だからこそ観音様もそれを汲み取り救済して頂けるとも思います。

ただ、逆に換言すれば、毎度毎度の日常のあやふやな雑念一杯の時にお呼びしても、応じてはくれないだろうとも私は思います。

また、ある人の願いがある一定の深さ・強さを持っていれば、願った瞬間に叶う事があるモノだとも思います。

ただ、この観世音菩薩普門品の最後の部分で、質問者が、その慈悲を讃える詩句を連らねていますが、こういう力・慈悲は、現実ないし精神の崩壊の危機にあって奇跡的に救済された体験がないと本当に実感出来無いモノだと思います。従って、日常で観世音菩薩に何でも願えば叶うみたいな解釈は誤解だと思います。

また、ほとんどの人の日常の願いは観音経に出てくる場合とは異なりますし、何よりもこの経に出てくる救済の必要性がある状況は、ほとんどがまず命がかかり、生活が脅かされるようなモノでは、ありませんか・・・。

また、そういう意味で「予防は治療にまさる」ではないですが、観音経に出てくるような状況にならない事やそのような状況で観音様に頼らないですむ事、そこまでいかずに助けて頂ける神仏の加護がある方が尊いように私は思います。どうでしょうか・・・?偏見・浅い理解だとは思いますが・・・?

さて、今回はここまでです。参考に為れば幸いです。

では、貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・。

皇悠拝。

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ある祈祷僧の独白

御覧頂きまして、ありがとうございます。

どうも、皇悠です。

さて、今回は私も親しくさして頂いております、ある僧の独白を書きます。この話をお読み頂いて、少しでも考えて頂ければと思いましたので、上げます。

『 ・・・神社との関わりか今でも日本の多くの家庭では、仏壇と神棚の両方祀ってあるが、外国ではそのような事は無く、他国の人からは奇異な目で見られている。キリスト教徒の十字架と道教の祭壇が並列しているようなモノだからね・・。

さて、神社のルーツを辿ることは繁雑になり過ぎるが、大まかに考えて、古代人にとって、太陽の神などの自然を神と崇拝するのは、農業と結び付いていた生活をしていた為、何よりも必要な信仰だったみたいだ。この太陽の神への信仰は将来は天照として信仰されるのであるが、記紀(天皇の勅命によって編纂された、公認の歴史書であるが、当時の権力者によって都合よく書き換えられることは、想像に易い・・・)にあるように、皇室の祖神でもなく女神(?)でもない。嘘だと思うなら、天照の正体という題の本は幾らでもある・・・。調べてごらん・・・。

しかし、神道が何故か仏教の外、陰陽道や儒教などと影響を及ぼし壱千数百年も長きに渡って、仏と融合してきた神仏習合という関係にあった。その時から神社との拘わりができ、他の仏も行き来した。しかし明治維新時に神仏分離令と廃仏毀釈により本家本元の寺や仏像が壊され、そこにいれなくなり、全ての仏は寺に戻った。

さらに、怨霊を鎮魂の目的で、神社を建立しお祀りした神社は多い。NHK教育テレビにもよく出演されている哲学者の梅原猛さんも、「聖徳太子・菅原道真(学問の天神)平将門(たいらのまさかど・などは類い希なる怨霊で映画の帝都大戦で知れ渡る)などを祀る数多くの怨霊鎮魂の神社がある。」と読売新聞の地霊鎮魂京都物語という欄で述べられたりしている。

当時 将門の乱が起きた時、神護寺の不動明王が、怨敵調伏の為に関東に出陣した。その不動明王が、成田山新勝寺の、本尊不動尊。神仏分離令発布から百年以上たった今、神社とは全く拘わり無くなったのに、巷の習慣で神社のお札をお祀りしたり、初詣をしたり、お祓いをしたり、結婚式をしたりするが、仏教徒はこの事を考えなくてはいけない。

明治維新の廃仏毀釈をした時、伊勢神宮の入り口には、「僧侶不浄な者につき立ち入るな!」と看板をたて当時天皇を生き神とした政事をし、仏を虐待し打ち壊しにより寺院の数を一割ほどにまで減らした。散々、多くの神社が僧から供養や法話を受けながら・・・。

また、政策の為に神社を統廃合し、祭神を記紀に合わせる為に圧力をかけ神社本来の在り方をも大きく改悪をした明治政府は大きな過ちを犯した。

そして、それらの特に仏への咎をいまだ誰も濯いでもいない・・・。そして、歪んだ法はいまだ蔓延り、盛んだ。

皇悠よ(正確にはこの方は私の本名で呼ばれましたが、今回・公開のためにネット上の固定ハンドルネームの皇悠にしています)、知っての通り、先達に「焼付け」のようなモノを行ってもらわない限りは基本的に真言にしても印にしても効力を発揮しない。もしくは発揮しても微々たる範囲でしかない。

しかし、私のいる当派に限らず、他派でも信者がよく護摩・法要の時などにどこからか学んだ印を組んで必死にお祈りしてる人がいるが信じているだけに物の哀れを誘う。また、それを必死で一般人から隠そうとし商売にしている輩も、哀れだ。

要は行者・祈祷師の力の問題で「ちゃんとした観想・観念法が出来ているか、如法にやっているか、」ということが大事なのに、だ・・。

在家の場合、教本・礼拝作法に従って、集中して読誦すれば大丈夫という輩もいるがそういうものではなかろう・・・、修行していない者の気が散っているような状態では咒を読んでも効果はない、本義としてもだ。それに、読経して、精神を段々集中せしめてから咒を読むと大分違うはず。また、真言は一遍で十分、回数の多寡は、結局瑜伽の為の方便、という解釈の方が好きな輩もいるが・・・。

さらに、よく回数を指定して、真言×3回で**の功徳、×7回で***の功徳、×1080回で*****な功徳・・・っていうのは、結局は真言の本義から外れることになりはしないか?

さて、話を戻すが、このような明治政府の政策の為に寺院は極減し、今だ回復していない。去った人々は神社に移り。今となっては明治維新以前は仏教徒だった事も知らない神社の信徒・氏子も多い。

仏教徒として、そういう神社のお札を祀る事や真似は、恩知らず・二股信仰となり、たいへん好ましくない。仏教徒の神棚には、無病息災や商売繁盛・福徳円満などを願って、不動明王(お札含)や毘沙門天王という方々をお祀りするべきではないだろうか・・・。 』

言われてみれば、その通りで・・・。色々とお聞きしてから反省しました。

このような事をしでかしていたら、幾ら祈ろうとも先の大戦時に日本人に加護・神風が起きなかったのもしょうがない気もします。さて、皆様はどうお考えですか?

我々は、いい意味でも悪い意味でも先祖の遺産を引き継いでいます、この記事が何かのお役に立てば幸いです。

では、貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・。

皇悠拝。

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2008年11月17日 (月)

花園神社/皇悠式参拝の概略

御覧頂きまして、ありがとうございます。

どうも、皇悠です。

さて、今回はかなり前の記事ですが、花園(稲荷)神社(なお、この神社の現在の本殿の祭神は倉稲魂神、日本武尊、受持神です。二人の豊穣神と一人の武神のご神徳により、開運招福、商売繁盛などのご利益があると言われ、それなりに盛況な信仰を集めている神社です。)にお礼参りに行った記事を書きましたが、その続きです。皆さん、リベンジですよ、リベンジ。

前回は、一の市の混雑した時間で参拝客が多くゆっくりとやるor行うスペースがなく、とても集中・祈祷出来ないので、少し軽めに参拝して、後日の参拝に本格的な感謝の祈り・祈祷をすると約束して帰りました。

さて、前回の失敗を反省していたのですが、どうしても今日・この日までの間は(平日・祝日共に)行けず、またまた酉の市になりました。しかし、今回は抜かりがありません。

始発に乗り、朝の七時半に現地訪着です。何考えているんでしょうか・・・・!

朝露と初冬で寒いです。誰もいません・・・orz.そして、他にいるのはカラスだけ。寂しく、少し眠いです・・・。

しかし、私はめげません。まずは、鳥居の前で鳥居の払いを詠唱。(これは私の意識を調節する癖です。基本的には密門の入壇儀礼や日蓮宗の祈祷時の心がけと同じですね。つまり祈祷モードに入ります)

次に如獅子王の如く(この辺の意味・理由がわかる人は日蓮宗の祈祷師かエクソシストだけですが、今回は説明をカットします・・・)、ゆっくりと視点はオープンフォーカス気味で、参道を進みます。(勿論、中央は神仏の通り道という伝承を重んじ、端を歩きますが・・・)

まず、境内では手水場に行き、手及び口を清めます。(この辺の作法は基本の左手・右手・口の順です)

それから参拝ですが私は基本的に伝統通りの本殿→摂社→末社の順です。

『 なお、このような境内で幾つも社がある場合は、格式的には本社(本殿)・摂社・末社の順とされますが、場合によっては本殿の神様より格上だったり、強力だったりする事も多いので注意してください・・・。なお、この辺の裁量は参拝時の祝詞・祭文・経典の量(何回読むか・・・)と数(何種類唱えるか・・・)などで調節します。表に出る代表者・社長=本殿の神様よりも、意外に内部の小さな部署の長・会長とか顧問とか隠居した創設者など=摂社・末社の方が偉い場合があるのは神仏の世界も人間社会も同じですね。

また、摂社については、本社の祭神の后神・御子神など本殿の神様の家族を祀る神社 /祭神が現在地に遷座する前にその地に祀られていた神・地主神を祀る神社/本社の祭神の荒魂を祀る神社/その他、特別の由諸がある神社と普通は規定されますが、気をつけてください。本当に、社の見た目で騙されてはいけません。この辺は境内の看板や由来書きなどを、こまめに拝見すれば大丈夫ですが基本的な神仏の知識や関係を知らないと無駄ですね。(ただ、それを知らない人がすごく多いので幾ら願掛け・長時間祈ろうと徒労に終わりがちです。これは営業職や管理職の方だとすぐ御理解頂けると思いますが、組織や上司などキーマンの許可がないと動かない人がいるのと同じで神仏も意外に関係者の影響を受けます。この場合は摂・末社の神仏ですね。閑話休題)

また、本社(本殿)の境内にあるものを「境内摂社」(けいだいせっしゃ)または境内社、境外に独立の敷地を持つものを「境外摂社」(けいがいせっしゃ)とも言います。

そして、それ以外を末社とされています。 』

ちなみに、この花園神社は、元来は真言宗系修験道(当山派ー京都伏見区の古義真言宗醍醐派)系の神仏習合系の十一面観音を御祀りする寺社でした。一説によると、徳川家康が江戸に幕府を開くより前に、奈良の吉野山にある金峰山寺(現在の天台宗系の金峯山修験本宗の総本山)は蔵王堂境内の導稲荷(このお稲荷様は当然伏見稲荷からです。)を勧請したとされる新宿地区の総鎮守です。しかし、稲荷が総鎮守というのは珍しいですね。基本的に、稲荷神は屋敷神や城守神などの個人信仰の神様なので土地神が少ないのですから・・・。

さて、この神社の歴史は明治維新以前には、四谷南寺町十股山愛染院の末寺、稲荷山三光院(新義真言宗)が別当として奉仕していました。それ故にか、江戸時代は「三光院稲荷」や「四谷追分稲荷」とも称されていました。しかし、明治維新における神仏習合の廃止により、三光院は廃絶することになり、本尊は本寺へ、「村社稲荷神社」が正式名称とされます。さらに、青梅街道と甲州街道の分岐点にあった「子安稲荷」が、明治二十七年(1894年)頃に合祀。新宿四丁目の「雷電稲荷神社」は昭和三年(1928年)に合祀され、世に「花園雷電稲荷両社」と称しましたが、さらに、昭和四十年(1965年)六月、社殿の老朽化に伴い、現在の鉄筋コンクリート製の御社殿を造営。また、これに伴い、それまで末社だった大鳥神社を本社に合祀したことから、「花園神社」と改称し現在に至ります。

実に、花園神社の歴史は武蔵野国の王権の移動などに翻弄された合祀と改名の歴史でもありますね。

さて、花園神社の現在の御祭神は上記の三神ですが、何故か神社の家紋・社紋・神紋が統一されずに三つあります。まず、倉稲魂神様で(宇迦之御魂神とも書きますが、)ご存知の通りの伏見稲荷大社の御祭神と同神ですので御紋も同じく「稲穂」。そして、日本武尊様を祀る大鳥神社の御紋は「鳳凰の丸」。また、受持神を祀る雷電神社の御紋は三つ巴です。ちなみに、これは以下の由緒によります。実は後三年の役(1083~1087)で清原氏討伐のために奥州へ向った源義家を追って東進した弟・源新羅三郎義光が、小さな祠で雨宿りをしていたところ、どこからともなく白狐が現れ、踊り始めた。すると、雨は止み、空は青く晴れてきました。この奇瑞に武運戦勝を確信した義光は、兜と弓矢を祠に奉納し念願を成就したという故事によります。この由来により、稲荷神(狐が使い)である受持神(豊穣の神)を御祭神として祀りながら、源氏の氏神である八幡神の三つ巴を御紋としています。また、この故事から見ますと雷電稲荷様は天候を動かし、歌舞音曲を好み自ら踊りを舞う、戦勝を司る複雑な神格・神徳が判りますね。また、この神紋が統一されていないことからあくまで本殿の三神が同格ということが判ります。

さて、このような由来の神々を祀る本殿以外に、境内の末社として木花咲夜姫を祀る芸能浅間神社と威徳稲荷神社(祭神不明)、そして納め大明神の三社があり、合計で境内に四社あります。(ただ、この内、納め大明神は古い神符・熊手などを納め・一年の感謝と別れを告げる所・神様なので、普段は特に祈願は必要がないかも知れませんが・・・?)

さて、基本的に私がこのような神仏習合系の神社を参拝する際は神道の基本の祝詞、禊詞・大祓詞などに加えて心経奉賛文と般若心経、懺悔文、魔界句、天狗経などを使用します。また、御稲荷様がいるので稲荷信仰者として更に稲荷祝詞や稲荷心経、稲荷祭文などの稲荷系のモノを適時加えて朗誦します。だから、私の祈りは長くなります。

ただ、これらは、今では忘却された作法です。当たり前の話ですが人にはその人の嗜好・癖があるように各御祭神にも好み・作法が元来あるので、各季節の供物や祭りの装飾を換える様に祭文・祝詞・経典を換え祈ります。しかし、今ではほとんどの神社・寺院で規格化が進み、どの神もどの場所も同じモノを読み、飾り、捧げるようになりましたが、私は出来る限り各御祭神の好みに合わせて唱え・祈るようにしています。

さて、何とか約1時間半かけて全ての社を参拝を終えますと少し疲れます・ました。あまり、話題になりませんが基本的に祈祷・魔術を行いますと生命エネルギー・体力/精神力を消費するのである程度の体力がないと魔術が出来ません。。(そういえば、何故混沌魔術・西洋魔術を修めた私が神仏習合系の神道や密教などを学習し始め、現在はどのような経緯で稲荷信仰者になったかなどは書いた事がないですね。何時か書くこともあるでしょう・・・。閑話休題)

ちなみに私は疲れが目に良く来ます。たしかこのような疲弊・注意は無の書にも、日本でもIOSの秋端氏・鏡氏などが幾つかの書物で記述しているのでご存知かもしれませんが・・・?

さて、このような感謝と更なる加護を願いつつ行う祈祷は良いモノですが、少し汗をかいたので、帰りにコーラを飲みつつ、駅に向かい帰宅しました。

何故か参拝の概略よりも脇道の神社紹介になりましたが、さて、今回はここまでです。楽しんで頂き、参考に為れば幸いですが・・・。

では、貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

皇悠より・・・。

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真言密教と日蓮法華経の疑問

御覧頂きましてありがとうございます。

どうも、皇悠です。

さて、今回は真言密教と日蓮法華経の疑問という事で疑問を羅列してみたいと思います。

さて、以前、真言密教と法華経の話をちらほら記述しましたが、実は空海も最初は法華経をあまり重要な教典とは見做してなく、晩年にやっと認めたらしいですね。

また、日蓮も日蓮で自分が感得した大曼陀羅で脇侍に法華経典には出てこない愛染、不動の両明王が梵字で描かれてるし前から法華大曼陀羅に両明王が梵字で描かれてるのを不思議に思ってましたが日蓮が天台僧だった名残りなんでしょうか? それとも切り離そうとしても切り離せない関係だったのか? と色々考えた事がありますが実はそれは日蓮が密教僧だった頃に愛染明王・不動明王を感得していたので個人的に日蓮自身の結縁の仏尊だったのが直接の理由だそうですね。

事実、今でも日蓮直筆の感得を伝える文書が存在していて日輪の中を馬に乗って走る異形の愛染(獅子冠をつけてない)と梵字で書かれたウン・タキ呪、感得の日時の記されたもの月輪中に髪を逆立てて、持物は剣と絹索で丁字型(蔵王権現のような感じの姿と思ってください)、その前に木と官服姿の男が座っているという姿と梵字の一字呪、感得日時を記したものという物です。

但し、不動に関しては密教の法華曼荼羅にも出てくるのでそれが元でないか、の説もあります。もう一つ付け加えれば、初期の日蓮の曼荼羅には大日如来の種字を記したものが存在するようですね。

また、特に愛染明王は金剛頂経系の経典と儀軌にのみ登場する尊格で疑問に思っていたんですが、日蓮のマンダラは面白いですね。

不動と愛染の種字の間にある題目が、久遠実常をも象徴するなら、密教の目から見たら大日三尊曼荼羅にも見えてきます。確かに日蓮上人がそれを意図していたとすれば実にあの曼荼羅も興味深いものとなりますが、日蓮上人自身は密教批判の中で「釈尊は実際父母がいるけれど、大日如来には父母がいない(即ち、釈尊は実体のある仏だが大日如来はそうでない故に久遠実成の釈尊に劣る)」という発言をしたほどですのでどんなんでしょうか・・・。

しかも、その割には日蓮の教義は多く密教のものを取り入れていると思いますが・・。

何より金剛界の愛染、仮に不動を胎蔵界、中央の題目を宝塔として釈迦・多宝を更に金剛・胎蔵の大日に当てると金胎不二の大日に両部の教令輪身が配当されている…なんていうのはまー無いんじゃないかと・・・。

あと日蓮繋がりですが、以前信貴山で結縁灌頂を受けに行く人を見た時に髭題目書いた笈摺着て受けに来た人を見ました。あと念仏を大書した笈摺の人も。本当にこういう人たち、自分の所の教義を気にならなかったんでしょうか…。

また、七面山って今は日蓮宗の山だけど元は密教の山だったみたいで関係ないのかな??あと四国の名刹で真言宗の寺なのに法華経にしか登場してないはずの大通智勝如来を本尊にしてる寺もあるし、どんな修法されるんだろ? それと何で真言宗他って法華経の普門品25だけはあげるの?現世利益の高いお経だからかな・・。

それに、日蓮宗の七面山って今は日蓮宗の山だけど元は密教の山だったみたいで関係ないのかな?? そうそう修験の役の行者ゆかりの山で何故か今でも七面で山伏、見かけるし・・。

こういうアバウトさが日本仏教が他の国の仏教から偽者・パチモノされる由縁でしょうね・・・。空海さんにしろ、日蓮さんにしろすごい人だとはお思いますが出鱈目なところはありっちゃありますから・・・。

さて、今回はここまでです。楽しんで頂けたら幸いです。

では、貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

皇悠より・・・。

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2008年11月15日 (土)

密教の伝授についてあれこれ

御覧、頂きましてありがとうございます。

どうも、皇悠です。

さて、私はよく密教系について、「これより先は良い師と縁を結んで頂いて、伝授を受けて下さい・・・・」という趣旨の発言・記事・投稿をよくしますが、さて、これは具体的にどんなパターンが想定されますか?

失礼ながら、とても非現実的な空論に聞こえるんですね・・・ある種の人には・・・。えーと、普通に密教寺院を調べて、まずはいくつかめぼしい所に出向いて、まずは、一番良さそうな所の行事に参加して様子見る。そこの坊さんと相性が良さそうなら、具体的な講義とかに参加してみる。

駄目なら、別なところに移動。ただ、あまり完璧を求めすぎても駄目ですよ。自分の現状を差し置いて、自分に縁のある寺や坊さんに完璧を求めるのは、仏道とは合わないから・・・、そして、2~3年通ったら、在家のまま得度とかすれば、本山の主催する行事に参加出来るようになったりもします。この辺りは、真言宗は古義系新義系で、結構違いがあるから、自分で調べて下さい。すぐに出家じゃなくても、時間かけて選ぶほうがいいですしね。お見合いみたいなもんですし・・・。西日本だと、そんな苦労せずに善良なお寺に出会い安いかも知れませんが、意外な所に明師・高徳な人はいますから探すのは気長にかつ真剣にやるべきですね。それで、その師が知りたいことをご存知か不明なんですものね・・。

まあ、ある程度、自己努力が必要です。
特に、密教の場合は、自分の師を探す過程が、大事な修行になるので。求められて拒むのも越法の罪ですから、基本的にお断りは直接にはしません。「大変・・・」とか「本気ですか?」ということは言われますが・・・。

だからと言って、それをご存知の人を紹介なんてとても出来ません。たかが、ネットで数回交信しただけの人を大事な友人の近くによせるなどは常識からいって危険で出来ません。

さて、基本的に顕教と密教で得られえる成果は同じですけれど、祈祷・手法等はそういう部分で密門はまったく違い、ある程度のセンスが要ります。

ですので、その面で拒否されたら諦めて下さい。こういうのは文字や会話だけじゃ絶対に伝わらんのですよ。また、文字や表面的知識だけで伝えては駄目なのです。これは、特権意識とか、秘密の維持の為とかじゃなくて伝授者、授法者に加えて、将来密教と縁を持つ者、それ以外の衆生--すべての衆生にとって一番安全かつ責任あるやり方なんですよ。

で、お釈迦様は、教えを隠すことはしなかったとかそういう話があったとしてもそれは、それを説かれた文脈の中で有効なことであって密教には当てはまらないので、ここは誤解してはいけません。以前、私も誤解してました。

密教の場合は、それを理解出来る準備が整わないと、伝授出来ないんですよ。

で、この話に違和感を覚えた人は、別に顕教で修行すればいいのだと思います。向いてないのですし、何故なら、よほどのことがない限り、非常に安全ですから・・・。それに、顕教やその瞑想であっても、普通の人は、十分満足できる結果が得られるはずです。密教に入る場合でも、むしろ、顕教やその瞑想に習熟した人の方が、習得率も安全性も完成度も「高く早い」ですし・・・。

「若し実の如く説かば小機は疑いを致し、
謗を生じて、定めて一闡提無間の人と為らん。
是の故に応化の如来は秘して談ぜず、
伝法の菩薩は置いて論ぜず。」(秘蔵宝鑰)

事実、真言や密門の法をおおっぴらに説かない理由はこれでしょう。
ですので、祈祷の具体的な所・事相について語るのも当然、私は控えています。このブログを閲覧して頂く方には御分かりだと思いますが・・・。この辺に関しては求められて拒むのも越法罪という論は成り立たないと思います。事実、最澄さんに対して空海さんはこのように言って法の授与を拒んでいます。

「秘蔵の奥旨は文を得ることを貴しとせず。
唯心を以て心い伝うるに在り。文は是れ糟粕、
文は是れ瓦礫なり。糟粕瓦礫を受くれば則ち粋実至実を失う。
真を捨てて偽を拾うは愚人の法なり。」(性霊集)

真に真言・密法を求めるならば、ネットなどで済まそうなんて気はおこさずに、自ら師を探して入門するのが本道・良いでしょうし・・・。ただし教相・教義に関して議論するなどには問題ないと思います。密教の場合は、それを最低限は理解できる準備が整わないと、伝授出来ないんですし・・・。

また、それは昔の話として今の時代の話を一緒にするのは可笑しいよ・・・。
今のお坊さんに理解出来る準備なんて出来てないと思うけど・・・。
酒は飲むは、女遊びはするは、お金で僧の階級を買う人よりは、まだ印でも知って護身法をしたいっていう在家の人の方が準備が出来てると思うけど ・・・。

などの論もありますが、要するに私が言いたいのは、事相に関しては、節度をもって
必要以上のことを得意になってしゃべるのは上記の論により良くないと言う事です。

勿論、気をつけたいのは、多くの人が知らない事だからと言って、必要以上に秘匿を強調したり、出し惜しみをしたりすることは可笑しいですよ・・、勿論。または、それとは全く反対に伝授で口外を禁止されている事を現代ではそんな事は言ってられないと称して必要以上に公開することも・・・。

ただしです、事相と教相との区分を明確につけるのは本当に困難です。だから、結局はこの節度というのは個人個人の良心に掛かっているとも思います。事実、安易にマニュアル化することは危険ですし、不可能に近く・・・。それなりの本に一八道まで乗ってるんですし…汗。というか一八道の基本をなす印と真言(さらに観想までのってるんでしょうが・・・汗)だけでは修法として成立しないんです。面受の問題だけでなく細かい佛器や仏具の作法や意味もあるし…。

いずれにせよ車も運転方法を文章化して、それを読んだとしても決して完全に安全に人を乗せたり出来ないのと一緒で、衆生救済の為にはそれなりの阿闍梨から面受で授かり、繰り返し繰り返し修法を行うという加行を受ける事でしか、その精神と法は授かる事がまずは出来ないですし、無理だとも思います。十八道位のモノならば、まだ良しとしなくちゃならん事実は、それなりにありでしょうが・・・ね。

ただ、真言法の中には積極的に他者に危害を与えるモノもあるじゃないですかーーーーー。

そんなモノまでをおおっぴらに載せているモノもありますよ。ええ、お世話になってます、某0研さんとか、原〇房さんとかの本には・・・。ただ、だからと言って、効果のあるなしに関係なく、かけられた人が精神的被害をこうむるには違いはありませんから、こういうモノは良心以前の問題でやるべきじゃないですし、私も追随して公開すべきじゃないと思うのですよ。

要するに、総てを公開してもいいって事になると、十八道のようなモノと降伏法のような危険度の高いモノとをいっしょくたにしてしまうような事が起こるんですよ。そうなると大変な事になりますし、私は責任は取れないですし・・・。だから皆さん越法罪なんてことが強調されるのでしょうね。

ただ、こういう事実が真言・天台の坊主の中から、念仏系、日蓮系の教祖が出てきて民に、その法が広まった理由に繋がるんですよね。あれは越三昧耶だからダメ、これは灌頂を受けてないからダメ 、修行や伝法灌頂を否定する訳でないけども法華経の[御仏は人が仏を想い恋い慕うようになった時どこにでも誰にでも姿現し法を説く]という教えの方が分かり易いですし 、実際そういうモノだとも一面で思います。

それに高野山の宿坊もサーロインステーキなぞを焼いて参拝客に出してるのもどうかと思いますし、例えば護身法などは、在纏位の尊の御信心をしている人に乞われた場合、どうしたものか・・・。厳密にいえば×でしょうが・・・ 、教えるべき例外の人は確実にいて、許したい気にもなりますでしょうし・・・。

また、般若心経秘鍵に「賢者の説黙は機をまち人をまつ」云々とありますように(間違ってる??)、機根が備わって無い人に教えるのが、罪深い事だと思うのです・・・。アーナンダも多聞により迷われたそうですから・・・。まあ、後世の事を考えれば、アーナンダだったからこそ、迷えても悟りを開ける貴重な存在であったかもしれないと私は思ってしまいますが・・・。

そう考えれば、今の真言・天台宗のシステムは一部か、大部分かにおいて確実にかなりの罪を作っていると思いますよ。その罪は、現に犯罪坊主や不良坊さんの出現に現れていると思います。それに、機根論はかつての真言宗学などでは盛んに議論された所ですが、近年では全くといってよいほど論じられる事自体が無いですしね。

大体上根か下根か、なんて簡単に伝授の資格の客観的判断は出来ない事ですし、更には極端な話で、差別問題にも発展しかねませんし・・・。ただ、僧侶全般のモラルが低下していることは確かです。その内、だんだんと淘汰されていって、ホンモノだけが残るという事になるんじゃないでしょうか。そうして、慈雲さんのような中興とか称されるすごい人が出てくるのじゃないでしょうか・・・希望半分ですが・・・。

でも、「ただよく受けて修行することあたわざることあり。もし求法の人、未だ五種の灌頂法を受けざれば、まさにこの瑜伽法を与授すべからず」とあるんですよね。

このほかにも挙げだしたらきりがありません。弘法大師さんだって『秘蔵宝鑰』の中に引用しているじゃありませんか。

要するにですね、後の宗団の人間が宗団の利益などの為に越三摩耶というのを作っただけなのであったならば、私もこんなに書かず、こだわらないんですよ。でも経典の中に書かれていたら、しょうがないじゃないですか。

経典に「ヤメレ」って書いてあるのですから、ここは素直に随わなくてはならないのじゃないですか? 信じ学ぶ者として、それとも、経典の意に背いてまでも越三摩耶を犯す意味がありますか?

あと、真言には確実に副作用もあります。具体的にどういう事かわからなくちゃ、そう単純には結論づけられないと思いますが・・・。

例えば、商売繁盛をお不動さんに祈って、その真言の効果が出たとしますね、あまりにも繁盛しすぎてその金をめぐって色んな人が寄って来て、最終的には不幸になってしまう、ということを言ってるのかもしれないですし・・。あるいは不動の真言を唱えて効果が現れた分、その福徳がどこかから差っ引かれてしまう、ということを言ってるのかもしれないですし・・・。色々なケースが考えられるじゃないですか?

教化に熱心な方の「越三昧耶」の問題には必ずこういうのに直面する訳ですが、現状、ここまでいろいろなメディアに情報が出ている状況で、何でもかんでも「隠すべし」はいろいろな意味で危険かとも思っています・・。

ただ、それら断片的情報(護身法にしても、口伝の部分は大抵は省きましていますでしょ?)で、見よう見まねの自己流をやってしまう方(また、それで事足れりと勘違いすること)が危ないとは思いますが、それは公開者の責任にはならないですよね。

勝手に自作・改変した行で自爆しているわけですから・・・。その意味で「越三昧耶」は有効ですよね。それに現実問題として、希望者全員に得度・授戒・加行をさせる訳にもいきませんし・・・ 、どんな境涯の人に、何をどこまで、という問題は一纏めには出来ないモノの、人的資源・環境的リソースは限られて物理的に無理なものは無理ですし・・・。

それに以前、神職の教育課程を書きましたが、神道は最終的に責任を神様・眷属に押しつけられるんですよ。基本的に祈願を叶えるかどうかは神様・眷属次第というスタンスですから・・・。ただ、密教は基本的に伝法を受けた僧は菩薩と同格なんですよ、だから明王部や天部、垂迹部なんかの神仏に対して祈祷(つまり、仏門として禁に触れる調伏・呪いのような事を命令出来る訳ですよ・・・。)は祈祷僧の責任になります。だからこそ、バレた際に呪いを掛けたとされる僧はこの国の歴史上で多く裁かれるんです。神職は裁かれた例はほぼ無いにも関わらず・・・。

これらの意味で、密門は人を選びます。真実、密教僧でない習合系神道と西洋魔術系を修めた私にも判る位に、密教には伝授・教授に対して問題・障害があります。他の仏教の門派よりも祈祷・呪術・加持を看板にしているので、特に・・・。

さて、今回はここまです。参考になれば、幸いです。

では、貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

皇悠より・・。

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神職免許取得の実際など

御覧頂きましてありがとうございます、[いつもは、巻頭は「何時も御覧・・・」でしたが、閲覧頂いている方は、別に何時も見ている訳ではないので、これからは「何時も」は無しでいきます。]

さて、どうも、皇悠です。

さて、今回は業界、(特に神道の)教育・後継者作りについて書こうかと思います。

基本的には古来からの師弟間の伝授が本道ですが、大きな仏教教団などでは専門の大学や紹介者のみ入れる修行寺などで教育・稽古をつけています。勿論、神道のにもあります。

そして、神道系は神職になるのが仏門より難しいですね。教育機関が少なく知られていないので・・・。また、仏門は師がしっかりしていれば学歴は関係ない場合もありますが・・・。

特に神職の資格免許の取得への道はそれなりに厳しいもので、まずないと奉職出来ず。また、 神職の免状があるからと言って、 必ずどこかの神社に奉職できるとは限らないのが実情です。 勿論、奉職している神官が験・救い・祓いの功があるのかというと・・・、ですが。

さて、それはそれとして神職取得への道ですが、 関東なら東京の國學院大学。関西なら三重の皇學館大学。この二校にある神道科に入学し、神職課程に必要な所定の単位を修得すると同時に、神社での研修を経ることで、神社本庁所属の神職としての免状を取得自体は出来ます。 このルートが多くの社家(家が神社)の跡継ぎ子弟の進学の道ですね。

後は通信制の大阪國學院大学。 こちらは、各都道府県の神社庁からの推薦状が必要になります。

また、皇學館・國學院の別科・専攻科というルートもあります。 1~2年という短期間での修得が出来るそうですが、 その分だけ、かなりハードだと聞いています。 こちらも、各都道府県の神社庁からの推薦状が必要です。

あとは、現在・通われている大学を卒業後、 皇學館、國學院に学士入学するというルートですが、これは理系の方には学士入学するには、三年生(三回生)に編入という形になるわけですが、 基本的に神道の教学には古文、漢文、日本史の知識・理解が必要であるので、 入学希望の際にその辺がネックにあるいはなるかもしれませんね。 ただこの辺は最後は大学側がどう判断するか、ということになると思いますが・・・。

事実、それなりに高齢の方が入学したり、バリバリの理系の医者が卒業した例もありますから・・・。

なによりも、まずは、各大学・機関にお問い合わせされるのが、一番だと思います。

後は、神社庁に属さない単立の神道系宗教団体における「神職」 というのもありますが、これも各教団へ問い合わせるするより他はないと思います。

さて、基本的にはどれも信徒→専門家/神職というルートですので、趣味や好みではやるものではありませんね。それなりの金額をはらって、知識だけという方が多いですし、それだけの代償を払うのなら私が稽古をつけるのに・・・、と思うときもありますが・・・。

さて、今回の記事を読んで頂いて多くの場合で神社本庁所属の機関や神社の宮司様からの推薦状や面接の合格というのが必要と書いていますが、これは資格者が卒業後の奉職する神社を確保し資格者が野に埋もれない事、また神様に奉仕出来る人のみ教えるべき定員制の専門教育機関であるという事実、そして変な霊感商法や拝み屋さんの権威付けに利用されたくないなどの理由で必須とされています。

さて、師のいない(推薦状の予定が無い)方で、神道を学びたい方は事実上、上記の大学に学ぶのが唯一の手ではないでしょうか・・・。基本的に神社の氏子や信徒には教えない場合がほとんどですし、各種の文献には参拝作法や祝詞の用例位しかでていませんから・・・ね。

では、今回はここまでです。お役に立てば、幸いです。

それでは貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

皇悠より。

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密教大辞典

何時も御覧頂きましてありがとうございます。

どうも、皇悠です。

さて、皆さんは『密教大辞典』のことをご存知ですか?日本密教を学ぶ際には必ず参照される辞典です。
この中には密教系の印相・真言・観想などかなりの部分が全て出ていますし、口伝も出ています。

実はこの辞典は編纂された当時、「はたしてここまで書いて良いのだろうか? 」ということがさかんに議論され、何度も議論された結果、最終的に書くという方針に決まったそうで、それぐらいすごい内容のモノ・辞典です。

その頃は密教といえば、釈尊の仏教とはかけ離れたある種の異端とも見られる風潮もあって、なんとかそのような風潮を変えたいという思いが編纂者の中にあったのかもしれませんね。

ただ、決して中途半端な気持ちで書かれたモノではないのです。事実、編纂に関わった人間は全て当時における最高の密教学者で、その内容たるや「素晴らしい」の一言です。

この辞典はたしかに越三昧耶であるかもしれません。しかしながら、その罪をすべて贖うだけの、それに値するだけの労力が費やされたモノです。今後、この辞典を越えるものが作られると言う事は、まず決してありえません。私はこの辞典の作成に費やされた先師のかけがえのない功績に対して、深く感謝の意を念じ感じる者の一人です。

というか、独習するにしても何かを調べるにしろ復習するにしろ、この本なし日本密教を学ぶのなんてありえないくらいに良く出来ています。口伝だの印だの絵だのも多く出ていますし・・・。

本当に日本密教を学び、研究したい人にはお勧めです。高いしぶ厚いですが・・・。

では、今回はここまでです。今回もお役に立つ事を祈りつつ・・・。

貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

皇悠より。

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伯家神道と陰陽道

何時もご覧頂きまして、ありがとうございます。

どうも、皇悠です。ついに参加さしていただいております「精神世界ランキング」で先ほど久しぶりに拝見しましたら30番代に入って居りました。これもどこの誰とも知れない変人の不定期な気ままブログを応援してくれます。皆様のお陰です、ありがとうございます。

さて、今回はなぜか近年脚光を集める伯家神道と陰陽道について幾つか記述します。

さて、伯家神道については何故かとても誤解があるようですね。 まず、かの伯家というのは、名門職の神祇伯の長官であって、 実質的な祭祀・秘儀を代々伝えてきたというよりは、 今の大臣が、事務方の書類を読に承認することが仕事みたいな事と同じように、 名前だけのモノ・名誉職であったようですが、 江戸時代あたりから、徐々にいろいろ取り込み教義を調えていってから歴史ある重代の神道伝授と言い出したようです。

その為、明治・大正期に市井の行者の方にたいして(この人もかなりの有徳の方ですが・・・、名前は秘します)、伯家神道の奥義を知っていると当時の伯家の長が述べた逸話・事例もあります。

さて、そういうわけで実際はそれほど古くからのモノがあるのではぜんぜんありません。 勿論、諸流からの伝授を受けて構成されていますから、古伝もあるのは事実ですよ。 しかし、世間で騒がれ貴重視されているような性質のものではないのが実際です。勿論、独特の傾聴法や鏡を利用した瞑想に呼吸法などもありますが・・・。

また、現在普通に本屋さんで見かける陰陽道関係の出版物は、 そのほとんどが内容の無いモノなのが悲しいですね。 そのほとんどが漢籍道経(道蔵)からの再借用なのか、または垂加神道を輸入してからの陰陽道から派生した土御門神道に過ぎないですからね。 陰陽道は以前書きましたが実に何度も半壊した上で滅んでいるんですよ、歴史的には・・・・。有名な金烏玉兎集も偽書ですし・・・。

さて、道教に関してですが、ずいぶんと悪い印象を持たれている方もいるように思われますが、実は かつては道教・陰陽道といえば、密教の邪流にさかんに利用されたために
道教や陰陽道そのものが淫祠邪教の如くみられた時代もあります。また、 最近ではかなり研究が進んできて、そのような見方はされなくなっていますが・・・。

ちなみに私が道蔵(道教系の経典・論書など)を読んでいたのは、道教の方術などを実践するためではなく、 純粋に宗教学としての観点からも勉強していただけです。 この方面を勉強すると、ものすごく漢訳経典の理解が深まります。 勿論、私の呼んだのは初心者レベルのそれでしたが・・・。例えば、空海さんの『三教指帰』には道教に関する記述もありますし、そのほかにも『御遺告』の最後の方なんかは 陰陽道の知識抜きにその内容を理解することは出来ません。あと、即身成仏という成仏のありかた、これは私の推測なんですが、老荘思想と深いかかわりがあると思います。 ちなみに道蔵の中には『老子』『荘子』『列子』なども入ってます。

また、修験者と陰陽師は、昔は同じようなモノ/ほとんど双子のような関係で、 明治になって禁止令がほぼ同時に出た事も似てますが、 陰陽師、例えば有名な安倍晴明なども、熊野で一千日の修行をしたといいます。 これなどは、陰陽道は関係なく、修験の行・理論です。

ただ、本来の陰陽道なら道教的の用語・神仏でその祓い・儀礼をしているはずですが・・・。 それか、陰陽道から派生した土御門神道ならまったくの垂加神道すなわち、 吉田神道流のやり方ですね。土御門神道は、一時伝承者が絶えて吉田神道系の垂加神道から神道伝授を受けたのは、有名な話です。

事実、実によく調べていますマンガの陰陽師でも、晴明が「吉田神道の十宝印をくんで、 とほかみえみため、かんごんしんそんりこんだけん、 はらひたまひきよめ(○←本当は一字はいる場合もあり)たまふ。」 と吉田神道式で祓っていましたね・・・ 陰陽師が、ただ公家の装束を着ていただけなら、ただのコスプレです。 斎服(神主さんの真っ白の服)ならともかく・・・ 。

また、本当にその方式が陰陽道なら、ほとんど中国の神様の名前を唱えて、 火を使うにしろ、それなりの霊符を焼いたり、密教や神道とは、 感じの違う修法を使うはずですしね・・・。

大体、専門の泰山府君や北斗、南斗、聖獣などに祈らずに、何に祈っているのかな? ただ神道や仏門の神仏に大祓や真言をだらだらと唱えているのは、僧侶や神職、拝み屋か修験者ですね。よくメディアにでる某Ⅰ田氏は本当に修験崩れにしか見えません。

また、陰陽道には独特の都状や祭文と呼ばれる陰陽道式祝詞であるとか、 御幣にしても、色々とありますし、やはり、占術で判断する(たとえば六壬や式盤くらい使って)とか、独特のモノがあります。

そういう視点からみますとメディア上のは多くは偽者ですね。

さて、今回はだらだらと雑話を書きましたがお役に立てば、幸いです。

では、貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

皇悠拝。

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2008年11月14日 (金)

ある説法

何時も御覧頂きまして、ありがとうございます。

どうも、皇悠です。

さて、今回は私が感動したある問答の話の一部を紹介します。

『 Q,真言の功徳というものは何回くらい唱えれば目に見えて実感出来るものなのでしょうか?お教えください。

実際に私は何々の真言を何回唱えた所、こういう現象があったという例がもしあればなお有り難いですが、無くても結構です。どなたのでも結構ですので是非、ご回答をお願い申し上げます。ちなみに私は迷える在家の信仰者(多数)です。

A,弘法大師様がよいお手本だと思います。
一例として、虚空蔵菩薩の求聞持法(百万返)。

その昔、弘法大師様は当時、由来も真偽のはっきりしない御真言をお唱えしていたそうですからね。真言宗自体なく、虚空蔵菩薩すら知られていない時代にその御真言の功徳は、今の貴方以上に疑わしかったに違いないと思います。しかしながら、もしかしたら何の意味も無かったかもしれないのに弘法大師は大いなる成果をあげられたそうですからね。少なくとも多くの説話・伝説ではそう書かれ、私もそう信じ・習いました。

そして、あれほどに、論理的に説明をする方が、最後の最後は御真言に関しては「不思議」との見解です。

私が一つ言えるのは、まさに一心であったから、遂げる事が出来たと思います。回数では無く、精神をいかに不動に集中するかではないでしょうか?お唱えして行く内に、だんだん不安になって余計に迷ってしまうのは「信」の差でもありましょうし、自分の弱さに気づくチャンスでもあるとは思います。

ただ、間違った心で一心になってしまうと危険です。十善戒など、戒律と照らし合わせて、ベースが真っ直ぐであるよう心がけてはいかがでしょうか?また、光明真言などが非常に功徳が甚大であると伝えられております。今、残る真言は歴代の先師先徳が取捨選択し確かめてきた末にあるので、基本的に功徳があると思いますよ。

また、弘法大師様に関して、自分の迷いの闇を払う目的は、衆生を救う事が最終の目標にあったのでしょう。また、利他の精神が無い状態での御真言に成果があった話は聞いた事がありません。これは大乗仏教・日本仏教の命題でもありますから忘れないでください・・・。

どうしても利他の気持ちが起こせない人は小乗の例えば、阿含経の修行法をしている方が良いのかも知れませんね。・・・ 』

素晴らしいです。このような話し方が出来ると最高なのですが、どうしても長々と記述・話します。信や慈悲、戒律、そして真言に限らず祝詞・祭文などを含めた全ての行の大切さが過不足なく述べられています。

今回は、これ以上書くことはありません。汚しそうなので・・・、参考になれば幸いです。

では、貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

皇悠、拝礼。

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行と素直さと感謝

何時も、御覧頂きましてありがとうございます。

どうも、皇悠です。

さて、いきなりですが、祈祷にしろ呪術にしろ行というのは 繰り返し続ける事によって、力がついてゆきますよね。そして神仏に自分の心が通じ易くなります。慣れや馴染みもありますが・・・。そう言う関係の上で自分が気のつかない危険が迫ったときは危険を知らせて下さったり、救って下さりします。

さて、よく聞く話で素人判断でこんなことをするだけで、「悪因縁が消滅するはずがない」、「効果がない」と言い放ち・思われる方がいますが、そういう方は、礼拝行(例えば、正座した状態で体を前に倒し額を床につけ、手は耳の横に手のひらを上にして。、次に直立し手は合掌する。この動作一回によく知られる普礼真言を一回唱える事や五体投地礼など)を毎回二十一回づつして、その後に独尊法を毎日一座、それらを千座も続けてから、効果が無い時に否定すると良いと思います。本当にやらないで、判断するお馬鹿さんは多すぎます・・・orz。

所詮、素人の判断は正しく行をすれば崩れる脆いモノが殆どなので・・・。まあ、こういう方はやり遂げられない方が殆どなのでしょうがないのですが・・・・。

さて、私の神仏習合系神道の師は昔は素直に、「南無大師遍照金剛」という弘法大師の行徳に感謝する言葉を言えなかったのが、礼拝行をしてから素直になれたといっていました。

また、このような「素直さが仏様の慈悲のエネルギーを自分に取り入れるためのキーポイントとなる」と教えてくれました。(勿論、教条主義や洗脳では無いので批判する面は批判するべきですし、改善したい点はすべきだと思います。)そして、その慈悲を感じた時に感謝する事が、次の更なる験・慈悲をいただく基礎となると私は習い、そう思います。

特に信仰でお救い頂くには、感謝で始まり感謝で終わるモノです。ありがちですが・・・。特に初めの感謝は生きて神仏に手を合わすことが出来る感謝であり、次に神仏に助けを求めれる事に対する感謝でもありますね。縁がないと祈ることすら出来ませんから・・・。そして、素直に成る・いる事は、自分の浅薄な知識や経験の上にある自我を調伏する事でもあります。

さて、今回はここまでです。今回は久しぶりに気ままに書きましたが、楽でいいです。

それでは、貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

皇悠拝。

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呪術・祈祷の独学の危険と利点、そして伝授条件・・・

何時もご覧頂きまして、ありがとうございます。

どうも、皇悠です。

さて、今回はあまり考察されないソロ・独学で祈祷・呪術をする際の危険などを、よく知られた仏教・神道を題材に考えて記述してみようかと思います。

ではいきますね。

さて、仏門では最低限度として(有名なところで般若心経とか、観音経などの)経本、数珠、本尊(自分が信じ頼る仏様/仏様の宮殿たる曼荼羅の描かれた御影や刻まれた尊像などのことですね)が、なにか行を行う際は最低限度として必要で、これぐらいそろえて行いますよね。神道ならば祭神であり、祝詞集などですが・・・。

それで、ここで難しいのは本尊です。以前曼荼羅は経典の視覚・物質的な表現ということを書きましたが仏尊もほぼ同じで、ある経典を選び信じ行うということはある仏を頼み行を行う(本尊とする)ということと等しいです。神道では規格化と公開・汎用化が進んだので、現代ではこれはあまりありませんが・・・。

その為に自分が好きな仏と日々朗誦したい経典がずれた場合、それは苦痛・矛盾になります。あまりありませんが・・・。大抵、どちらかが先にあり、そこから進みますからね。ある仏を選ぶ⇒その仏に関わるお経を使い始める形か、ある経典を使いはじめる⇒その経典に説かれる仏・その経典を信仰する者を護持すると誓う仏を祀るという形になりますからね。

また、特にこれは仏門と神道両方で起きることですが行を積み、向上・学習・浄化などの変化が進むと(大抵一年以上経過していますが・・・)ある種の経典・祭文などを唱えること自体を体が拒否するようになる場合があります。つまり、いままで唱え愛用し信頼していた経典・祭文が「自らの祀る神仏に相応しくない、より良いモノがあるのでは?」と不信・疑問が発生したり、どんどん満足自体が出来なくなるのです。

または、その逆に、なんとなくお試し感覚でも使い始めた経典や祝詞・祭文の方が祀る神仏よりも上位・高度・有益な場合は新たに別の神仏の勧請、最悪の場合は別の神仏への信仰の移動(棄教と改宗)する場合もあります。

これは、特にソロの術者に起き易い現象で、どんどん自己創意&工夫で改良・改変・増設をしてしまうのでそれが行き過ぎてしまい、結果的に参照・参考にしていたその宗派・宗門の枠から出てしまう(一面では堕落・異端化)という現象が起きてしまうわけですね。

ちなみに、歴史的にはそれが公的に認められれば新流派の創生や教義の維新(バージョンアップ)になりますし、そしてそれが拒否されれば弾圧されるのが通例ですね。

これは歴史上でよくある現象で、研究者肌の人物はどんどん進めば進むほど他者が学び理解するのが難しくなるので異端・孤立化し易く、逆に教授・教育者タイプの人物はより多くの人に伝授・伝達しようとするので結果的に多くの人が学び理解しやすく苦労が少ない方向に進み、本人も既知の普通の知識・技術(大抵は道徳論や基本的行法)などにのみ特化しがちというアレです。自分の質的向上よりも公開・教育活動をするのですから当たり前ですが・・・。

ちなみに多くのスポーツ業界で「名選手、名監督にあらず」という考えがあるのも同じ理由ですね。名選手は基本的により効率的にして効果的、精密にして高度な自己に有益な特化した身体技法・考えでどんどん改良・増設・変化していくので、結果的にそれを伝達しようとしても、共通基盤・容量自体をほとんどの方が持たないままにその人だけが先に進みますので、結果的に相手が受け取り、理解すること自体が出来ない/間に合わないということになるのです。

丁度、最低限度、PCレベルの機能・容量が要るのに相手が携帯電話レベルの機能・容量しかないとデータの伝達・共有自体が無理・成立しないのと同じですね。例え、幾ら教えを授けてもこの場合は相手は一部しか利用・理解出来ないままに終わります。そうやってどれほどの流派・技法が消えたことか・・・。

大事なことなのでもう一度、言います。「この現象・現実の為にどれほど多くの技法・思想・知恵が失伝し消えていったことか・・・(泣)。」

そして、この事実を自覚せずにボーとして、師の死後にあわれにも取り残される弟子、追従者のなんと多いことか・・・orz。

ごくたまに、逆の現象が弟子が師を超えるという現象は弟子が師の必要にして十分な基盤・技能を身につけ終えて、更に師よりも師の持つ先行者利点・既得権益よりも遥かに進んだ研究・学習をなしえたという素晴らしい場合が起きたときだけ起こる、ある意味で奇跡ですね。

さて、翻って私自身では、ある面では師よりも勝り越えていると自負していますが、完全には受け取りきれず、条件を満たしきれずにこぼした事が多いので超えたとは言えません。せいぜい、PCに例えると上位機種や発展形ではなく派生した専門機・特化型という存在でしょう。全体的なスペックでは師達よりも一・二段劣りますからね。

さて、今回はここまでです。長々とお読み頂きまして、ありがとうございます。

これからもよろしくお願いします。

それでは、『貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・』

それでは、皇悠より。

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2008年11月13日 (木)

金剛法輪(輪宝)と灌頂など

何時も御覧頂きましてありがとうございます。

どうも、皇悠です。

さて、皆様は「おん ばざら たまく かん」というモノを知ってますか?これは金剛法輪(輪宝)の真言で既出の大金剛輪陀羅尼と意味合いはよく似ております真言です。輪宝は転輪聖王(てんりんじょうおう)という方の武器で王には向かうものは悉く粉砕してしまう性質があります。そのことから魔除けの効力があるとされますね。

さて、日本仏教ではこのような真言を使用するのには免許・灌頂がいるとされます。特に密門ではこれを大変重要視し各種の段階に分けています。

さて、この密教では灌頂には五種類あり、第一が曼荼羅供作法、第二が結縁灌頂、第三が受明灌頂(これが別名許可灌頂)、第四が伝法灌頂、第五が以心灌頂になります。

普通は在家の方が受ける事が出来るのがまず結縁灌頂までで、弘法大師も多くの方に曼荼羅の諸尊との仏縁を結んでいます。ちなみに結縁灌頂は幾らでも基本的に受けれます。例えばある神仏の供養法・一尊法を学ぶのも結縁灌頂になります。また、第三の受明灌頂が仏弟子が受ける灌頂でまたの名を学法灌頂とも言います。そして、第四の伝法灌頂が基本的に真言宗(密教)の僧侶が真言法相承の師位を得る灌頂です。いわゆる四度加行の後に僧侶の受ける灌頂はこの灌頂のことです。第五の以心灌頂が別名秘密灌頂で得瑜伽の阿闍梨が器量のすぐれる受者に行うモノですが、残念ながら日本の多くの宗派では現在行われていません。

さて、普通の真言・天台宗の僧侶の方がまず一人前に成るのに四つも灌頂を受けなければ成らないのですが? 素人考えですが、修行期間もお金も一人前の僧侶に成るのには、ずいぶん懸かりそうですね…。しかし、現在の四度加行後の伝法灌頂では四つを一纏めに行う事もあるので大丈夫なようですね。

ちなみに投華得佛で御縁を結んだ後、金胎の秘印と真言と大日如来からなる血脈を授かります。これ以上詳しいことは言えないんですが…。ただ、昔に比べ、修行期間が短縮された現在でも得度、四度加行、灌頂まで授かるのは大体は二年越しですね。

また、東密(真言宗)では大体はどの派でも江戸時代初め頃から灌頂での投華得仏は大日如来と縁を結ぶ事になっているんですよね。これは寺の息子や大事な後継者に縁を結べない者がいないようにとの配慮かららしいですが・・・・汗、(弘法大師の故事によるところもあるのでしょうが)高野山だと投華のあと、ガサガサ音がして華の位置を直しているようだとの一部情報を聞き及んでいましたが・・・(笑)。

ちなみに叡山(天台宗山門派)の在家の結縁灌頂の敷曼陀羅は、簡略化してありますね。さて、東密・台密共にこれらの便法は、曼荼羅に落ちないなどの事態を避けるための措置なんでしょうが・・・。実際、昔は夜叉鬼神の類を得佛してしまった場合に縁なし?とされたとも聞きますし・・・(これはうろ覚えで不確実です。すみません)

また、結縁灌頂のことですが台密(天台宗系)ではきちんと投華の尊と結縁する場合もあるそうですね。

やっぱりそうでなくっちゃいけません!そのような灌頂をやってくれるのだったら、私は喜んで参加するんですけどね。

でも、実際問題、もしそれをやるとするならば、投華の花を確認する役の僧はかなり曼荼羅に詳しくなくてはなりません。即座に「この尊は誰それだ。」って言えなきゃなりませんからね。それに、チャンスはあまりないのであまりに格下すぎたり師より上の尊格だったりした際は伝法・伝授出来ても指導面で出来るのかなど色々難しいものです。

さて、普通は未灌頂といえば、伝法灌頂を受けていない人のことを言います。つまり伝法灌頂は加行を済ませておかなくては受ける事が出来ません。で、その加行では、(真言)密教の基本的な修法の伝授を受けます。

前回書きました大金剛輪の真言というのは、実は読経の中で読誦することもありますが、その多くは修法の中で用いられます。つまり、修法というのは、在家が行えるものもないことはないですのが、その多くは加行中に特訓(?)するものがベースになっています。と言う訳で、未灌頂の人が大金剛輪の真言を唱える状況に遭遇することはまずない、という論もあります。前回、書いていてなんですが・・・。

そして、在家のお経に大金剛輪の真言が掲載されている事もありますが、高野山真言宗から発行されている『在家勤行次第』には入っていません。

また、在家が大金剛輪を唱えてはいけないと言う事を聞いた事はありませんので、唱えてもかまわないとは思いますが、ある方に聞いたところでは加行の伝授を受けた時に、「大金剛輪は間違えない様に慎重に、回数も誤らないように、」と念を押されたという話を聞いた記憶があるので、よっぽどの必要性がないのであれば、無理に唱えなくてもよいのじゃないかなあ、というのが私の個人的意見ですが気もします。

勿論、越三昧耶(資格がないのに修法・説法などをすること)の罪を恐れる必要のない人には仏罰も及ばないでしょうが・・・。越三昧耶の罪を恐れるのであれば、やはり加行・灌頂を済ましておくべきでしょう。

また、クソ坊主であろうがなんであろうが、越三昧耶の罪を恐れる者でも、已灌頂者はその罪科をいちおう回避したと言う事になるのですから大丈夫でしょうね。そして、越三昧耶の罪を恐れる者でありながら未灌頂のままで修法を行うというのであれば その人は堕獄の結果が身にふりかかるのを覚悟でやらなくてはならんでしょうね。そう、経典に書いてありますからね・・・。

まあ、私のような仏教徒ではない存在には関係のない話ですが・・・。

さて、今回はここまでです。それでは、貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

皇悠、拝礼。
 

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 大金剛輪陀羅尼

何時も御覧頂きましてありがとうございます。どうも、皇悠です。

さて、今回は久しぶりの真言です。前々回まで神道系の記事を書いたのでこれから少し密門の事を記述しようかと思います。ただ、間違いがあると越法の罪が怖いので前回・今回と懺悔・滅罪系で行きます(笑)。

さて、あまり知られてませんが、陀羅尼や真言は唱える数は3、7などの奇数回が基本ですが、納得するまで唱えて結構だと思います。私の恩師は一流伝授で阿闍梨に護身法の真言も心ゆくまで幾らでも唱えなさいと言われて、最初は奇妙な事を言う阿闍梨だと思ったそうですがその後、様々な経典や儀軌を 勉強するうちに意味がよくわかったと言われていました。

よって私も時間が許される時は修法などでは本尊の真言を次第などで指定されているよりも多く本尊と一体感が得られるまで唱えます。

また、真言はその真言そのものに自らが成る(納得する)まで唱えるのが大事なんだと恩師に教えて頂きました。(なお、大日経系ですと多くの儀軌で成就するまで唱え修法するように書かれていますね)

ちなみに、今回の真言は四国の巡礼用教本や信徒用の勤行集に出ているような割と普通の真言ですが大事なモノです。

では、本文です。 

大金剛輪陀羅尼
「のうまく、 しっちりや、 じびきゃなん 、さらばたたぎゃたなん 、
あん びらじ びらじ 、まかしゃきゃら
ばじり 、さたさた 、さらてい、さらてい 、たらいたらい 、びだまに 、さんばじゃに、
たらまち、 しっだぎりや、 たらん 、そわか。」

さて、朗誦を間違えたときにその間違いを帳消しにしていただけるこの真言・陀羅尼は、一切罪障消滅の陀羅尼なので、大蔵経18巻から21巻までの、密教部経典に13種出てきます。また、阿しゅく如来、馬頭観音、不動尊、甘露軍茶利、烏枢沙摩明王などの儀軌にも入っていますね。

なお、大金剛輪陀羅尼の意訳はこんな感じです。
「三世の一切の如来に、この身この心を投げ打つつもりで帰依いたします。離垢尊(りくそん)よ、煩悩の垢を離れた者よ。大輪金剛尊よ、法輪を回す不退転の悟りを得た者よ。有情よ有情よ、我らと平等であるが者よ。流転するものよ、済度したまえ。救世主よ、我らを救済する者よ。一切の(罪障)を消滅させる者よ。一切の(魔怨)を粉砕させる者よ。三つの智慧を成就し得た、最も優れた者よ。最勝尊よ。我にもまた、成就せしめ給えんことを。あなかしこ。」 

ぜひ、ご使用ください。

では、今回もお役に立つ事を祈りつつここまでです。

貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

皇悠より。

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密厳院発露懴悔の文

何時もご覧頂きましてありがとうございます。

どうも、皇悠です。

さて、今回はかなり前に紹介しました懺悔文の別バージョンを紹介します。それなりに有名なモノですから、ご存知の方も多いかもしれません。

では、本文です。

密厳院発露懴悔文[みつごんいんほつろさんげのもん]

『 我等懺悔す 無始よりこのかた妄想に纏(まと)はされて衆罪(しゅざい)を造る

身口意(しんくい)業 常に顛倒(てんどう)して 誤って無量不善の業(ごう)を犯す

珍財を慳悋(けんりん)して施を行ぜず 意(こころ)に任せて放逸にして戒を持せず

しばしば忿恚(ふんに)を起して忍辱(にんにく)ならず 多く懈怠(げだい)を生じて精進ならず

心意(しんに)散乱して坐禅せず 実相に違背して慧(え)を修せず

恒に是の如くの六度の行を退して 還(かえ)って流転三途(るてんさんず)の業を作る

名を比丘(びく)に仮(か)って伽藍(がらん)を穢(けが)し 形を沙門(しゃもん)に比して信施を受く

受くる所の戒品(かいぼん)な忘れて持せず 學すべき律義は廃して好むこと無し

諸佛の厭悪(えんあく)したまう所を慚(は)じず 菩薩の苦悩する所を畏れず

遊戯笑語(ゆうげしょうご)して 徒ら(いたずら)に年を送り 諂誑詐欺(てんのうさぎ)して空しく日を過ぐ

善友(ぜんにゅう)に随がはずして癡人(ちにん)に親しみ 善根(ぜんごん)を勤めずして悪行を営む

利養を得んと欲して自徳を讃じ 名聞(みょうもん)を求めんと欲して他罪を誹(そし)る

勝徳(しょうとく)の者を見ては嫉妬(しっと)を懐き(いだき) 卑賤(ひせん)の人を見ては驕慢(きょうまん)を生じ 

富饒(ぶしょう)の所を聞いては希望(きぼう)を起す 貧乏(ひんしゅ)の類を聞いては常に厭離(おんり)す

故(ことさら)に殺す有情(うじょう)の命(みょう) 顕は(あらわ)に取り密かに盗る他人の財

触れても触れずして 非凡行(ひぼんぎょう)を犯す 口四意(くしい)三互(さんたがい)に相続し

佛を観念する時は攀縁(はんねん)を発し(おこし) 経を読誦する時は文句を錯る(あやまる)

若し善根を作せ(なせ)ば有相(うそう)に住し 還って輪廻生死(りんねしょうじ)の因と成る

行住坐臥(ぎょうじゅうざが)知ると知らざると犯す所の是(かく)の如くの無量の罪 今三宝に對して皆発露(ほつろ)し奉る

慈悲哀愍(じひあいみん)して消除せしめ賜え 

皆悉(ことごと)く発露(ほつろ)し 尽(ことごと)く懺悔(さんげ)し奉る

乃至(ないし)法界の諸(もろもろ)の衆生 三業に作る所のかくの如くの罪 我皆 相代って尽(ことごと)く懺悔し奉る 更に亦 その報いを受けしめざれ

南無 慚愧懺悔(ざんぎざんげ) 無量 所犯罪(しょぼんざい) 』

ここまで、反省・懺悔されたら許すしかないくらいトコトン自己の罪を明示し、出しています。そして、最後の代懺悔の一文がすさまじいですね。ただ、基本的に対象が仏教徒なのが、少し不満ですが・・・。

では、参考になれば、幸いです。うっうー。

貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

皇悠、拝礼。

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太祝詞

何時もご覧頂きましてありがとうございます。

どうも、皇悠です。さて、今回は太祝詞というモノです。ちなみに大祓いの祝詞の天津祝詞の太祝詞言とは読みは同じですがと違います・・・多分。

では、(ちなみに何故か伝授を受けた際ひらがなだらけだったので、そのままの)本文です。

「ほくしんあまのまひとつ ふつぬし たけみかつち はーやー いざなぎおおみかみ いざなみおおみかみ しほこほ ろこほろ みあれませ あまてらすおみかみ つきよみおおみかみ すさのほおほみかみ 海 山 川 野 草 木 鳥 獣 這虫 雨 風 雪 霰(うみやまかわぬくさきとりけものはうむしあめかぜゆきあられ) いかつちふるいないふるおおみかみ くにぐにのくにたまおほみかみ うぶすなおほみかみ あらあはかみくに」

単純に、天津神を中心に有力な三貴神、武神達よ来て下さい・現れてくださいと言う内容ですね。この祝詞だけではあまり使い道がないので他の経文・祝詞と組み合わせて使う事をお勧めいたします。参考になれば、幸いです。うっうー。

では、貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

皇悠、拝礼。

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2008年11月12日 (水)

ひふみの祓いと天機漏らす事なかれ

何時も御覧頂きまして、ありがとうございます。

どうも、皇悠です。

さて、今回は以前に紹介しました「ひふみの祝詞」の元ネタと私が見做す「ひふみの祓い」の紹介です。

では、本文にいきます。

ひふみ祓
 
「一イ(ひと)二フ(ふた)三ミ(み)四ヨ(よ)五イ(いつ)六ム(むゆ)七ナ(なな)八ヤ(
やは)九コ(ここの)十ト(とをなりけりや) 而布瑠部(フルヘ) 由良由良止(ユラユラト) 布瑠部(フルヘ) 」

以上です。

さて、この祝詞・神歌は大いなる剣神を奉る石上神宮関連のモノです。一部は今の神社神道においても振魂・鎮魂行として採用されていますね。内容的には古語風にカウントダンをして振動しろと命令をしているようですがかなり教学を積みますと深い意義があります。俗に、秘伝とか奥儀とか言うモノに限って、 簡単なモノである事が多いのですが、 ただ、その一つの事でも、完全に理解・習熟するのは難しいですよね。

ちなみに、この祭文(?)は物部氏及び今では正典から外されたある文献(といえば、神道史をご存知の方ならお分かりいただけると思います)と深い繋がりがあります。

さて、空海さんではないですが、ただの一字に万理、一詩に世界が内包するのがこの界の行・法なのですから・・・。中国武術家の「千招(多数の技)を知る者を恐れず、一招(一つの技)に熟す者を恐れよ。」 なんて言葉もありますし・・・。「一を知れば萬法畢わる」という道教の思想もありますしね。そういう意味ではこの道は難しくともやりがいがあります。

また、日本では何事も神道でも諸芸道でも、 初伝の様々な行は易しめに。 中伝は難度が増してゆき、複雑に。 奧伝は初伝に帰る。 というルートがあります。奥伝は実は初伝であると言える、とも・・・。

ですが、だからといって、いきなり奥伝から習うことはないですよね。 そして、「初伝への立ち返り」ともいえる奧伝にまで到達した時に、 やっと初伝をしっかりと基礎として血肉にしたからこそな訳で、 初伝の、基礎中の基礎から順々に始めて、心であったり身体であったりを造り上げ、 中伝、奧伝と登ってゆく。そして奥伝の本質なり、その道の精髄が理解・体得出来るのでは?と考えています。

さて、私はこのブログで現在ではほぼ埋没した神歌、祝詞、密呪なども公開しておりますが、「これらは実は大いなる神様からの神界からの密令により、公開に踏み切っているいるので・・・。」というのは、マニアックな冗談ですが、 要は少しでも多くの人に神仏との縁を結んであげたかったという事です。

やはり、こうした神法道術、秘儀や密呪というものは、それなりの行を積み、幸運な有縁の人しか知り得ないモノです。だから、「( こうして略法や祭文などの文章だけにしても)その存在を知ることにより、 深い神縁仏縁を結ぶ事が出来れば後々に自己修練を積む事で相応しい師なり神仏の加護・出会いがありうる」と、とある古神道家が言っていました、そして私も自分の経験からその通りと考えるので、 このブログに限り、その一端を公開している訳です。

これが、深い幽慮によるものかは、神のみぞ知ることですが・・・・。 

勿論、この界の不文律『天機漏らす(事)なかれ』を尊重して、「少なくても私以前に誰かが一度は世間に公開した情報のみに限定するように記述しています事」は私と同レベル以上の知識・術者ならお分かりになると思います。

それと私が現在、ほぼ完全なソロの術者であり、どこの団体・組織の紐がない状態なのもこのような無茶が出来る訳ですが・・・。また勿論、より詳しい作法・秘儀・説明は弟子には実力に応じて伝法・伝授してますし、それなりの縁のある他派の術者とは交換条件で伝授・伝法していますが・・・。多くの人が神仏と縁が結ばれることを願います、本当に・・・。

さて、今回はここまでです、お役にたてば幸いです。

では、貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・

皇悠、拝礼。

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2008年11月11日 (火)

祝詞紹介シリーズ・・・三雲祓詞

何時も御覧頂きまして、有り難うございます。

どうも、皇悠です。さて、今回は少し珍しい祝詞を紹介しますね。

どこかの、何かの大神の御神徳を仰ぐのではなく、純粋に自己を清める祝詞です。

三雲祓詞(みくもはらえことば)
「 雲という草あり 蜘蛛という蟲(くさ)あり 雲という人あり
飛ぶ鳥も雲息 人の運び雲息 月日を見るも雲息
雲を渡るも雲息 神の御息と怖るれは
突く息 吹く息 流す息 三雲の祓いと聞こしめせ 」

まるで、禅宗の行雲流水、オーケン風に言えば「ノホホン」とした風景の浮かぶ祝詞ですが、古神道系の水穂伝という書物に出てくる神イコール火水→風などの秘伝・秘教に繋がる古伝承・古の祓いの詞です。

現代の神社・人格神の信仰とは違う威風の祓いの詞ですので、紹介してみました。

それでは、貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

皇悠より・・・。

一時期の論文・考察記事もいいですが、こういう記事も良いですな。

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2008年11月10日 (月)

祈祷の源泉と寄り加持についての幾つか

何時もご覧頂きましてありがとうございます。

どうも、皇悠です。さて、今回は呪術・祈祷業界のことを幾つか書いてみようかと思います。

まず、祈祷して実際に動くのは大部分はお願いしている神仏の眷属霊(部下)です。位が高い神仏ほどなかなか直接は動いてくれないです・・・・。神仏はある種の意識・エネルギー場/塊ですから気というかエネルギー(?)が届くだけです(例外もありますが)。また眷属霊を動かす目的の巡礼は拝み屋さんは当たり前にやってます。大体が寺院や山岳で祝詞や経典を奏上しながら必死に念込めて拝むだけなんですけどね。

また、眷属霊と交信出来る能力者だと交渉して自分のお堂に連れて帰ったりするそうです。拒否される場合も多々あるそうですが・・。ちなみに眷属霊の協力が欲しい場合は寺社巡礼重ねるのが一番効果的なようです。伏見稲荷大社だかだとそれ目的の巡礼グループもいるそうです。特に国津神が眷属霊持っているとも言われてます。ただ、眷族神霊を利用したい人間側が問題ですよね、眷属神は感情的に動かれる事が多いと聞きますが、その神社なり寺院の本来の主の御祭神なり御本尊様の許可はいるでしょうし・・・。。

また、こういうのは、私の主観ですけど位の高い神仏、御祭神なり御本尊様は意識・エネルギーの溜まり場・渦みたいなモノでそれを利用・使用させて貰う感じですね。勿論、偉大な魂というか意志が宿ってますので許可というか同調してですよ。神道系の言葉に恩頼(みたまのふゆ)という言葉もありますし、神社に参拝するのも同じ意味だと思います。行者などは神仏の発する気などを吸収し同化して験力を徐々に伸ばしてるのが大体の場合です。地道な修行というか充電作業というか・・ですけどね。

ちなみに作家の田口ランディ女史はこういう行為「聖地とか神社の参拝・巡礼など」を自己のオーエスのバージョン・アップ行為なんて書いていますが・・・、芸術家・創作家と呪術・祈祷師の違いでしょうか、感覚世界の事なので説明するの少し難しいですね。

ちなみに、私はお稲荷様及び自然なんかを源泉としてます。 稲荷は合う人には凄く合うみたいです。多分、所謂、神気というかプラーナというか生命力と言うかそういうモノを利用しているのでしょうね。また、安倍晴明も稲荷の眷属霊狐も使役したようです。京都の稲荷山でも修行してたそうで安倍晴明の霊力の源泉は稲荷とも言われてます。安倍晴明神社にも稲荷末社ありますし狐伝説もありますしね。

ちなみに多くの真言・天台の密教系の祈祷僧は信仰対象の不動尊を源泉としているようですが、祈祷では密教の場合は現世利益目的なら天部で祈祷する事が大半ですね。真言宗が特にそうですが祈祷本尊としてまた教学の基本にいる不動明王様は独特の仏だと思います。先祖供養にも適してますし退魔や悪因縁祓うのにも適してますし・・・。また呪術力というか祈祷の技能を伸ばすのにも向いてますし、さすが弘法大師様一押しの万能型の仏ですね。

ちなみに、天部は供養よりも事細かな祈願(家内安全など)に向いてると思います。悪人を懲らしめる調伏法に向いてるのか毘沙門天や摩利支天などの天部に攻撃的なモノが多いですね。

それと霊告とか啓示、それに寄り加持などの場合ですがこれらに答え、動かれるのは菩薩までは直接降臨・憑依する場合もあります(滅多に無いです)が・・・。如来だと絶対直接降りません。我は大日如来なりとか天照大神・・・などと言い出したら低級な霊・存在です(笑) 御嶽行者などがやる神降ろしも低級霊では無いのですが神仏本体というよりその遣いの神霊が降りてると思います。

ちなみに神道系修験道である木曽御嶽行者の神降ろしは具体的にはこんな感じ。

まず、前座行者が祝詞、神歌、九字で神霊を降ろし霊媒である中座行者に気合と共に憑けるとされてます。正式には四天と呼ばれる4人の行者が前座と中座を囲み悪霊が入らないように防御するようです。私はかなり実践的システムを持つ修験道だと思います。

また、これは本田霊学系の帰神法にも言える事だと思います・・ね。ある日蓮宗の神降ろしやる方も降りるのは高級ではあるが本人ではないのだと言ってました。これは人間社会と同じで上の立場の者は監督や命令などをし、下の者が動き走り回るということはどこも同じですね。この辺り難しい問題なのですが単なる眷属霊とも違うと思いますし、多分、神仏本体のエネルギーの極々一部(分霊)が降りるのかなと考えてます。全部入ると強過ぎて容量的にも無理で即死すると思いますが・・・(笑)。

それと神降ろしは行者(術者)の力により降りるモノが違うとはよく言われてます。眷属と言っても我々から見れば神仏の霊と言ってもいいような存在だと思いますし・・・、我々も神仏の分霊・一部を頂いているという意味では八百万神とも言えるとも思いますので・・・、難しい部分ですが・・。

例えば、お稲荷様の白狐(眷属)降りる場合もあれば神本体のエネルギーの一部が直接降りる場合もあるように思います。実際、神降ろし執り行ってる人も完全に把握してるのか疑問ですね。取りあえず低級霊や邪神で無ければ大丈夫って感じなのかもしれません。天部行者だと猛獣使いみたいな部分がありますからね、聖天なら十一面観音、青面夜叉金剛なら孔雀明王に守護して貰いながら使いますからね。

あと霊を説くようになったのは真言密教の影響です。日蓮宗も霊を説きますが(霊断法あり)密教と修験道の加持祈祷法を換骨奪胎し日蓮宗祈祷法とし作り直したみたいです。日本の禅宗の祈祷は元は完全に密教です。あと、彼らがどこにいるのかなんですが実はよくわかりません。ズレや矛盾が多くの書物や伝承をみるとあります。

また、古神道系の天行居の友清翁曰く
『誰彼が天狗界に居るとか仏仙界に居るとかいう所伝があっても、そうとばかりも申されない事実がある。また神仙界と仏仙界が対立したり敵対したりしているというようなことは
明治以来抜本的に何度も霊界が改革された今日では決して無いのであり人間界が十九世紀の常識から甚だしく飛躍しているがごとく霊界もまたそうである。』とのことです。

この辺、本当に仰せのとおりで神界、仏界の違いなどに極端に拘るのは良くないです。カルトなどはどの伝統信仰からも排斥すべきかもしれませんですが・・・・、神仏習合で信仰すると明治時代の廃仏毀釈なんかは些細な事で揉めてたんだなと自然と想うようになります。融和・共存し互いに補完していると思うんですけどね。神、仙、仏などの違いはあっても術や構造上の互換性があると言いますか・・・、パクリあっているというか・・・融通がかなり利きます。

また、密教阿闍梨を後継者、宮司として欲しがる神社もあると聞いた事がありますし・・・。加持祈祷に長けた強い僧は神道の神様を拝んでも祓いも強いですね。密教が神道と反発する物であれば力発揮されないはずですけども・・・、私の経験からしても一ノ宮とか御稲荷様とかで経文も唱えますが特に問題なんかありませんからね。

それと私の知る限りでは今でも神霊降ろしを頻繁にやってるのは御嶽教(教派神道系)と御嶽本教(御嶽神社直轄団体系)、それと日蓮宗祈祷僧も執り行う時がありますが幾つか位ですね。本当に少ないです。真言密教にもアビシャ法というのがあるのですが、今でも執り行うアジャリさんの噂は聞きませんしね。その場合でも スピ系霊能者が語る守護霊は少し妙な部分ありますね。彼らのは常にベッタリ寄り添うように守護してる感じがしますし・・・(笑)。

ただ徳の高い祖霊が子孫を加護する事はあると思います。韓国だと山岳修行入る前に先達シャーマンが6~7人集まり3日3晩続けて神授け(高級祖霊授け)を執り行う場合があります。魔の障碍も含め邪気入らない肉体にする為に執り行うそうですね。実際ソウル郊外などに儀式専用の大規模なレンタル施設なんかもあります。儀式の進め方としては浄霊・浄化→先祖供養・祈願→祖霊授け(加持受け)となっているようです。

私自身はこれはこれで有りかなと考えています。日本でも長期の山岳修行に入ろうとビクともしない修験者などは自身も強いですが徳の高い祖霊も加護していると思いますしね。社家の宮司などもそうだと思いますが、代々の祖先が守り支えている部分はあるようですね。実際、霊障受けてた人に浄霊・除霊後に先祖供養も執り行うと再発防止になります。これだけの事でリピーターが出て来ませんからね。面白いものですね。

さて、今回はこんな感じです。四方山話ですが楽しんでいただけたら、幸いです。

では、貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

ここ三日間興に乗りすぎて、怒涛の記述で疲れた、皇悠より。

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神祀り・霊験・信仰について

何時も、御覧頂きましてありがとうございます。

どうも、皇悠です。さて、今回も神道・神祀りについて幾つか書こうと思います。

さて、神社を崇敬し神道にまつろう(尊信する)場合の大きな問題の一つが、いざ神棚を祀り、祈願してもそれがモノの見事に霊験が現れないということがあるということですよね。霊験が現れるようになる為にはそれなりの"信頼と専修"が必要ですが・・・。

その訓練をしてくれる所は少なく、また訓練がいるという事実を教えられる事も少なく、何より良い師に巡り合える人も少ないですからね。やはり祈祷や呪術は人が行う技術ですから文書や図だけで学ぶのには限界があります・・・。実地に誤りを修正してもらう事や手本を見せてもらう、そういう事は師や先輩がいないと出来ませんからね。

さて、神棚を祀るまでは期待が大きいのですが、祀った後でも霊験が現れないとまあ、なんというか10人中10人が失望して「効かないんだな・・・」と思い込んでしまんですよーー。

でも、最近はそうでもないですが、すこし前は天気予報が外れることも結構あったはずで、当たらなくて元々なんて感じがありましたよね。でも、その天気予報が当たらなくても、別に誰も天気予報そのものを疑う人はいなかったのですが、何故か祈祷・祈願などは一度でも霊験が現れないと、信じられなくなる人が本当に多いです。面白いですよね。

勿論、前回・前々回とまあ、長々と書きました神勅を理解・実行していないので普通の祭式では験が得られるわけがないという論理もありますが・・・。

さて、これには毎日、祈願して何回か霊験を経験すれば解決される問題ですが、納得のいく条件下で数回にわたり検証しないと、霊験なのか偶然の結果なのか判別出来ないので、信じることが難しいというのも仕方ないのかもしれませんね・・・。

それに、注意しなければいけないのは基本的な作法や手順が出来ないうちに検証して結果がかんばしくないと諦めてしまう事です。こういう場合、祭神に祈願する以前の願いを伝える力がないという事ですからね。幾らやっても無理ですからね。

また、祈願の際には気合いというか切実さがないと効果が現れにくいですね。その辺、神仏もよく見てますから・・・。

さて、祈願・祈祷についてですが、注意事項で食べ物にも注意したほうがいいです。例えば、神棚の朝拝でしたら朝食前にすれば問題ないのですが、当日の神社に参拝する前は獣肉類などは避け、また集中出来ないほど腹を満たさないほうが無難です。こういうのを精進潔斎というのですが、知り行う人はどれだけいるのやら・・・。

また、お墓参りや病人へのお見舞いなどは、なるべく参拝の後にしたほうがいいですよね。礼儀として・・・。

更に、神道は神の道と書きますが『神に随って、自ずから神になる道』ということでもあります。だから、験がいただけなくても信じ、お祀りを継続し、日々作法を学ぶのも大事です。そういう姿をみて少しずつ関係が出来ていきますから・・・。

加えて、古事記などで大活躍する著名な御祭神の方が神格が高く、そういうご祭神・有名な神社だから誰にでも必ず御利益があるというわけでもありません。

無名な身近な神様の方が細かいことにも気を配って頂けて個人に対して御利益があることも多いです。こういう事実が産土信仰や稲荷信仰など記紀にて活躍しない神でありながらも支持される理由でもありますね。

さて、これ以上は色々とヤバイので、今回はここまでです。

それでは、貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

皇悠拝。

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一念未生詞と神道大意詞、伊勢・尊王信仰と祓いの意義

何時も、御覧頂きまして、ありがとうございます。

どうも、皇悠です。さて、今回は大祓いの祝詞に出てくる天津祝詞の太祝詞と想定されています祝詞の一つと神道の本義を上手く表現しています神道大意詞を紹介します。

では、本文にいきます。

一念未生詞(いちねんみしょうし)
 
『 一念未生(ミショウ)の処 即ち天津祝詞の太祝詞なり 我が一心は即ち天地と観ずべし 神我が心に入る 我も亦神の御内証に入るや明鏡なり 無心無念の祓なり 此(カ)くの如く 無念無想にして神に向へば 即ち吾れ神明と共に同じく 一切の祈願成就すること円(マドカ)なり 即ち如実に自心を知るの神道にして 我れ入り 我に入るの観なり 』

神道大意詞(しんとうたいいし)
 
『 夫れ神とは 天地に先立ちて 而(シカ)も天地を定め 陰陽を超えて 而も陰陽を成す 天地に在りては神と云ひ 万物に在りては霊と云ひ 人に在りては心と云ふ 心とは神なり 故に神は天地の根元 万物の霊性 人倫の運命なり 当(マサ)に知る 心は即ち神明の舎(ミアラカ) 形は天地と同根たる事を 』

さて、神道では機前(天地開闢以前の混沌)を重んじます。この機前は一念未生の状態であり、無心無念である清浄な状態なので、清浄であれば神明と同じくなります。

また、万物はこの清浄たる混沌より産霊神(むすびのかみ)の御働きによって展開、生成化育されていると考えているのですが、常にこの混沌たる機前に立ち返って、大神様に見直し、聞き直して頂き、展開後の穢によって生じた悪因縁を切り、良因縁に結び直すのが神道の祓いの原義の一つです。

つまり、大祓詞奏上の際なら、沈黙する場所があることをご存知だと思いますがこの箇所で機前(天地開闢以前の混沌)たる無心無念である清浄を観想し、自らの神性を顕現させるのです。

また、本居宣長は「なにごとも神のしわざ」と述べてますが、清浄たる混沌より産霊神(むすびのかみ)の御働きによって展開される世界に何故、穢れが生じるのかという問題にも繋がります。これはマガツヒの働きとも呼ばれるモノでもありますが・・・。

さて、神道は真(まこと)を重んじます。人間において真(まこと)とは本心であり、本音です。しかし、嘘偽りの無い本心は当然、悪心になることもありますよね。これは万物に関しても同様で、天地開闢後に正邪が分かれ出できたのですから・・・。

また、この為に天孫降臨がなされたと古事記などでは記述してます。天照大神様が地上に悪しき穢れが増えたので御子神を降臨させ、皇孫が統治・平定を行い神国たるこの国が築かれました。このことに大神様達の子孫たる多くの人間がみこともちとして使われ、従う事をされたのです。ちなみに、みこともちとは大神様の命令に従い世界を修理固成する使命を帯びている人及びその子孫のことです。この使命は具体的には天壌無窮の神勅に従い、天壤無窮の皇運を扶翼し奉ることです。このことは政治的、道徳的なことでなく、霊的な実践ですし使命です。

また、人間において、嘘偽りの無い本心は当然、悪心になることもあり、そして穢れや悪心を起こすのは人間の自由意志ですから祓いは大神様により自然に行われるものではなく、人間の義務として常に祓いをしなければいけません。

また、それ以外にも多くの大神様の御力が現れる為には祈らなくてはならないのですが、祈りには祀りが伴い、祀りは務(まつり)です。これこそがみこともちとしての義務に繋がる訳なのですよね。

つまり、みこともちたる人間は祓いを行い、大神様を祀ると同時に、人事を尽くして修理固成の為に務(まつり)を行うのです。

もっとも、人間の運勢で悪いことが起こるのは穢れだけでなく、運命という場合もあります。人間の義務として常に祓いをしなければいけませんが、このことは単に私情と人慾を捨て、普遍的な公の道徳に合わせることではありません。人における祓いとは本来の自分に帰ること・歪んだ運勢を修正するでもあり、単に道徳律に従うことではありません。

よくある道徳論で人間の人格は生得的なものでなく、後天的なものなので、教育により、普遍的な公の道徳に合致した人格を育成するというのも、一見合理的に見えますが、私情を否定するものなのであまりよくありません。よくある性悪説ですね。ちなみに本居宣長による儒教批判もこういう点を批判したのですよね。

また、教育勅語の解説なんかでも日本では儒教渡来以前から忠孝を実践していたと説かれていますが、本居宣長が説くような天皇陛下を中心に各々の人が私情を損なうことなく調和していた上古の社会では儒教の忠孝と違い、忠孝も公共の為に自己の私情を放棄するのではなく、もともと人間が持っている情熱が忠孝という形にたまたま一致したものであり、この自己の私情(想い)、個性を公共の為に活かす事という思想です。

ちなみによく神道の理想とする精神状態に「明浄正直の心」がありますが、これは「基本として私情に相反しない形で普遍的な公の道徳を実行することが即ち、明るくさわやかに、ものごとをあるがままに観て、自分の本音に率直であり、自らの権利を放棄することなく公共に奉仕して、慈悲の心と知恵と勇気をもち、感受性を豊かにし、行動するという信念をもつこと」とされています。

ちなみに、忠というのは自己の私情(情熱)・個性を公共の為に活かすことであり、義勇公に殉ずる忠は国を想う情熱ですね。「まこと」という情熱があり、嘘偽りの無い本心、本音から生じる直情、公共への義憤としての情熱ですね。

しかし、この情熱を正しい形で実行するには統制というかそれなりの型が必要ですよね。公共の役に立たない義憤はそれ自体が公共の障害になりますから・・・。また、それが、強制されては本質を損ないます。例えば、国旗の尊重なども忠の行為・型なのですが、強制されてはその本質を損ないます。つまり、各々が自主的に型を参考にし、基準とすることが美しい調和が保たれ、秩序が生じるとしています

それで、この具体的な型が普遍的な公の道徳です。この型である一定の見本を参考にし、個々が振舞うことが天照大御神の神勅・天壤無窮の皇運を扶翼し奉ることができるとされます。

何んか、日々の振る舞いがいかに信仰に繋がるか如実に繋がる話ですなぁ・・。

さて、このような思想があるから多くの神社が伊勢信仰や天皇陛下への敬意をいまだに護持し日々行い学んでいます。それなりにすばらしい考え方・思想ですからね。

さて、今回はここまです。参考になれば、幸いです。

それでは、貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・。

では、皇悠、礼拝・合掌。

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神道の基礎条件としての尊王思想

何時も、御覧頂きまして、ありがとうございます。

どうも、皇悠です。前回のブログは見ずらいという事で少しブログを変えてみました。今回は月にウサギです。この組み合わせは陰陽道は安部清明の金烏玉兎集の玉兎(月に住むという兎→陰陽道のうち陰・影の性質を象徴しています。)を個人的に思い浮かびますね。

さて、今回は神道・古神道において、何故かあまり語られない尊王思想と(古)神道についての関係について、記述します。

そして、何故明治時代に皇統系の国家神道というものが全国の神社・神職に許容され、戦後、国家神道が事実上崩壊しながらも未だに多くの神社で天皇崇拝や伊勢神宮への敬意があるのか書きます。

あと、これは大変重要なことですが、現代風に明治以降に大成した今の神社神道においては、
『 尊皇 』ということは、よく政治的な思想と混同されやすいのですが、政治的立場や道義的立場とは違い本当に重要ですよ・・・。

まず、神道の聖典、古事記に「我御世之事、能許曾【此二字以音】神習。又宇都志岐青人草習乎、不償其物。」とあり、因果についても「請天神之命。爾天神之命以。布斗麻迩爾【上。此五字以音】ト相而詔之。因女先言而不良。亦還降改言」とあり、要するに神道の原則として神の命令に従うことが善因・最重要となるのです。

さらに神籬磐境の神勅(『日本書紀』巻二の一書)に「吾は則ち天津神籬及天津磐境を起樹、まさに吾孫の為に斎ひ奉らむ。」また、「汝天児屋命・太玉命、宜しく天津神籬を持て、葦原中国に降りて、また吾孫の為に斎ひ奉れ。」とあるように、『 天皇陛下を中心に陛下の為にも樹や石などを使い大神達を祭ること 』こそが神勅を厳守することなので、これが神道における祭祀の古伝上の本義・由来の一つです。

また、人の生き方としては各々の人が神様の使いとして自分の使命を果たし、人事を尽くし、天壤無窮の皇運を扶翼し奉る事自体が神の命令である天壌無窮の神勅に従うことでもあるとしています。この敬神尊皇の信仰に神が感応する事により国が守護され、更に善を成したこととなり、これが根本的な善因となり個々に善果を得ることに繋がるという事が出来るという図式です。少し難しい図式ですが・・・。

つまり、普通に神道をする場合、古事記・日本書記を重視する限りは、尊王思想は必ず関わります。事実、例えば大祓いの祝詞にも「我が皇御孫命は 豊葦原瑞穂國を 安国と平らけく知ろし食せ・・・」と天照大御神の「私の孫よ日本を平定し治めなさい」という意味の命令が普通に挿入して出ていますからね・・・。この言葉は天照大神から見れば国の平和を維持し得る資格は天皇陛下にしかないという意味にも取れますしね・・・。

「怖ぇーーーーー。しかも従わないとまた岩隠れされるかも・・、いやそれ以前に祟られるか!」とギャグはここまでにして、神道を学べば学ぶほど、神々への畏敬の心と共に天皇家の正当性や敬意が刷り込まれていきます。だから、右翼の人は日本人の伝統的&歴史上の覇権的宗派は仏教でありながらも神道を信じます。まあ、仏教は伝来してきた宗教でもあるのもそうですが・・・。

逆に言えば、伊勢信仰つまり、天照大御神への崇敬の念があって天皇家や皇統に対して敬意がない神道家というのは珍しいですね。そういう意味で今の多くのニューエイジ・スピ系の人は歪んでます。天照大神や伊勢神宮を結構好きな人が多いですし、高評価の記述を見かけますが、天皇崇拝や皇統信仰を忌避・無視していますから・・・。その代表的なのが伊勢ー白山道のリーマン氏。

まあ、勿論、「天照大神、何それ?ワシの神さんは御稲荷様ですよ!」の私のような稲荷信仰者や「大国主命様が元来この国の創始者・主ですが・・・」の出雲信仰系の人はそういう刷り込みはありえませんし、つうか第一伊勢信仰ではないですから尊王思想に繋がりにくいモノですし、自分の神様を定めきった神道家はそういうことはありえませんね。

また、だからでしょうね、出雲大社や伏見稲荷大社などは基本的ベースに伊勢神道・天皇崇拝がある神社本庁から友好関係を持ちながらも傘下にいないのは・・・。

ただ、また岩戸隠れされてはたまらんので天照大御神様と天皇陛下への敬意は、勿論それなりに私にもあります。

ただ、単に「何んとなく神道好き!」「神社って気持ちいいよね。」「神社でヒーリング、パワースポットだから参拝してます」なんていう人・ほとんどの参拝者がそうですが、そういう人はどうなんでしょうね・・・。多くの神様、神社では基本的に「天照大御神は大変畏敬すべき信じ仰がなければならないありがたいお方」で「天皇陛下は大事な方です」と考えていますが、そんな気持ちが薄い参拝者に験や加護を与えるのでしょうか?

さて、今回はここまでです。

では、貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

皇悠より。

追伸、本日も興に乗ったので幾つか本日中にアップしますね。

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ひふみ神歌・祝詞

何時も御覧頂きまして、有り難うございます。

どうも、皇悠です。さて、今回は一部で有名なひふみ神歌(ひふみ祝詞)の紹介です。

まず、この祝詞は色々毀誉激しい船井幸雄氏が勧め、、昭和19年の6月に、岡本天明さんが受けた霊界文書の日月神示で大々的に霊験を謳う祝詞です。

ちなみに船井幸雄氏は日本の最大手の東証、大証ともに一部に上場しています経営コンサルタント会社「船井総合研究所」(旧日本マーケティングセンター)の創始者で今会長です。

では、本文にいきます。

『 ひふみ よいむなや こともちろらね しきる ゆゐつわぬ そをたはくめか うおえ にさりへて のますあせゑ ほーれーけー(ん) 』

この中の ゐ=い ゑ=え と読みます。三音、五音、七音ごとに切って唱えます。最後の(ん)は口をしめ飲み込む時に心のうち・無声音で発声します。

ちなみに、123回唱えると心の病が解消し、一口を47回唱えながら食べて噛むと体の病も治ると日月神示には書かれています。

最後に紹介していてなんですが、私は個人的にはこの祝詞があまり好きではありません、どうしても石上神宮などで伝承されました天の数歌などの下手糞な劣化版に感じるので・・・。あと、岡村天明が師の出口王仁三郎に日月神示を見せた際、出口にすぐに自分が勝手に作り出した神示とばれてしまい以後隠したという逸話を聞いたことがあるので、どうも信用できません。しかし、この祝詞を常用し、唱えこむ人もいます。

お役に立てば幸いです。

それでは、貴方に良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

皇悠拝。

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天児屋命太祝詞と神様への信頼

何時も御覧頂きまして、ありがとうございます。

どうも、皇悠です。

さて、今回は神仏習合系の古神道の雄、吉田神道より天児屋命太祝詞(あめのこやねのみことふとのりと)の紹介です。

さて、この祝詞、学研の神仏習合の本で公的に知られるようになりましたが、なかなか侮れない力を秘めています。

また、吉田神道自体の流れも今でも存在していまして、吉田神社の大元宮での祈祷は吉田神道ですね。あと、福島県の海老沢稲荷神社や相馬中村神社にも一部伝わっています。なお、吉田神道は初伝は習合神道に見えますが、奥伝は違うものです。更に体系として初伝は霊的に習得しやすかったりしますね

では、本文です。

『 あきらかに、ひとしくひとし、各々念(おも)い給え。この時に、潔く潔き事あり。諸々の法は陰と像の如し。身は清く浄ければ、仮にも穢れる事無し。言葉を得らば得るべからず。みな花より菓とはなる。』

さて、この祝詞、吉田神道では「一心清浄の本源、常住円明の義用、最勝最大の利益、無料無辺の済度、世間出世の教道、抜苦与楽の秘術」と万能・奥義扱いの祝詞です。

ところで、古神道とか神仙道の秘伝や秘儀を求める方は何故か多いのですが、そもそも、古神道や神仙道の伝を受ける以前に神社を参拝してそこに祭られてます大神様の御蔭というか加護が受けられるようにならなくては意味がなく、いけない気がします。

つまり、本当の意味で、大神様というか後ろ盾がいないと個人の念力・生命力(?)だけで行うことになるので、祈祷の本義のご祈願が届かない状態ですから意味がありません。そういう状態では、いくら伝を受けても霊験などは現れないと思いますが、皆様はどう思いますか?

普通に神社を参拝して大神様に祈願を届けることが難しい状態の方が、伝を受ければすぐに霊験が現れるということは普通はありません。本当の意味で、ご祈願が届くようになるためには為にはある程度の"信と専修"が必要です。

この信頼とは念とか、観想とも言えます。ここでいう信頼とは神様の霊験を信じると同時に、霊験が現れることを強く念じ、また、霊験が現れ祈願が叶った様子を観想(イメージ)することでもあります。問題なのは意識下だけでなく無意識下でも確信・信頼がないといけないことですね。

確信を持てれは゛祈願の霊験が現れ、霊験が現れれば、更に確信を持てる。ただし、一度でも霊験が現れないと、それが弱くなり、弱くなると、霊験が現れにくくなり、ますます確信が弱くなります。この悪循環に対処するには人間的な努力だけで確信をもつのでなく、
大神様に神佑冥助により確信が持てるよう祈願することすら必要な場合もあります。

また、専修というのは数を重ねることですね。具体的には短い祝詞やお経などだと唱え事を30回以上繰り返し唱えることが必要です。また大祓詞を30分以上、もしくは3回以上唱えるのも良いです。これらのことを半年から一年間毎日続けた時点で、祈願すると必ず弱い霊験位ならでるようになり、更に、緊急時にこの慣れた唱え事を外出先等でとっさに数回唱えただけでも霊験が現れることもあるようになると思います。人によっては大祓いの祝詞は般若心経の10倍の力・効果があるという人もいます。また、祓いとは別に、祈願の際は3回以上連続奏上しないと霊験が現れないという教えがあります。


また、このような手練を積みますと祈願の後に、自分の住所氏名を小さな声で構わないので申し上げ、「お願いは叶いますでしょうか?」とお尋ねして、(御占(御神籤)で御神意を問う方法です)その祈願を半年から一年間は続けた時点で、御占(御神籤)の結果で願いが叶うと出れば、ほぼ願いことは叶うようになります。ただ、このやり方でも神意を問う方法もやはりセンス・慣れは要りますよ。

また、神社で神職が行う祈願は基本的にそこの祭神の大神様への執奏(口添え)であり、ある種の代拝でもあります。そして、現在、神職でもそういう神様への信頼を持つことが難しく、この為に霊験が現れることは少ないらしいですね。

そういう意味で、昔の人は、信頼があり、普通の参拝者でもお百度参りなどをよくしていたので、普段から霊験があったのではないかと思います。

では、今回はここまです。それでは貴方に良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

皇悠より・・・。

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2008年11月 9日 (日)

埋没した神仏の復活・礼拝の一助

何時も、御覧頂きましてありがとうございます。

どうも、皇悠です。

さて、今回はクロウリーがかの「魔術」で取り上げました、埋没した神格の礼拝、廃れ滅んだ神の祭礼について考察しようと思います。

ちなみに今回のやり方は、基本的に日本で廃れた神仏習合の尊格・神仏を対象に組まれた術式の概要です。

さて、往古以来日本には多くの神仏が存在し、多くの験・利益を与えてくれて来ました。しかし、もう廃れ祀るところがない上に信仰者達も見当たらない神仏も多々います。よってある神仏の加護・験は欲しいがあてになる寺社・祈祷師がいない場合は、自分で祀るしか手がありません。

しかし、やはりそうは言っても素人・未経験者がいきなりもう事実上、絶滅した神仏の崇拝・信仰を、日本ではこのような廃れた神仏は往々にして神仏習合の神仏が多く、その祭礼をやるのも無理があります。

ですので、さらに次善の策ですがまずは出来れば気に入る所を、最低でも何とか妥協できるレベルの目的の神仏を別の方として御祀りする関連の寺院・神社を探し出し見つけ、そこでの今の祭礼の仕方や道具の特徴・意味などを学ぶの方法が良いと思います。

そうして、御神体としては現在は別の方として、かつては目的の方として御祀りしている神社やお寺から御影や御札などを頂きまして、それを現在の様式の多分仏式なり神式なりでしょうがその祭礼様式を学び行い体得します。

勿論、常にそれはやはり仮の姿、周囲に合わせているモノ、本当はかの方は別の本来の姿・作法があるという意識を忘れずに持つのが重要ですね。

さて、また色々な事情で自宅では御祀り出来ない場合もありますよね。

この問題を避けるには更に次点の策として自宅での御祀りは諦め、そのお寺・神社への参拝という信仰にするのが良いと思います。勿論、これ以外にも幾つか困難や問題が出てくると思いますが・・・。

そうして、そこのやり方を十分に学んだ後で、色々な問題などが解決・折り合いがついてから皆様が相応しいと思う形の信仰・祭礼様式に戻し・変えていくのが良いと思います。

ちなみに私、皇悠が考えますに信仰・礼拝に最低限必要なモノは二点だけです。

一つは日々崇める存在・・・具体的には御祭神・本尊を表す像や絵などです。

次に、その神仏に捧げる特別な祈り・・・具体的には祭文・経典・祝詞集ですね。

事実、キリスト教では本尊たる十字架またはイコン(キリストや聖母マリアなど聖者が書かれた宗教画)、経典たる聖書または祈祷書だけで信仰をしている人が多々いますからね。

また、神式仏式のどちらにしても今では埋没し廃れた神仏に相応しい特別な祈りは事実上、日々朗誦すべき適切な祭文・経典はまず流通していないので、まず改変するとしたらここでしょう・・。

例えば、以前取り上げました神仏習合の方・廃れ埋没した方として牛頭天王様を取り上げますと、この方は代表的な大乗経の般若経(般若心経)を破り、鬼神を釈迦を殺し天照大神をも脅したという由来・伝説を持つ疫病神・荒ぶる尊格なので、下手なモノを使い祈り,崇め唱えるのもどうかと考えられますから注意が要りますね。

それらを考慮にいれてヒントとしては、まず牛頭天王様は薬師如来様の化身とも部下とも長年考えられてきたので薬師如来様の薬師経は大丈夫で良いでしょうし・・。

また、ご存知の方もいると思いますが牛頭天王祭文という牛頭天王様への固有の祭文があるので、この方の信仰者としては仏式・神式問わずにこれを日々朗誦した方が良いとという考えもあります。

なお、上記の二つとも現在ではまず朗誦・使用されていないので改変時の考慮に十分に使え、あります。

さらに、よくありますがどうしても目的の方の本来の像や神絵が良い・変えたい場合は、あまり造形は良くない場合があるのですが通信販売などで復刻した尊像を求めたり、または往古の本来の姿の古い尊像などの御写真や御影、またそのコピーを本尊にするという手もあります。

この方法は下手な今の出来合いの御神体や御札よりもそちらのほうが造形的にすばらしくすごく納得できて信仰が出来て良い場合もありますし、私も何度か御写真を別の方ですが本尊にして祈祷をしたことがありますね。

さて、まだまだ、語りたい事はありますが、これより先は専門的なマニア&熟練の技能がいるので、今回はここまでです。御役に立てば幸いですが・・・。

では、貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

皇悠拝。

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祝詞紹介シリーズ・・・吉備津祓

何時も御覧頂きまして、有り難うございます。

どうも、皇悠です。

さて、今回も神道系の祓いの祝詞にして、祓いの極意之一つが書かれています、吉備津の祓いの祝詞を紹介します。 あまりネットでは公開されませんがこういう祝詞も存在すると言うことであげますね。

では、以下本文です。

『 吉備津祓(きびつはらい)
 
天照(あまて)る神の教への祓 一度(ひとた)び祓へば 百日(ももひ)の災難を除き 百度び祓へば千日の咎(とが)を捨つる 千代(ちよ)万代(よろずよ) 年を経ても 天(あめ)の神の恵みはつきじ 生き生き 代々に尊きは 天地(あめつち)の恩 仰ぎても猶(な)ほ餘(あま)りあるは 神の徳に越ゆることなし   』

さて、お読み頂き、そして唱えて貰えれば判りますが、神道の基本思想「祓い&清め」・「神徳と感謝または報恩」の思想がよく出ていますね。

どちらかというと神の威徳を称え、供物を捧げ、よって祈願成就を願う形式の普通の祝詞とは、異なりますがこのような祝詞もあるということで今回、アップしてみました。

お役に立てば幸いです。

それでは、貴方に良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

皇悠拝。

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新アメリカ大統領について

何時もご覧頂きましてありがとうございます。

どうも、皇悠です。

ついに、昨日は一日のアクセスが500を越えました。これも皆様の御支援・御愛顧のお陰です、ありがとうございます。

さて、アメリカ大統領に、Mr Barack Obamaが決まりましたね。今回は少しいつもと違いまして、真面目な話をします。彼はもしかしたらあの国の宗教・体制を変えるかもしれないので今回、記事にします。

確かに彼は、大きな変化をもたらすと期待できますよね。例えば、彼は自身のホームページ・サイトだけで、献金を10億ドル(約1000億円)、ボランティアを200万人集めたとの事です。とてつもないカリスマ性です。また彼は、民主党の大統領候補の受諾演説で、こう言っています。

『大統領として、10年以内に、中東からの石油依存に終止符を打つ。大統領として、領土内で手つかずであった天然ガス田からガスを掘り出し、クリーンコール技術に投資し、安全な原子力発電の方法を見いだす。自動車メーカー各社が設備更新を行い、米国内でエネルギー効率のよい未来車を製造できるようにする。そして、米国国民がこうした新しい車を買いやすくする。また、私は今後10年間で1500億ドルを風力、太陽光、次世代のバイオ燃料など、今、手に入り、かつ再生可能なエネルギー源に投じる。この投資は新しい産業を生み、そこでは高い給与の、かつ海外の労働力に代替されない500万人分の職が生まれるだろう』

京都議定書をぶっ飛ばした、石油業者の回し者にして極右派に近いブシュ大統領とは、えらい違い・大変な変化です。

また、この演説が大真面目だとしますと来年は、環境元年になる予感もします。

しかし、今まで、日本は環境に関して先進国と勘違いしていましたが・・・、省エネは確かに進んでいました。しかし、世界は、脱炭素に向かって行きます。ここに大きなビジネスチャンスが生まれるかも知れません。

さて、彼が黒人でありながら奴隷の子孫ではなく、アフリカ大陸のケニア人・黒人ムスリムを父親に人類学者の白人の母の子供(混血児のプロテスタント)であるというのも、すごい生まれ・育ちです。こういう人物を大統領と言う国の王に頂くシステムを持つアメリカと言う国は、やはりすごいと感じませんか?

ただ、大統領就任後の最重点課題として、最初の演説ではサムプライム問題表明後の金融危機による信用収縮や、国内の雇用情勢の悪化を阻止するため「必要な全ての手段を取る」と表明し、信用収縮の緩和と勤労世帯の支援、経済成長の回復などの経済対策に注力すると表明した事が、受諾演説に比べてエコロジーよりエコノミーに移行しそうで怖いですが・・・。

個人としては私のブログのメインテーマの魔術・呪術・神仏などに関係なさそうなアメリカの大統領ですが、現代の世界の王に一番近い人物が人類の歴史上ありえない黒人であると言うのは、これからの時代・世界を予測し、現代に生きる呪術者・妖術師として生きる上で見過ごせません。

では、今回はここまでです。

貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

皇悠拝。

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神通自在心源清浄祓

何時もご覧頂きましてありがとうございます。

どうも、皇悠です。さて、今回は神通自在心源清浄祓という祓いの祝詞の紹介です。

祓いというよりも褒め称え、浄めるような感じの祝詞です。ではいきますね。

神通自在心源清浄祓(じんつうじざい しんげんしょうじょうのはらい)

『 高天原(かたあまはら)に神留(かむづ)まり坐(ま)す

皇親神漏岐神漏美(すめらがむつかむろぎかむろみ)の命(みこと)以(も)ちて

魂の日月(ひつき)の光を和(やわ)らげ賜たま)ふが如く 身心(しんしん)は天地(あめつち)の元気(はじめ)に通(かよ)はしめ賜ふが如く 身は安く

言(ことば)は美(うる)はしく 意(こころ)は和らぎて 諸々の悪業煩念猛慮(あしきことはざわずらひなやみよこしまたけきおもひ)をば 日向(ひむか)

小戸(おど)の檍原(あはぎはら)の下瀬(しもつせ)の弱く和柔(やはら)ぎたる潮(うしお)の如く 罪と云ふ罪 咎(とが)と云ふ咎は在(あ)らじと  

祓ひ賜ひ清め給ふ事の由(よし)を 左男鹿(さおしか)の八(やつ)の耳を振り立てて 聞こし食(め)せと白(まお)す』

これもなかなか素敵な祝詞です。

でも実は、何でもいいのです。真言でも観音経でも、一つ決めたら徹底して唱えこむことですね。それが極意と言っちゃー極意です。普通に「祓え給え 清め給え」の二言でもこれだって唱え込めば凄い力を発揮します。

最終的には「うむ」「エイッ!」で成る、ようになれたらいいなあと何時も思います。

私は未熟ですのでまだまだ、ぜんぜん出来ませんが・・・。

念じ込むのではなく、唱え込むことです。では、今回はここまでです。

貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

皇悠・・・orz。

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2008年11月 8日 (土)

大聖歓喜天・聖天様の和讃(歌)

何時もご覧頂きましてありがとうございます。

どうも、皇悠です。

さて、今回は聖天様こと、大聖歓喜天様の和讃(日本語による仏尊に対する讃歌)の紹介です。

この和讃というモノは意味的には日本語訳のお経とほぼ同じであり、お経を唱えたのと同じ功徳があります。本当は聖天様のお経、ちなみに使呪経を上げようかと思いましたが危険度・又安易な誤用の可能性があるので今回は和讃にしました。

また、聖天様に祈願する際に、観音経と併用すると莫大な力を時として発揮します。

では、本文にいきます。

『大聖歓喜天 和讃』
『一、帰命頂礼(きみょうちょうらい)大自在大聖歓喜雙身天王(だいじざい だいしょうかんぎそうしんてんのう)摂取不捨(せっしゅふしゃ)の本誓(みちかい)に、慈悲の御手(おんて)を垂れ給い、至らぬ智慧を楫(かじ)として、覚束(おぼつか)なくも現世(うつしよ)の、荒き浪風(なみかぜ)渡る身を、願いを岸に着け給え。

二、そもこの神の本誓(みちかい)の、げに有り難くましますは、世の父母(ちちはは)が其子等(そのこら)の、うき世を知らぬ我侭(わがまま)を、無理の願いと知りつつも、その智慧浅きを愍(あわれ)みて、願いを叶えつつ導き給うにさも似たり。

三、もとより愚痴の我等故(ゆえ)、願い求むる事毎(ことごと)に、己が力を計らざる。無理なる事も多からん。されどもみ胸にかけられで、唯(たが)いにたすらに縋(すが)りなば、願いの儘(まま)を得させんと、誓わせ給うぞ有難き。

四、凡(およ)そ 此世(このよ)に示現(いで)ませる、諸仏菩薩のみ心に我等衆生の苦を抜きて、涅槃の岸に渡さんと、み誓ひあらぬはなけれども、納受(のうじゅ)まします願いには、自ずと限り定まりて、この天尊の如からず。

五、例えば宿業(しゅくごう)究(きわ)まりて、絶えなんとする玉の緒(お)を、つなぎ止めんとする如き、難(かた)き願いに至りては、唯この天(かみ)を他(よそ)にして、如何なる神を祈るとも、そのみ誓いにあらざれば、験(しるし)のなきを如何(いか)にせん。

六、されども独りこの天(かみ)は、唯一(ただひと)すぢに祈りなば、かかる難(なん)をも除(の)け給う。ましてや他の願望は、現世出世の差別なく祈る心のこの天(かみ)に、届かざりける例(ためし)なし。霊験(しるし)なかりし例(ためし)なし。

七、さればこの天(かみ)畏(かしこ)くも、我に微妙(みみょう)の法ありて、世間に類いなきところ、我に縋(すが)らむものあらば、我れはは順世(じゅんせ)の法により、汝(なれ)が求むる願(ねがい)をば、得させざる事なきなりと、我等が為に説きませり。

八、斯(かか)る奇(くす)しきみ力を、御身(おんみ)に備えましませば、我等が祈る願いをば、遂げさせ給わぬ事ぞなき。乳を求めて母を呼ぶ、みどり児(ご)に如(ごと)ひたすらに、ただこの天(かみ)を念じなば、感応道交(かんのうどうこう)ましてまして。

九、卑賤(ひせん)の職にあるものも、高貴の地位を占め得なん。その日の糧に悩む身も、富貴(ふつき)の身とぞなり得なん。学問諸芸を望むとも、智慧弁財(ちえべんざい)を求むるも、信に随応(ずいおう)ましまして、世にその名をば挙げ得(う)べし。

十、或いは病に悩むとき、家内の不和を嘆くとき、人の妬みに泣かんとき、たつきの道に惑うとき、火難盗難剣難(かなんとうなんけんなん)に、逢うもただただ念じならば、声に来応(らいおう)ましまして、総ての難を除け給う。

十一、常に念ずるその家は、我子(わがこ)を思う親のごと、暫しの隙もたゆみなく、見はるかしましませば、邪(まが)つ鬼等の邪事(まがごと)も、窺(うかが)い寄らんすきまなく、長閑(のど)けき春の日の如く、いと安らけく過ごし得ん。

十二、かく有難く慈悲深き天在(かみおわ)すとも徳薄く、其(その)御名(みな)をつゆ聞かざらば、祈りすがらんすべもなしさるを幸ある此身(このみ)かな。宿世(しゅくせ)如何なる善き縁(えにし)、この天(かみ)の為、結びけん。天(かみ)の恵みを身に浴びて。

十三、天(かみ)のみ情(なさけ)知るのみか、生みの親にもいや勝る。現当(げんとう)二世(にせ)の教主(おや)として、縋(すが)る幸(さち)をば知りにけり。辛き憂き世を渡るにも、ただひたすらにこの天(かみ)を杖と頼みてゆく身には、心にかかる雲もなし。

十四、人のこの世をいと安く、渡らんのみかその上に、来たらん次のあの世にも、またこの天(かみ)に迎えられ、天(かみ)の御手(おんて)に引かれつつ、二世(にせ)の悉地(しつぢ)を成就して、竜華(りゅうげ)の会場(には)に値遇(ちぐう)せん。あな有難やあな尊(とうと)。

十五、大自在尊観世音(だいじざいそんかんぜおん)、雙身随類度衆生(そうじんずいるいどしゅうじょう)、感応道交難思議(かんのうどうこうなんしぎ)、是故我礼歓喜天(ぜこうがらいかんぎてん)

みどり児(ご)が 母にすがらむそれのごと 是非をば捨てて 唯すがらなむ 南無大聖歓喜雙身天王(なむだいしょうかんぎそうじんてんのう) 』

どうですか、まるで慈悲深い母親が子供を救うが如き、優しさと加護に溢れていませんか?

さて、この方については私は語る資格がないので、姿・特性・功徳などについては今回は書きません。

変に誤解・誤用すると大変危険な方なので今回は、ここまでです。お役に立てば、幸いです。

それでは、貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

皇悠拝。

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掛け持ち信仰 天部・稲荷信仰をもとに現世利益 その2&信仰告白

何時も御覧頂きましてありがとうございます。

どうも、皇悠です。さて、今回は前回の「掛け持ち信仰 天部・稲荷信仰をもとに現世利益」のその2&信仰告白として前回書き切れませんでした事を記述します。

今回の記事はtony様のコメントを読みまして、前回の記事に書いておくべきでした私の稲荷信仰上でのミスを記述し忘れていた事に気付き、急遽記事にしました。

tony様、閲覧&コメントありがとうございます。そして、助かりました。また、前回の内容をご賛同頂きまして、ありがとうございます。

さて、正直に言いますと、私もtony様と同じような別々の稲荷をそれと知らずに掛け持ち崇拝・祀りをしていました。

同じ稲荷・同じウカノミタマの大神とちゃんと各神社の祭神の紹介欄・由緒でも広言していた上に、各神社のサイトなどでもそう紹介していることで安心し複数の神社から一つは勧請と言う形で、他はお札と言う形で御祀りさせて頂いておりました。

確かに、それはそれで現在は同系列の同じ神さまなので、ロスや危険は少ないものでしたが、全て伏見系・神道系のお稲荷様でしたからね・・。

しかし、何故か無駄・危険・不敬が深く祈り、祈れば祈るほどにあるように感じていたので、興味半分に各お稲荷様の歴史をより深く調べ返しましたら、何と各神社の行われていた祭礼やその本地・由来、もっと言えば神仏自体が違っていました。今は同じ名前で呼ばれていようとも、由来が祭り方が違えば、なにより名前が同じでも以前と本尊・ミタマシロ自体が変化していないのならば名前を同じ神様にしても違う方です。特に御祀りの仕方が長年違っていたのは致命傷でした。

例えば、同じトマトでもそれをケチャップソースのピザにするかトマトゼリーにするか、ハヤシライスにするのかで味・形・栄養度がかなり違いますよね。まして、元が同じ伏見の稲荷、今も同じ名前(ウカノミタマ)の稲荷と言えどもその途中の長年の祭礼の仕方、名前、姿が違えば(つまり料理方法が違えば)内実はぜんぜん別物です。

さて、私が勧請さしていただいたお稲荷様は現在のウカノミタマ、サタヒコ、オオミヤメの伏見稲荷の直系、しかも現代版の伏見稲荷信仰のお稲荷様でしたが、他のお札で頂いていた方は以前は三天和合尊(聖天、ダキニ天、弁財天)として祭られていた方、ある方など観音様として祭られ崇敬されていました。自分が考えていた方達と内実はぜんぜん違うモノでした。正直、それを知り背筋が凍りました・・・。

大失敗です。何も知らずに多くのお稲荷様を侮辱し、更に誤解したまま不作法をし続けていたのですから・・・。

その為、すぐにお詫びとケジメのために、より身の安全と間違いを正すために、信仰の一本化のために泣く泣く全てのお稲荷様を、勧請したお社つきのお稲荷様からお札でのお付き合いのお稲荷様まで、大小・格式・掛かった費用・美醜にお気に入りなど何もかも関係なく、その全てを社から神棚、祭器にいたるまで何から何までお詫びの供養などを厳修してから、お返し&手放し&処分の全てをしました。

そして、許しの啓示が降りるまで、日々神仏に浄化と懺悔・供養(大祓いの祝詞や禊詞や般若心経などの朗誦行が中心)の行に、更に幾つかの多くのモノへの善行を平行して行いました。そうして、全てを処分・お返しした日から約二ヶ月(の浄化・懺悔行の日々)の後に、許しの霊夢(内容は秘密です)を見た時は本当に嬉しくて涙と共に、目覚めてから約一時間咽び泣きました。

こうして、今は以前勧請させて頂いた伏見系の東伏見神社のお稲荷様ではなく、色々考えて元真言宗系のあるお稲荷様を信仰しております。(といっても近頃のここ数ヶ月の私のブログを見ますと丸分かりかもしれませんが・・・?)

さて、今回はここまでです。安易にお稲荷様だからと判断しては、崇拝しては、いけない事がご理解いただければ幸いです。

では、貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

神仏習合系稲荷信仰者、皇悠拝。

追伸、本日は後一つ、かなり有用性がある記事を投稿します。

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仏教の学習と理解、その弊害

何時も御覧頂きまして、有り難うございます。

どうも、皇悠です。さて。今回は学習と理解ということで幾つか仏教を題材に記述しようと思います。

さて、仏教の教えを日本仏教に限っても本格的に学ぶのであるならば、基礎的な教えだけでも倶舎論、唯識、中論、華厳などを学ぶ必要があります。

しかし、これらの教えの難しさは半端ではなく、独学で学ぶのは非常に困難な教えばかりです。その為、本当に学びたいと考えるのであるならば、どうしても仏教系の専門大学やその通信講座などで学ぶ必要があります。

しかし、仏教を専門的に学べば、誰でも悟りの境地に到達できるかと言えばまた別の問題となります。困った事に・・・。

本来は悟りを得るための学びであり、学びは手段であったのに、何時しか知識を得ることが学びの目的になってしまっている場合が多く、これは仏教を知的に理解しようとする宗教学者や学僧に多く見られる傾向で、仏教の教えには精通されていても、知識だけで終わってしまっている場合がほとんどです。残念ながら・・・。

多くの方が経典の約束する神通力やその証を出せない故とはいえ・・・。

さて、これらの方々に共通しているのは、仏教の解説をされるならば豊富な知識で仏教の教えとは何かを解説出来るくせに、それを日常の生活に密接した話に持っていくとなると途端にありがちな道徳論になってしまうことです。

情けないですね・・・。

また、もう一つの特徴として難解な仏教知識の体系を自分の理解できる範囲に矮小化してしまう傾向で、その矮小化がほとんどの場合で本人は仏教の教えを理解したつもりになっているという実情です。

判らないのなら判らないで、私は良いと思うのですが・・・。

さて、これらの厄介なのは、仏の教えの名を借りた道徳論や矮小化した仏教が多くの人に求められ人気がある事です。その理由を考えますと仏の教えの名を借りた道徳論や矮小化した仏教が分かり易いからではないかと思いますが・・・。つまりは、教えを説く側も教えを聞く側も共に仏教の教えの持つ雰囲気に酔いしれ楽しんでいるだけ、ということです。

それでも知識の枠の中で雰囲気に酔いしれているだけならば、それほどの実害がないのですが、これが日々の行い・実践の中で雰囲気に酔いしれるとなると非常に危険となります。

単純に言えば、空理・空論で物事を判断し、生兵法で対処するからですので・・・。

本人が苦しむだけならかまわないのですが大抵は弁が立ち、知識だけは十二分な為にその勘違い行為の被害は拡大しやすく、また多くの人を巻き込み易いので始末が悪いです。

ちなみに私の経験上では、このような場合の実害を避ける手段は個々の見識・実力を上げるしかなく、その人に注意や助言に知識の伝授などはあまり役に立ちませんでした。残念ながらも・・・。気をつけたいものです。

さて、今回はここまでです。お役にたてば幸いですが・・・。

それでは、貴方に全ての良き事が雪崩のごとく起きますように・・・。

皇悠拝。

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出雲神語または幽冥神語

何時もご覧頂きましてありがとうございます。

どうも、皇悠です。さて、今回は幽冥神語とも出雲神語とも呼ばれる短い祝詞の紹介です。

短いのでスグ覚えられるでしょう。

ちなみに私のお勧めの祝詞の一つです。

「幽世(かくりょ)の大神(おおかみ)、憐れみたまい恵みたまえ。幸魂(さきみたま)奇魂(くしみたま)、守りたまえ幸(さき)はえたまえ」

古事記などで大活躍する大国主命による国造りの神話にちなんだ祝詞です。出雲大社や奈良県の大神(おおみわ)神社などの大国主命や大物主大神を祀る神社で奏上されています。

内容的には幽冥の世界(日本版の死後の世界)の主宰者であり、国を作り様々な苦難を打破した大国主命に加護・援助を乞いつつも、自分自身の魂を称え、自身の幸せ(幸魂)と願望実現力(奇魂)の発現を促すモノです。

祓いや浄化の祝詞と言うよりも困難や苦難を越えるのに有効です。

唱える時は声を自身の(胸や腹の)中心あたりに染み込ませ、落とし込むようなイメージでやってみてください。勿論、祝詞ですので何度も唱えつつ大国主命に訴える気持ちも忘れないでくださいね。

では、今回はここまでです。お役に立てば幸いです。

貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・。

皇悠より。

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掛け持ち信仰 天部・稲荷信仰をもとに現世利益

何時もご覧頂きましてありがとうございます。

どうも、皇悠です。さて、今回は掛け持ち信仰、特にお稲荷様とその他の神仏について書きます。

自分で言いますが大作にして、労作です。時間がない人はスルーしてください。

では、初めに私の好きな説話集などから例を引きますと「古今著聞集」に稲荷大明神が自分に信心して出世した男が賀茂社にも参詣したので怒った稲荷大明神が賀茂社の御利益をうち消してしまわれた話がありました。また、別の話では稲荷に参詣した男が夢の中で稲荷大明神に「ごめん、あの出世の願い日吉の横槍で無しになったから。じゃ。」と言われたという話があります。

またお稲荷様とは関係ないですが神仏同士で信者の代表として競うという話もあります。例えば、「平家物語」には平家の味方をした厳島大明神が藤原氏の伝統的な氏神の春日大明神や源氏の守護神八幡神に会議の席から追い出されるという話がありました。この会議は今後の日本の政権を何処の家が担うかで氏神同士が利権争いをし、結局「藤原氏の政権復帰」を望んだ春日大明神の願いは届かず、武家の世の中になるというオチがつきました。因みに平家の祭り上げた・御旗の安徳天皇は八又の大蛇か厳島大明神の化身と言われています。

さて、験・現世利益を求め信仰を考え祀る神仏を調べますと、「聖天様かダキニ天様。または両方を」と考える人が結構います。これは、お二方共に昔の表現ですが、今で言う大統領・総理大臣などにあたるの権力者や億万長者、大会社の社長などを意味する「王にする」とか、「帝・長者にする力がある」とされるからでしょうか・・・。

ただ、片方だけをお祀りするにしても毎朝一日も欠かさず朝七時位(ある流儀では夜明け前)までには身支度を調えてお世話・お勤め申し上げるくらいは必須です。普通・神道などでは天照大神を先にお世話申し上げるのが普通ですが、聖天様とダキニ天様を両方祀るならどちらを先にお世話申し上げるおつもりでしょうか?どちらも天照大神以外の後にするような無礼はお許しになりませんし・・。天照大神より早く朝の祀りをすべきという説もあります・・。また、お二方共に神仏の中で特別に作法などが厳しい神様であることすらご存じないのなら、生兵法は失礼ですから御止めになることですね。

ちなみに、このような荒い神様をお祀りするなら、お経(簡単で汎用性があるのは般若心経と法華経)を上げることを特によく心がける必要があります。 お経は神様のお心をやわらげます ので・・・。

勿論、前の晩が忘年会だろうと、午前様だろうと、徹夜だろうとそんなことは手抜きの理由に出来ないです。また、二日酔いの酒臭い息をかけるようなことは論外。お二人を御祀りするのは厳しいというはそういう事です。特に聖天様は清浄さをすごく尊ぶので掃除や潔斎にすごく気を使います。

また、よく惚けた人が『 日本は「天津神 国津神 八百萬神」を崇拝するお国柄だから、「掛け持ち信仰」もありなんじゃないの・・・。大体、神仏習合なんていう、「離れ業」を長いことやって来たんだから・・・・。 』と言う方もいますが、それは少し物を知らなさ過ぎな考えです。基本的に神仏習合論や神仏両方を祭祀する者は伝統的には禁酒・菜食・独身・不犯の僧侶・行者が考え出し、行うものです。

それに、私自身、神仏習合系の妖術師ですが、普段信仰しているのはお稲荷様だけです。それ以外は基本的には各回ごとに祭壇なり、儀式なりで十分に準備してお呼びして祈願する方式でやっています。

しかも、後先も省みず、やたらにあちこちから勧請したりお札で祀り信仰する人は、自分の頭の中が整理されてないって事ではないでしょうか?だから、それを戒める意味で「あまり掛け持ちで多くの信仰をするのは良くない」と古くから言われて来ています。

ようするに、ある意味で何かを成すのはあくまで「自分(=人間)」であって、その精神的支柱として信仰があるわけで…。 もっとも精神というか気というか、そういう内面の力は想像以上に凄くて、人生を左右するほどの影響力を持ってます。だから、神仏とかそういう類の存在は、人間の外側ではなく、内側にあると考えれば、自ずから答えは出るんじゃないでしょうか・・・。

また、欲張って沢山の神仏の守護を受けようと掛け持ち信仰するのはいいが 浅く広くと深く狭くでは深く狭く信仰する方が守護の力も全然強力でしょう。例えば武術で空手、合気道、剣道、柔道、居合い道、杖道が各初段(子供でも取れるちょっと出来るレベル)で合わせて六段の人より空手だけだが一つを鍛え上げた六段の人なら普通空手だけの人のほうが強いのと同じです。

それに、どんなに時間を切り詰めても日々の供養・祀りを毎朝毎晩、最低一人の神様につき20分は掛かるでしょう。 だから朝晩それぞれお勤めの為の時間が1時間(朝夕で計2時間)取れるなら 3人の神様を祀る事は可能になるが・・・。でも、20分というのは坊さんや神主などの慣れていてそれなりに作法や祈祷に通じる人並みの早業で20分。のんびり屋は一体1時間半以上は掛かる場合もよくある話です。だからといって自分が出来る範囲でやることとか妥協するいうのはある意味で「私は手抜きをします、いい加減にやります」と神仏に宣言する訳なので、それでも祀る神仏が許してくれるか、そんなやり方で加護・験を期待して良いものか、普通に考えれば無作法にやるわけですから罰を喰らわすと思いますが・・・。

また、正式に1時間半かかる人は3体祀れば朝だけで4時間半掛かることになります。 夕方もあるんだから計9時間ってことになっちまうよね。それでもいいならいいが・・・。普通に考えて無理っしょ!まずは一体祀って30分ぐらいでお勤めできるようになってからもう一体増やす方が正解ですよ。そのやり方ならおろそかにして罰が当たることもあるまいでしょうし・・・。

あと、ただ、念仏だけでいいと考えられてます浄土信仰は間違ってはいないけど前提条件として 「如来に対して絶対的な確実の信(信心)」が必要なはずなんですけど、何故か日本の浄土系宗派はそこをちゃんと説明していないことが多いですよね。極端な話、通り魔に惨殺される運命でも「自分は阿弥陀様の極楽に行けるから嬉しいです。どうぞ来て下さい、待ってます」位は安心して答える位じゃないと・・・。 

また、物には順序というものがありますよね。だから、現代の神道のやり方で御祀りするなら、まず天照大神と自分に縁のある産土・鎮守の神社の神様を怠りなくお祀りしていることが出来て当然・必要です。仏様なら菩提寺の作法を日々お勤めした上で・・・。

それに、酔っ払いに絡まれたりした時などに、「誰でもいいから誰か助けて!」だと「自分以外の誰か他のやつが助けるだろう」と結局はそれを見ていた周囲の人は誰も助けないまま放置するという研究結果がありますが、逆にすぐ側にいる一人に「お願いです、そこの00を着た××さん、どうか助けてください」と具体的に指定して頼むと仲裁に入ったりしてくれる確率がぐっとあがるという研究結果があります。案外、神様もそういう所があるのではないでしょうか・・・。色々な祈願者を見ていますとそう思います。

また、お願いする側が「誰でも・何でもいいから助けて!」と言うのはそれを聞く神仏側から見たらある意味で大変に失礼極まりない態度で(誰でもいいってことはその神仏でなくてもいいって事で)祈願するよりは、ある神様にその神様の得意な分野に本心からすがり、きちんと作法通りに祈願し、お礼も約束しての祭祀を行なうと言うのが良いんじゃないでしょうか・・・。

あと仏教の天部の方は、仏さんじゃないですよ。仏教に帰依している天尊=外国の神様です。だから、普通の仏様・諸尊と同格に扱う事は出来ません。しかしも王侯を招くようにとか、貴人に接するようにしなければならないとか伝えられ・されています。掛け持ちがいけないというのは、それだけ多くの貴人・お偉いさんに対して礼を尽くせるかどうか?若しくは、自分でやらないのならそれだけの財・時間・人を用意出来るのか?ということです。多分、どちらも普通は無理ですよね。それに、多くの貴人に出来るならそれを一人にした方がより効果的では・・・、と言う考えもありますよね。

勿論、掛け持ち信仰がいけないんじゃないですよ。「人間同士ならわかるが神様は寛大で人間が出来てるんだろ・・・」と言う人もいると思いますが・・・。
根本的にここも違います。まず天部は、神でない。天部とは、簡単に言うなら人間より神通力のある精霊的な種族で仏教に帰依して修行している精霊・鬼神であります。故に天部は、人と同じ様に業もあるし寿命もあり、さらに信仰者に対しての好き嫌いがあるし、怒りもするし、自己のその業に苦しむ姿の一面も持ちます。そこの所を理解し掛け持ち信仰をするなら可能ですけど・・・。けれど、その際は貴人・お偉いさんに対して礼を尽くす注意が必要で・・・。

だから、自分が少なくとも戒律を最低レベルで全て守る僧侶と同じような生き方してれば、天部の掛け持ち信仰もOKでしょうが・・・。ただ、女も酒もその他のことも一般の庶民のような強欲そのものでやってると必ず痛い目に遭います。祀る資格がないのに、御祀りしていますから相手の顔に意識して泥を念入りに塗ると言うことですから、仕返しされて当然ですね。(この辺の事は今東光氏の毒舌日本史などに出ています。) 

また、神道系の大多神教の吉田神道で有名な吉田神社で私が聞いてみましたところ、神道の神様はいくら掛け持ち信仰しても祟られないそうです。ただ、難しいのは仏教系の神様で、仏教の特に天部に属する神様同士を祀るのは絶対にダメだそうです。厨子や神棚を別にしてもダメで。でも天部と菩薩とか天部と如来の組みさわせなら可能との事でした。また、明王は大変だけどしっかり勤行すれば在家も問題はないのではとのこと。

ちなみに神道の神様は、掛け持ちして沢山の神を崇めれば崇めるほど、多くの神が自分の守護神となってくれるますし、相乗効果もあってそれぞれの力も増すので、味方につける神の数は多ければ多いほどいいですね。そこが仏教と神道の大きな違いなのでしょうね。ただ法文・祝詞・祭文を毎日幾つも読むのは不可能に近いので複数の神の力を得ようというのはあまり現実的ではないです。

だから昔のいざなぎ流祈祷師なんかはもっとも強力な神・式王子が語られてるとされている大土公祭文や天神の祭文とかに絞ってよく読んでいたんですよ。これらの神様・式王子は暴力的で荒々しい性格の持ち主ではあるけども、いったん味方につけてしまえばその一神だけでも、この上なく心強い存在となりうるからです。

また、個人的には色々願を聞き入れてくれる神仏は、性格が温和より荒々しく暴力的で強い神様の方がお勧めですね。祀るのは大変ですけれども、ご利益も確実。

また、天部の方を複数(諸天を複数といわれましたが)祀ることについて、在家では絶対やらない方がいいとある真言宗系の祈祷僧から聞いた覚えがあります。氏は確か豊山派でしたが・・・。それは、お寺ではそれなりに在家では絶対にやらないような修法をしてるから大丈夫なわけで、在家ではそういう予防策・補完がされないから駄目だそうです。 素人がリスクの高い諸天を個人解釈であれこれ祀るのは、「生兵法は・・・」と同じだと私も思います。

さて、お稲荷さんを信仰するなら、とにかく普段から毎日心の中でご祭神の事を思ってる事が必要です。そう思ってるだけでもお稲荷様は手を差し伸べてくれます。出来るだけオキツネさんの事は考えなくて、祭神を一心に信じる事で、まずはそこからですね。私は心の中でいつも、特に食事の前には必ず「恐れ多くもかしこき稲荷大明神様(こと豊受姫様・倉稲魂命様・・・)、いつも(五穀豊穣などの)多くの恵み(加護・支援)を(お授けくださり)ありがとうございます。また稲荷大明神様(こと豊受姫様・倉稲魂命様・・・)の(これからの)益々の開運(繁栄など)を心からお祈り申し上げます。」などの趣旨の祈りを捧げてます。だから、普段から稲荷大明神(豊受姫様など)に守られていると思いますし、心強いです。
ただ、これってキリスト教等の他の宗教と同じで神様を普段から信じていれば確かに心強くなれますよね。たしかキリスト教だったかな、「心を尽くしあなたの主たる神を愛しなさい」をテーマにしているのは・・・。

それから、伊勢神宮を見れば分かると思いますが、お稲荷様と同一神とされる「豊受大神様」が「天照大神」を祀る内宮と同格の外宮に祀られているところからも、お稲荷様は本来の神格が「天照大神」と匹敵するくらい高いです。けれど、明治時代になって伊勢神宮の中で内宮が尊重され皇統崇拝の為に天照大神が唯一の絶対最高神とされなければ、ならなくなってしまったので本来はそんな事は無いんですだけどもね。何処でどう歪められたのか。お稲荷様への偏見は強いです。また、現在も多くの稲荷神社、代表的なのが伏見の稲荷大社などは天照大神を最高神として規定・存在する神社本庁にも属さずに独自の信仰を頑なに貫く姿勢が本当に好きです。また朝廷からも長年「正一位稲荷大明神」の神号を授けられているし、天照信仰とも切り離しても良いのではないでしょうか・・。また、歴代の天皇陛下がわざわざ伏見稲荷に参拝した例もあります。お伊勢には明治以前はまず行っていないのにもかかわらず・・。

さて、お稲荷さんのお祀りの仕方は原則として一社制の神棚で祀るのが基本。ただ、神道の神様と言うのは、人間の感情に非常に近くて「感情の起伏」が激しいらしいのを理解しておいてください。

つまり、持ち上げて持ち上げて丁重に祀ればご利益も多大だが粗末な扱いをすれば一切ご利益を頂けないということです。解りますよね?特にお稲荷さんは家の家内安全などに対する神通力が物凄く強いからそういう力を自在に発揮します。 人間ってのは誰でも少なからず「幸運の芽」ってのを持っていてお稲荷さんはその芽を「五穀豊穣」の力で持って一気に爆発的に開花させる力を持ってるみたいです。だから普段から供養・信心してれば大難は小難に、小難は無難に、無難は幸運へと目に見える形で徐々に効果が現れてくるようです。逆に粗末に扱えばお稲荷さんは幸運を授けるどころか悔い改めさせるために厳しい試練を与えるがち。それを持って「祟り」と言ってる香具師もいますが、しかしこれは当然のことで誰だって粗末な扱いを受ければいい気分はしないのと同じで、特に神道の神様は人間に非常に近い感情を持ってるから、その効果も速度も速いんですよね。だから悪い事をしたと思ったらやはり素直な心で謝ることが大事です。

あと、お稲荷様だけを祀るのであればやはりお稲荷様だけを信仰した方が私は個人的にいいと思います。他の神社を参拝してもあまりご利益は無いともいいますし。人間の気持ちになって考えれば、自分に一生付いて来ると言っておきながら他の人間にもちょこちょこ付いて行くのを見たら、あまりいい気はしないでしょ?それと同じですね。

本当に稲荷信仰ってのは神道の中でも特に独自色が強いから、もうほとんど一種の「稲荷教」と言っても過言では無いですからね。鳥居や幟の過大な奉納ってのはお稲荷様だけという現状自体が何故か独特の雰囲気があるでしょうし。だからお稲荷様を信仰するなら単に「神道」の一種としてでは無くて、一種の稲荷教という宗教を信仰すると言う気持ちで信仰したほうが・・・。

その際注意はするべきことはあくまで「ご祭神」のみをを一向に敬い愛し尊敬し感謝し信仰することでしょう。眷属の御狐さんは何度も言いますけどあくまでも「眷属」で単なる「お使い」と言う気持ちで接する事。間違っても御狐さんを崇める対象なんかにしてはいけないですよ。そんな事をすれば当然ご祭神だっていい気はしないでしょう?飼い犬を飼い主だなんて言ったら人間の飼い主が怒るのと全く一緒です。それどころか、眷属を調子づかせてしまうだけ。飼い犬も甘やかし過ぎると自分が主人だと勘違いして飼い主に襲い掛かる時があるから注意してください。あと、ダキニ天は元々は鬼神だから。怒らせるとそりゃ、論理的にいって神道のお稲荷様なんて比べ物にならないほど恐い面があります。

いくら改心したと言っても、ご利益を適えた人間は死んだ後ダキニ天に魂を食われると言う説があるくらいですからね。それだけに江戸時代なんかでは死後の世界は産土神様とダキニ天が和解して助けてくれるなんて話があって安心してダキニ天を信仰する人も多かったです。ただ、間違いなくダキニ天は当時から凄い神通力があると考えられていること。普通の神道のお稲荷様よりあるんじゃないかな・・・。まぁそれだけに丁重に決まり通りに祀らないと・・・・、後は想像にお任せします。

それと勘違いする人が多いけど、神道のお稲荷さんを信仰する時は掛け持ちするなら出来るだけ産土の神社、それが判らない・いない場合は氏神の神社だけに しておく事。そのほうがお稲荷様のご利益が大きいです。また、近くにどうしても稲荷神社(本殿の主神がお稲荷様)が無くて末社にある場合は、まず本殿を参拝してから末社のお稲荷様を参拝するようにです、筋は通さないといけませんからね。

『 あとここが肝心ですが、お稲荷様は初めて本格的に参拝し出した人に対しては「練り鍛える」為に試練を与えるようです。これは場所によって違うが近くの神社なら近いほど短い期間で済むらしいです、それでその練り鍛えられてる間は参拝者に軽い不幸と言うかいやな事が続く事があります。それで、その間に諦めて参拝を辞めるとご利益は全くもらえないまま終わります、別に祟りなどは全く無いけどね。

で、いやな事が続いてもこれでもかと言うくらい参拝し続けていると、大体数ヶ月経った位でご利益が徐々にいただけるはずです。私がそうだったww。まず、間違いなく食べ物には困る事が無くなる。それどころか他人に奢ってもらえたりもする。で、その次に金銭の臨時収入がある。で。さらにその次にプライベートや物品面などで幸運が頂けるわけですよ、キャッホー!皆さん!実に順序良くなってるけど私自身が全く少し前後したけどこの通りになったから(某芸人風にいうなら、)「間違いない!」 』

ちなみに、産土の神様って言うのはその人の生まれた土地の守り神様みたいな存在で、個人にとっては大事な神様。それは氏神様にも勝りますね。氏神様と言うのは自分の先祖伝来の一族が信仰する神様の事です。だから、他の有名な神社に参拝しても産土の神様を日ごろから信仰していないとご利益は全く頂けない場合がかなりあります。これは色々と悪評の多いWMの深見のオッサンも言う事だけれど、彼の教えでこれだけは確かにあります。

だから、お稲荷様以外で神道の神を信仰する場合、まず、産土or氏神の神様を基本として崇敬する事ですね。で、その次に自分の信じたいお稲荷様以外の神様と言う風に信仰すればいいです。だから、例えば産土や氏神の神社の末社にお稲荷様がある場合、場所的には全く困らないし産土神社の末社だけあってご利益の効果や速度もめちゃくちゃ速かったりします。

あと、稲荷とダキニ天に同じ願掛けする場合ですが、これはしないほうがいいでしょう。神道と仏教とでは作法・決まりなど違いますし、それにお礼が大変です。まぁ私は神道のお稲荷様をお勧めしますけど・・・。 粗相と言うのは、要するに明らかに失礼な事と解る事です。例えば日頃からちゃんと接する時に神様として接しているかどうか親しみを込めるのはいいけど、やはり「お稲荷さん」と言うより「お稲荷様」と畏怖と尊敬の念を持って崇めて信仰するべきでよね。

こんなのは何も神道だけでは無く、キリスト教でも仏教でもイスラム教でも当然です。また神社ではなるべく失礼の無いようにするとかね。

要するに何度も書いて、言ってますけど「日頃からちゃんと接する時に神様として接しているかどうか」と言うのが神道の場合には重要なんです。頭の中で神様の容姿をイメージ して具現化する位の気持ちで信仰すること。「神様は絶対おられるんだ!」と言う気持ちです。信じない事には全く話にならないですからね。まぁちょっと失礼な言い方ですが、お稲荷様の場合はえべっさんやタイコクさんみたいな俗物化したような単なる福の神的な接し方はしないほうがいいですよね。失礼だからです、もっと畏怖と威厳と尊敬の念を込めて信仰すべきじゃないかなとよく思います。天照大御神様と匹敵するくらいの気持ちです。ダキニ天に対する粗相は・・・・・ちょっとわからないですが厳しいんじゃないでしょうか?色々制約みたいなものがあったような気も・・・・、例えば両方祀ったとしてどっちから先に挨拶をするかとか。正確には歴史的・作法的に神道のお稲荷様とダキニ天ではどっちが先なのかな?ちょっと解らないが、こういうところがダキニ天を祀ったり信仰する時は大事らしい・・・。ちょっとでも間違ったら・・・厳しいらしいです。ダキニ信仰はしてないので御免なさい。

いや、冗談抜きでね、親が神道系の伏見稲荷を信仰していて、何故か息子が仏教系のしかも禅宗の豊川稲荷を信仰してた為、家の中で互いに念のぶつけ合いで凄まじい妖気となり、それが家族に災いし次々と大怪我したり奇病にかかったりしたというのを実際に聞いたので・・・。

そういう例もあるんで、やはり非常に気をつけなくてはいけませんよね。一度ご利益を頂いたら一生信仰し続けなければとよく思います。そして、丁寧に祀れないならお返しして参拝信仰にすべきだとも、これは、お稲荷様だけに関わらず、古今東西宗教ってのは本来そうですよね。入信したらその宗教の中で全力でかつ礼儀正しく一生生きて行くと言うぐらいの精神がね、本当は必要なんですよ。でも、日本人は仏教と神道が混在してきた上に、先の大戦前後に色々と失伝やら破壊やらをしたのにその修復も補正も改編もしないまま今に至り、ほとんどの人がどっちつかずのまま宗教に非常に疎い歪な民族になっちゃった面があります。しかもそういう現状を自覚してもいないです。

それから、最後に神道のお稲荷様にご利益を頂くと言う事は、逆に言えば今後はお稲荷様を生涯信仰しお付き合いして行きますと言う誓いの裏返しみたいなモノだと私は思います。

さて、今回は長々とお読みいただきまして、ありがとうございます。ご苦労様です。

では、「貴方に全ての良き事が雪崩の如く起きますように・・・」

皇悠拝・・・orz.

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大祓詞or大祓いの祝詞

何時も、御覧頂きましてありがとうございます。

どうも、皇悠です。

さて、今回は大祓詞または大祓いの祝詞です。正直な所でこの祝詞を紹介することは躊躇しています。今書きながらも、やはり私のブログでは取り上げるべきではないような気もします。

というのは、この祝詞は歴史が古く由来・効果・質・汎用性あらゆる面で第一級の祝詞なのですが、いかんせんメジャーかつ便利な為に、微妙な改変や亜種、読み替えなどがゴロゴロあり、下手すると古い古社・大社ごとにバージョンが違っていたりしますので難しいのです。

その為、今回紹介するモノは出来るだけオーソドックス・有名なモノを出しました。その為、私が日々朗誦・使用するのとも幾つか文章・語句などが違うことを始めに告知します。では・・。

大祓詞(おおはらえのことば)

『 高天(たかま)の原(はら)に 神留(かむづ)まります
皇(すめら)が睦(むつ) 神漏岐(かむろぎ)・神漏美(かむろみ)の命以(みことも)ちて
八百万(やほよろづ)の神等(かみたち)を 神集(かむつど)へに集(つど)へ給(たま)ひ
神議(かむはか)りに議(はか)り給(たま)ひて
我(あ)が 皇御孫(すめみま)の命(みこと)は 豊葦原(とよあしはら)の瑞穂(みづほ)の国(くに)を
安国(やすくに)と 平(たひ)らけく 領(し)ろし召(め)せと 言依(ことよ)さし奉(まつ)りき。
斯(か)く依(よ)さし奉(まつ)りし国内(くぬち)に 荒(あら)ぶる神(かみ)たちをば
神問(かむと)はしに問(と)はし給(たま)ひ 神掃(かむはら)ひに掃(はら)ひ給(たま)ひて
言問(ことと)ひし磐根(いはね)・樹根立(きねた)ち 草(くさ)の片葉(かきは)をも言止(ことや)めて
天(あめ)の磐座放(いはくらはな)ち 天(あめ)の八重雲(やへぐも)を 厳(いづ)の道分(ちわ)きに道分(ちわ)きて
天降(あまくだ)し依(よ)さし奉(まつ)りき。斯(か)く依(よ)さし奉(まつ)りし四方(よも)の国中(くになか)と
大倭日高見(おほやまとひだかみ)の国(くに)を 安国(やすくに)と 定(さだ)め奉(まつ)りて
下(した)つ磐根(いはね)に宮柱太敷(みやばしらふとし)き立(た)て 高天(たかま)の原(はら)に 千木高構(ちぎたかし)りて
皇御孫(すめみま)の命(みこと)の 瑞(みづ)の御殿仕(みあらかつか)へ奉(まつ)りて
天(あめ)の御陰(みかげ) 日(ひ)の御陰(みかげ)と隠(かく)り坐(ま)して
安国(やすくに)と 平(たひ)らけく知(し)ろし召(め)さむ国内(くぬち)に
成(な)り出(い)でむ 天(あめ)の益人等(ますひとら)が 過(あやま)ち犯(をか)しけむ
種々(くさぐさ)の罪事(つみごと)は 天(あま)つ罪(つみ)・国(くに)つ罪幾許(つみここ)だくの罪出(つみい)でむ。
斯(か)く出(い)でば 天(あま)つ宮事以(みやごとも)ちて 天(あま)つ金木(かなぎ)を本(もと)うち切(き)り
末(すゑ)うち断(た)ちて 千座(ちくら)の置(お)き座(くら)に置(お)き足(た)らはして
天(あま)つ菅麻(すがそ)を本刈(もとか)り断(た)ち 末刈(すゑか)り切(き)りて 八針(やはり)に取(と)り裂(さ)きて
天(あま)つ祝詞(のりと)の太祝詞言(ふとのりとごと)を宣(の)れ。 斯(か)く宣(の)らば 天(あま)つ神(かみ)は 天(あめ)の磐門(いはと)を押(お)し披(ひら)きて
天(あめ)の八重雲(やへぐも)を厳(いづ)の道分(ちわ)きに道分(ちわ)きて 聞(き)こし召(め)さむ。
国(くに)つ神(かみ)は 高山(たかやま)の末(すゑ)・低山(ひきやま)の末(すゑ)に上(のぼ)り坐(ま)して
高山(たかやま)の伊褒理(いぼり)・低山(ひきやま)の伊褒理(いぼり)を掻(か)き分(わ)けて 聞(き)こし召(め)さむ。
斯(か)く聞(き)こし召(め)してば 罪(つみ)といふ罪(つみ)はあらじと
風(し)な所(ど)の風(かぜ)の 天(あめ)の八重雲(やへぐも)を吹(ふ)き放(はな)つことのごとく
朝(あした)の御霧(みぎり)・タ(ゆふべ)の御霧(みぎり)を 朝風(あさかぜ)・タ風(ゆふかぜ)の吹(ふ)き払(はら)ふことのごとく
大津辺(おほつべ)に居(を)る大船(おほふね)を 舳解(へと)き放(はな)ち 艦解(ともと)き放(はな)ちて
大海原(おほうなばら)に 押(お)し放(はな)つことのごとく
彼方(をちかた)の繁木(しげき)が 本(もと)を焼鎌(やきがま)の利鎌以(とがまも)ちて 打(う)ち掃(はら)ふことのごとく
遺(のこ)る罪(つみ)はあらじと 祓(はら)へ給(たま)ひ清(きよ)め給(たま)ふことを
高山(たかやま)の末(すゑ)・低山(ひきやま)の